1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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朝陽(1)

 

*****

 

12月25日。

まだ夜明け前の療養施設に、一台のメジロ家の車両が到着した。

 

車内から降りたのは、マックイーンと沖埜だった。

「…。」

「…。」

二人とも、非常に切迫した様子で、施設へと入っていった。

 

 

数時間前の未明ごろ。

メジロ家の屋敷で就寝していたマックイーンは、療養施設から急報を受けた。

その内容は、〈夜中に突然施設に来訪したステイゴールドが、周囲の制止を無視してサイレンススズカに真実を全て伝え、それによりスズカはショックで倒れた〉という重大なものだった。

 

マックイーンはそれを沖埜にもすぐに伝え、緊急事態として即座に療養施設へ向かう決断をし、沖埜も共に向かうと同意した。

その後二人は合流し、メジロ家の車によって施設へと急行していた。

 

施設に向かう車中、マックイーンは施設と何度も連絡を取って現状を確認した。

意識を失ったスズカの容態は、身体的な影響は出ておらず生命の危険は現状ないが、脳や心に著しいショックを受けたことは間違いなく、懸命な治療が続いているものの意識が回復する見通しは立っていないということだった。

また、スズカに全てを暴露した後に倒れたゴールドに関しても報告が来た。

彼女が倒れた理由は疲労と高熱によるものだということだが、スズカに全てを暴露したことによる心理的負担も影響してるとのことで、彼女も未だ意識不明(生命に別状はない)ということだった。

 

「予断を許さない状況のようです。」

報告を聞いた後、マックイーンは同じ後部座席の隣に座っている沖埜に伝えた。

緊急事態に蒼白な表情になっている中で、彼女の両眼は冷徹な翠眼のままだった。

「そうか。」

沖埜も努めて無表情で頷いた。

端正な容貌の中で光る彼の眼も、静かながら険しい光を帯びていた。

 

 

そして夜明け前、二人は療養施設に着いた。

 

 

マックイーンと沖埜はすぐに最上階のスズカの病室に駆けつけた。

だが、未だ緊急治療中の為、病室内には立ち入れなかった。

治療にあたる医師達の緊迫した言動や様子などから、状況の深刻さがはっきりと伺えた。

「…。」

マックイーンも沖埜も、今はただスズカの無事を祈るしか出来なかった。

 

騒然とする特別病室の外の廊下では、事が起きた際現場にいたウマ娘の面々…ルソーを除くブルボン・ライス・スペの三人が、廊下にあるベンチに打ちひしがれた様子で座っていた。

ブルボンとライスはまだ気丈さを保っているようだが、スペは天使の明るさの面影が全くない虚な表情で表情で俯いていた。

 

「スペ。」

「トレーナーさん…」

沖埜に声をかけられると、スペは顔を重たく上げた。

いつもなら元気な笑顔で応えるのだが、この時は虚ろな表情のままぼんやりと沖埜を見上げるだけだった。

「部屋で休んだ方がいい。」

彼女も深刻な衝撃を受けていると感じ、沖埜はそう指示した。

「スズカさんは…」

「私が看る。」

「…はい。」

沖埜に指示され、スペはよろよろと立ち上がった。

 

念のため沖埜はスペに付き添い、二人は最上階を後にした。

 

 

沖埜とスペが去った後、マックイーンはブルボンに尋ねた。

「ステイゴールドは、今どこにいますか?」

「ステイゴールドは、下の別室に運ばれました。ホッカイルソーが看護しています。」

「そうですか。」

呟きつつ、ブルボンの傍らに座ると、マックイーン再び言った。

「改めて、昨晩のステイゴールドの行動の一部始終をお話し頂けますか。」

 

「はい。」

マックイーンに促され、ブルボンは説明した。

夜中に突然来訪したゴールドが、医師やブルボン達の制止を振り切って特別病室に立て籠り、スズカと二人きりになった状況で天皇賞・秋後の全てのことを打ち明けた一部始終を。

 

 

「ありがとうございました。」

全てを聞き終えたマックイーンは、両の翠眼を瞑って深呼吸し、ゆっくりと立ち上がった。

そのまま無言で最上階を去っていった。

 

「…。」

二人の傍らでずっと沈黙していたライスは、去ってゆくマックイーンの表情をチラと見て、何か言葉をかけようとした。

だが何も言わずに、ただその背を見送った。

 

 

マックイーンは、一人で施設の外に出た。

 

また、予期せぬ事態になりましたか…

薄らと夜明けを迎えようとしている大空を仰ぎながら、白い上着を羽織ったマックイーンは白い息を吐いた。

スズカに真実を伝えることは決まっていたのだけど、それは慎重に慎重を期して行うつもりだった。

それが…

これ以上ない位、深刻な形で伝わってしまった。

 

まさかゴールドがこのような行動をとるなど、全く予期してなかった。

前日に学園の断行を知った彼女と会い、その場でオフサイドトラップの決意のことを知らせた。

その時の彼女はかなりショックを受けていたし、その後オフサイドと会ったことでそれは増幅するであろうことは予想出来ていた。

それへの対応の為に、マックイーンはゴールドに現状と対応を伝える手紙を改めて用意し寮に送っていたが、それを読まれる前に行動を起こされてしまった。

 

先程ブルボンから、その時のゴールドの行動や状況を全てを聞きましたが…

マックイーンは、また眼を瞑って深呼吸した。

 

『スズカが怪我しなければ、誰も傷つきも悲しみもしなかった』

『先輩の脚を返してよ!』

スズカに真実を全て伝えた後に言い放ったというゴールドの言葉が、マックイーンの胸にも深く突き刺さっていた。

その言葉の残酷さだけじゃなく、そこまで追い詰められたゴールドの心中も痛いほど感じたから。

それに、ゴールドは意識を失う間際にこう呟いていたとも聞いた。

『…スズカ…ごめんね…』

 

「…。」

眼を瞑ったままのマックイーンの脳裏に呼び戻されたのは、今年一月の、プレクラスニーの最期の時。

あの時、脚に致命的な怪我を負ったクラスニーの身体を抱きしめながら泣き叫んだ私に、クラスニーが最期に発した言葉も“ごめんね”だった…

 

重い。

薄らと眼を開け、朝陽の色が拡がり始めた高原の彼方を眺めつつ、マックイーンは呟いた。

ゴールドの言葉もクラスニーの言葉も、その心底から出たものはなんて重いんだろう…

 

逃げたい。

生徒会長の座もメジロ家代表の座も過去の栄光も全て捨てていいから、この悲嘆に溢れた現実から逃げ出したい。

そんな思いが、マックイーンの胸をふとよぎった。

正直、帰還後にゆくであろう世界の方が余程幸せだとすら思えた。

 

こんなに美しいのに。

朝陽が高原一帯を橙色に照らし出した光景を眺め、マックイーンは美しい芦毛の髪を寒風に靡かせた。

この世界は、こんなに綺麗なのに。

 

カシャッ。

マックイーンの後ろから、カメラのシャッター音が聞こえた。

振り返ると、先日からライスと共に療養施設にいるという三永美久が、カメラを手に立っていた。

 

「三永美久。」

「おはようございます、メジロマックイーン生徒会長。」

挨拶しながら、美久はマックイーンに歩み寄り、その傍らに立った。

 

「綺麗ですね。」

朝陽が昇る光景を何度もカメラに収めた後、美久は呟いた。

「そうですわね。」

マックイーンも光景に眼を向けたまま、静かに答えた。

 

その後、二人は特に言葉も交わさず、ただ高原の光景を静かに眺めていた。

 

 

*****

 

「…そう、来てくれるのね。…ありがとう。…うん、ちょっと私ではもう厳しくて…彼女達もかなり追い詰められてるから…。気にしないで。あなたが来てくれるだけで、少なくとも私の力にはなるから…。じゃ、宜しく…。」

 

朝陽が昇った頃。

医務室にて、椎菜は電話でかつての知り合いらしき者と連絡をとっていた。

それを終えると、彼女は医務室を出て、ルソーの病室へと向かっていった。

 

ルソーの病室に入ると、ベッドの枕元の椅子で松葉杖を抱えて座っているルソーの姿があった。

そしてそのベッド上に、意識を失っているゴールドが寝かされていた。

 

「どう?」

「まだ、目を覚ましそうにありません。」

椎菜の問いかけに、ルソーは小声で答えた。

ゴールドをずっと看護し続けているルソーだが、彼女も昨晩の事を心身共にかなり疲弊して見えた。

「あなたも、少し休んだら?」

「大丈夫です。さっき椅子に座ったまま一時間程睡眠しましたから。」

ルソーは気丈を装った。

どんなに心身がショックと疲弊に覆われてようとも、今彼女はゴールドの身を置いて休むことなど出来なかった。

 

 

コンコン。

不意に扉をノックする音がした。

「失礼しますわ。」

入って来たのはマックイーンだった。

「…。」

椎菜もルソーも、彼女の姿を見て一瞬表情を硬らせた。

 

マックイーンはそれに気づいたものの反応はせず、ベッド上のゴールドに視線をやった。

まだ意識がない彼女を確認すると、椎菜を向いた。

「私は学園に戻りますわ。何かありましたら、ブルボンに伝えて下さい。」

「分かったわ。」

「では。」

 

「…待って下さい。」

病室を出ようとしたマックイーンを、ルソーが呼び止めた。

「ゴールドに処分を下すつもりですか?」

…。

マックイーンは少し間を置いた後、冷徹な表情で振り返った。

「現在生徒会は、ステイゴールドの行動を咎められる状況にありませんわ。今はただ、彼女が負った傷のケアをすることを考えます。」

そう告げると、マックイーンは病室を出ていった。

 

マックイーンが出ていった後、椎菜はルソーの傍らにきた。

「少し寝なさい。明らかに疲弊しているわ。」

「…大丈夫」

「これは医師としての命令よ。」

拒もうとしたルソーに、厳しい口調と表情で椎菜は言った。

「まだ医務が始まるまで時間があるから、それまでは私がゴールドを看てる。その間だけでも休みなさい。」

 

「…はい。」

ルソーは暗い声で従うと、室内にある別のベッドに横になった。

やがて、静かに寝息をたて始めた。

 

ルソーが眠った後、椎菜はゴールドの枕元に黙念と座り続けていた。

時折、重い吐息をつきながら。

 

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