1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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破片(3)

*****

 

再び、療養施設。

 

早朝にメジロ家の別荘を出たフジヤマケンザンが、療養施設に到着したのは10時過ぎだった。

 

施設に着いたケンザンは、まず椎菜に会いに行こうとしたが、彼女は現在医務にあたっていた為会えなかった。

なので先に、ゴールドいるルソーの病室へと向かった。

 

ルソーの病室に入ると、ゴールドもルソーもそれぞれベッドの上にいた。

ゴールドはまだ意識がない状態だったが、ルソーの方は起きていた。

「ケンザン先輩。」

「久しぶりだな、ルソー。」

自分の姿を見て驚いた様子のルソーに、ケンザンは軽く手を挙げて応えた。

 

「どうだ、体調は?」

ルソーのいるベッドの傍らに腰掛けると、ケンザンは尋ねた。

「ちょっと苦しいです…」

かつてのチームリーダーの質問に、ルソーは正直に答えた。

「そうか。今は身体を休めてろ。ゴールドの看護は私がするから。」

「はい…ありがとうございます。」

ルソーは礼を言うとベッドに横になり、やがて寝息を立て始めた。

 

きついだろう…

眠ったルソーの表情を見ながら、ケンザンは悲しげに眉を顰めた。

彼女と会うのは一年以上ぶりだったが、それでも大分窶れているのが分かった。

〈死神〉との闘病を二年以上も続けている点、ルソーは精神的にもかなり強靭なウマ娘だ。

その彼女がここまで窶れているとは、今回の事に彼女がどれだけのショックを与えているか証明していた。

ケンザンは無言で、ルソーの寝顔をそっと撫でた。

 

やがてケンザンはルソーの側を離れ、ゴールドのベッドの側へ行った。

「…ぅ……ぅ…」

未だ意識のない状態のゴールドは、時折苦悶の声を漏らしていた。

表情も普段の健康で快活な彼女とは程遠い、蒼白で苦しげなものだった。

当然だろうな。

ケンザンはハンカチを取り出し、彼女の表情に滲む汗を拭き取った。

ケンザンとゴールド(&スズカも)は、ゴールドがチーム加入した数ヶ月後にケンザンが引退したので短い期間のチーム仲間だったが、それでもゴールドの性格については、ケンザンは充分に把握していた。

純粋な性格で負けず嫌い。

そして親友思いで、チームに対する愛情が人一倍強い。

純粋な性格ゆえトラブルを起こすことは何度かあったが、仲間を傷つけることは絶対にしないウマ娘だった。

そんな彼女が、無二の親友であるスズカを理不尽に責めた。

 

そう、理不尽に。

ハンカチをしまい、ケンザンは重い吐息をした。

それも、理不尽だと分かった上で。

 

 

ガラッ。

不意に病室の扉が開いた。

入ってきたのは椎菜だった。

 

「フジヤマケンザン。」

病室にいたケンザンの姿を見て、椎菜も驚いた。

「お久しぶりです、渡辺先生。」

ケンザンは立ち上がり、椎菜に一礼した。

 

ケンザンは現役中は故障とはほぼ無縁だったのでこの療養施設で生活したことは殆どなかったが、オフサイドら後輩の見舞いで何度か訪れた際に椎菜に会っており、以来面識を持っていた。

 

「今来たの?」

「はい、つい先程。」

「一人?」

「ええ。」

「そう…」

椎菜はケンザンの側に歩み寄り、椅子に並んで腰掛けた。

 

椎菜の目元にはかなり疲労の色が濃かった。

昨晩から一睡もしてないのだなとケンザンは察した。

「申し訳ありません。」

つと、ケンザンは頭を下げた。

「なんで謝るの?」

「私は、『フォアマン』の元メンバーかつリーダーです。」

『フォアマン』元メンバー…ルソー・ゴールド・スズカ・そしてオフサイドの先輩だった身。

かつての仲間達によって起きた事とその周囲に与えてしまっている影響に対し、彼女は少なからず心痛していた。

「そんなの、気にしなくていいよ。」

椎菜は悲しそうに言った。

「今回の事は、ほぼ我々人間のせいで起きたのだから。あの純粋なゴールドをここまで追い詰めた程にね。」

「…。」

その言葉に、ケンザンは口元を静かに結んだ。

 

「ゴールドが起こした行動については、あなたも知っているわね?」

現状のことはケンザンは全て周知していると思いつつ、椎菜は尋ねた。

「はい、報告を頂いたので知ってます。」

ケンザンはゴールドの表情に視線を下ろしながら頷いた。

「じゃ、あなたなら、ゴールドの行動の目的とかも大体察してるのかしら?」

「ええ…」

現場にはいなかったが、その時の状況を聞いただけで、ケンザンはゴールドの心中はおよそ推察出来ていた。

「全てを暴露して、自分もスズカも何もかも破壊させる為だと。」

 

「そうだろうね。」

椎菜は同意する様に、小さく頷いた。

『…みんな壊れよう…』

全てを伝える前にゴールドが言ったという台詞が脳裏に浮かんだ。

 

最も、あの時のゴールドの様子からして、あれは深く考えて起こした行動ではないのは明白。

長い間心の底に蓄積されてたものが爆発して起きた、突発的なものだろうと推察していた。

だが突発的なものだとしても、その影響は甚大だった。

スズカは大きなショックを受けただけでなく、ゴールドのぶつけられた言葉が心身に刻みこまれた。

『スズカが怪我しなければ誰も悲しまなかった、不幸にならなかった』

『オフサイド先輩の心を返して!』

無二の親友からあの理不尽で残酷な言葉をぶつけられたスズカが、果たして立ち直れるだろうか。

しかもまだ、現実に起きた全貌も知っていないのに。

 

恐らく…

「真実を知ったスズカは壊れる、そして多分、オフサイドと同じように帰還に踏み切ろうとするでしょう。そしてゴールドは、スズカを壊した罪を誰よりも背負う。ゴールドだけじゃない。ウマ娘達も人間達も皆、この悲劇を背負うことになる。それがゴールドの目的でしょう。」

ケンザンはポツポツと言った。

「この世界の者全員に永遠に消えない十字架を背負わせる為に、絶望の中で行動を起こした。」

 

「可哀想に。」

ケンザンはぐったりしているゴールドの頬をそっと撫でた。

秋天の騒動以降、オフサイド&スズカの為に誰よりも粉骨砕身していたのはゴールドだったし、二人の未来の幸せを誰よりも願っていたのもゴールドだった。

その分、誰よりも悲壮な覚悟を背負ってたのか。

 

ゴールドのおかした行動は、許されない行動だったかもしれない。

でも、一体誰が彼女を責められるだろう。

ケンザンはそう思った。

 

 

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