1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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粉々(7)

 

「ずっと不思議に思ってなかった?」

 

二人きりの病室。

ゴールドは扉を背に、呼吸は荒いまま淡々とした口調で、ベッド上で茫然としているスズカに語りかけた。

「何故、あの天皇賞・秋のことについて誰も話さないのか、何故入ってくる情報が限られているのか、そして何より…何故オフサイド先輩が一度も見舞いに来ないのかを。」

 

「…うん。」

ゴールドの言葉に、スズカは悪い予感に身を震わせつつこくりと頷いた。

彼女自身、ここ数日はそのことがかなり気になり出していた。

「でも、多くは理由を教えて貰わなかったけど、私なりにそれは考えたわ。」

天皇賞・秋の話題をしないのは、私に怪我のショックを思い出させない為。

情報遮断はリハビリに集中させる為。そしてオフサイド先輩が来なかった理由は…

「あなたが言ってたわね。天皇賞・秋後のメディア対応等で忙しかったのと、有馬記念に集中する為というのが理由だと。」

今はそれがかなり疑わしいことを思いつつ、答えた。

 

「そうね。それらも理由の一つであることは間違いなかったわ。」

ゴールドの口元に、歪んだ苦笑を浮かんだ。

「でも本当は違う。本当の理由は、あなたにとって最悪なことが起きていたことを隠す為だったの。」

まるで吐き捨てるように、ゴールドは言った。

「最悪な…こと?」

思いもしなかった不吉な言葉に、スズカの背筋がぞっとした。

 

「そうね…まず一つ言えば、」

ゴールドはスズカの青ざめた表情を見返しながら、淡々と続けた。

「以前私がここに来た時、散歩中にスペが“『フォアマン』が解散する”とかいう話をしたのを覚えてる?」

「あ、うん。」

すぐにそれを思い出し、スズカは頷いた。

「でも確かあれは、スペの勘違いだってゴールドは一笑して否定してたけど…」

 

そう記憶をしていることをスズカが言うと、

「アハハ。」

ゴールドは、一瞬歪んだ笑い声をあげ、それから乾いた声で続けた。

「あれ、実は本当なの。」

「えっ?」

「スペの言った通りなのよ。『フォアマン』は今、分解状態なんだ。」

 

「なんで?」

「世間からもの凄いバッシングを受けたの。天皇賞・秋を制したオフサイド先輩と、そして岡田トレーナーがね。それで、バラバラになっちゃったの。」

 

スズカは絶句した。

分解状態?バッシング?オフサイド先輩と岡田トレーナーが?

突然過ぎて混乱しているのか、言葉の意味が全く理解出来ていないようだった。

 

「訳分からないよね?詳しく教えてあげるよ。あんたがターフに倒れた後に起こっていたことを。」

ゴールドは荒い呼吸を繰り返す胸を抑えつつそう言うと、無情に言葉を続けた。

「あの天皇賞・秋はね、あんたが4コーナ手前で故障し競走中止した瞬間から、レースどころじゃなくなっちゃったの。だって、あのレースを観ていた殆ど全ての者達が、あんたの走りだけに注目してたのだから。」

 

「え…」

「勿論、ターフ上のレースは続いたよ。」

絶句したままのスズカに、ゴールドは淡々とその時の状況を思い出しつつ続けた。

「あんたは極力レースの妨げにならず競走中止したし、後続の出走者も皆衝突を回避出来たから。…そしてその結果、オフサイド先輩が先頭でゴールを駆け抜けた。」

 

「でも、殆どの人間がその直線の攻防やゴールの瞬間ではなく、4コーナーで倒れているあなたの姿に眼も意識も奪われていた。ゴール前の攻防やレース結果への歓声なんてほぼ皆無だったわ。場内はただ、あんたの故障に対する悲痛な叫びとざわめきと嘆きに満たされてた。だから、勝者のオフサイド先輩への歓声も殆どなかった。…そんな状況だったから、表彰式まではなんとか行われたけどウイニングライブは当然中止。その表彰式も歓喜とは程遠い雰囲気だった。結局、最後の最後まで悲痛な雰囲気で第118回天皇賞・秋は幕を閉じたわ。」

『沈黙の日曜日』と称されるまでにね、とゴールドは唇を噛んだ。

 

「…。」

そのような状況になってることなど想像していなかったスズカは、大きなショックを受けたように蒼白になった。

だがゴールドは言葉を止めず、更に続けた。

「まあ、正直状況的にそれは止むを得ない事態だと受け入れられるけどね。だってあんたの命が危険な状態だったんだから。だから、あんたの容態がどうなるかはっきりするまでは、あの天皇賞・秋は振り返られないとその現状を受け入れてたわ。オフサイド先輩もトレーナーも私も、『フォアマン』の皆もね。」

 

「そして数日経って、あんたの容態は命の危機を脱した。復帰の可能性も示唆されて、世間は安堵に包まれたよ。それからようやく、あの天皇賞・秋の回顧が始まったんだ。」

そこまで言った時、ゴールドは急に言葉を止め右手の拳を握りしめた。

くっ…

何か耐えるように身を震わせながらその拳を口元にもっていき、震える歯で噛み締めた。

 

…殺気に近い感情がその様子から感じられ、スズカの身体は更に寒気が走った。

「回顧の内容、教えて。」

自身も寒気と悪い予感に身を震わせつつも、ースズカは小声で催促した。

と、ゴールドは首を振って叫んだ。

「回顧じゃないんだよ!ただの…ただの虐めだ。」

 

「え…?」

「…っ」

思わずスズカが声をあげると、ゴールドは懐からずっと身に持っていた天皇賞・秋回顧の記事の切り抜きを全て取り出しベッド上に放った。

「見れば分かるよ…。」

 

「…。」

感情を抑制しきれないゴールドの言葉に、スズカは震えを堪えながらそれを拾うと、内容に目を通した。

 

〈スズカは故障しなければ10バ身以上の差で勝っていたとの分析〉

〈完走してればレコード勝ちは確実だったスズカ〉

〈優勝タイムは平凡。故障がなければスズカが間違いなく勝っていたとトレーナーの分析〉

〈スズカの故障により、天皇賞はG2レベルのレースへ〉

〈スズカ故障後、天皇賞の残骸レースの勝者はオフサイドトラップ〉

〈結果的な勝者はオフサイドトラップだが、この天皇賞には価値がない〉

 

なにこれ…。

スズカは驚きを通りこして、愕然とした。

 

「びっくりでしょ?」

愕然と記事に眼を通しているスズカに、ゴールドは歪んだ表情で言った。

「まさかこんな感想しか出てこないなんて夢にも思わなかったわ。勝者の走りをろくに振り返らず、タイムだけで栄光に値しないとこき下ろされた。挙げ句の果てにはあんたがいなくなったレースに無価値の烙印まで。先輩も私も皆愕然としたわ。しかもそれだけじゃなかったし。」

 

「“それだけじゃなかった”…?」

その言葉に、蒼白だったスズカの表情が更に蒼白になった。

記事を握っている彼女の手が、小刻みに震えはじめていた。

 

…。

スズカの震えを見て、ゴールドは一瞬眼を瞑った。

これ以上話したら、スズカは…

だが、その胸中の恐怖と裏腹に、ゴールドはすぐに眼を開けるとスマホを取り出し、ある画面を用意するとそれをスズカに見せつけた。

「こんなことまで起きてたのよ。」

そこには、オフサイドトラップを〈非情で自己中なウマ娘〉と糾弾する文面の数々があった。

 

「…?…???…」

言葉すら出てこない程愕然としたのか、スズカはそれを見ながらただ首を傾げるだけだった。

「さっぱり分からないよね…詳しく話すよ。」

ゴールドはスマホをしまい、再び壁にもたれた。

正気を失いかけているように、その表情は一層蒼白になっていた。

 

「さっきも言ったように、あのレース後は表彰式までちゃんと行われたわ。それに先立って、勝利者であるオフサイド先輩へのインタビューも行われたの。場内があんたの故障で沈痛な雰囲気に覆われた中でね。」

あの時、自分はターフ上でその一部始終を見聞きしていた状況を思い返しながら、ゴールドは話した。

「そんな雰囲気の中で、オフサイド先輩は喜びを包み隠さず表していた。栄光を掴んだ歓喜、夢が叶った達成感、その全てをね。そして“笑いが止まらない”という発言もした。」

一瞬、ゴールドの肌がぞっと粟立った。

あの発言が流れた時の、場内に起きた異様などよめきは、未だに肌が覚えていた。

「勿論、なんの問題もない発言だったよ。先輩がレースで笑えたことなんて殆どなかったんだし、それも勝者の喜びの表現の一つだと、私達は受け取った。でも、周囲はそうじゃなかった。」

 

そこまで言った時、ゴールドの蒼白な表情が、これまでスズカが感じたことない程危険な雰囲気を滲み出させていた。

「待って、ゴールド。」

これ以上ないくらい悪い予感と聞きたくない恐怖心が胸に湧き上がり、思わずスズカは声を出した。

だがそれを無視し、ゴールドは無情に言葉を突き刺した。

「周囲、いや、あのレースを観ていたほぼ全ての連中は、先輩があんたの身に起きた悲劇を嘲笑し、そのお陰で勝てたと表現したように受け取ったの。」

 

…。

…。

…。

 

「そんなわけっ…」

「そんな訳ないと思うでしょ?でも実際そう受け取られたの。」

一瞬の間を置いた後、耳を疑ったように声を出したスズカに、ゴールドは吐き捨てるように続けた。

「その結果、オフサイド先輩は世間からもの凄いバッシングを受けたわ。報道から苛烈な取材攻撃を受け、人間達にはウマ娘にあるまじき者と罵倒され、唾を吐きかけられた。勿論先輩だけでなくチームにも攻撃がきたわ。特にトレーナーにね。部室すらその被害を受けたよ。」

「……」

「理不尽な嵐に晒された『フォアマン』は、活動なんて出来なくなった。結果、責任とってトレーナーは学園を去り、他の後輩仲間達はみんな他チームに移籍せざるを得なかった。事実上『フォアマン』は分解したのよ。そうした状況になってようやく、騒動の嵐は収まった。丁度JCが行われた後で、あんたの精神状態が快復傾向になってきた頃ぐらいにね。」

 

話の途中からスズカは慄えだし、眼を閉じ頭を抑えて耳を塞いでいたが、ゴールドはそれでも聞こえるように大きな声で一気に伝えた。

 

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