1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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蘇生(2)

 

*****

 

再び、特別病室。

スズカの要望を受け、病室内は彼女と沖埜の二人きりになっていた。

 

「…沖埜トレーナー、」

ベッド上、スズカは身を起こした姿勢で、静かに口を開いた。

「昨晩、ゴールドから、天皇賞・秋後に起きていたことを教えてもらいました。」

「…。」

ベッドの傍ら、沖埜は黙念と膝上に手を組んで聞いていた。

「私が故障した後、観衆の皆さんは私のことに気を取られてレースを殆ど見てなかったこと。勝者への祝福の歓声も皆無だったこと。ウイニングライブも中止だったこと。」

「…。」

「そして、勝者のオフサイドトラップ先輩が殆ど讃えられなかったこと。私の故障があったから優勝出来た、価値の低い天皇賞ウマ娘だと貶されたこと。更に優勝後の言動で世間から誤解を受け、厳しい糾弾を受けて、その末に『フォアマン』は分解状態になってしまったこと。」

言いながら、スズカの声は震え出していた。

 

震える声で、スズカは更に続けた。

「〈無価値の天皇賞覇者〉と言われ、あらぬ糾弾を受けたオフサイドトラップ先輩は絶望に落とされて、心が壊れてしまって、…有馬記念で帰還する決意をしてしまったことを…。」

スズカはそこまで言うと、耐えきれないように口元を抑えた。

沖埜は、ただ黙っていた。

 

やがて、スズカは口元から手を離した。

「これらの、ゴールドが言ってたことは、本当なんでしょうか?」

言いながら、スズカは静かに沖埜へ視線を向けた。

「ああ。」

沖埜は、静かに頷いた。

 

「…。」

沖埜の頷きを見て、スズカは目元に指を当てて大きく嘆息した。

「スマホ、使わせて頂けますか。」

「…。」

沖埜は、黙って懐からそれを取り出し、スズカに手渡した。

 

 

「…。」

沖埜から渡されたスマホで、スズカは天皇賞・秋のことを黙念と調べ始めた。

調べた結果、出て来た内容は、いずれもゴールドから伝えられた通りのものだった。

『残骸の天皇賞』

『スズカ故障がなければオフサイドの優勝はない』

『4コーナー後は価値のない天皇賞』

『オフサイドの言動に非難殺到』

『天皇賞ウマ娘としての資質を疑う言動』

『非情で自己中なウマ娘』

…。

羅列されてるその内容に、スズカは何度も眼を伏せた。

身体もまた、少しずつ震えだしていた。

 

そして、ある内容を眼にした時、スズカの身体は震えが止まり硬直した。

『沖埜トレーナーのコメント「故障がなければスズカが千切っていた。あんな優勝タイムにバテる訳がない」』

 

…。

スズカはしばらくその内容に眼をやっていたが、やがて画面を閉じると、沖埜にスマホを返した。

 

 

沖埜にスマホを返した後、スズカは小さくか細い声で口を開いた。

「今朝、マックイーン会長と沖埜トレーナーが、重要な用件で私に会いに来ると聞いていました。重要な用件とは、このことだったんですね。」

「…。」

沖埜は無言で頷いた。

「こんなことが、起きていたなんて。」

スズカは深く息を吐いた。

彼女の白い表情が、更に白くなって見えた。

 

「少し、外に出たいです。」

スズカは、冬晴れの風景が広がる窓の外へ眼をやった。

 

 

 

約十分後。

スズカは車椅子に乗せられて、施設の外へ散歩に出た。

数名の医師の他に、沖埜とスペも一緒だった。

 

澄み切った冬空の下、スズカはスペに車椅子を押されながら、遊歩道や芝生の道を散歩した。

散歩中、スズカは一言も言葉を発さず、ただ冬空の風景に視線をやっていた。

「…。」

その表情こそ普段の清廉さが残されていたものの、眼の光は明らかに翳っているように見えた。

「…。」

彼女の車椅子を押してるスペも、その傍らにいる沖埜も、ずっと無言だった。

言いようのない緊迫感が、スズカ達の周囲に立ち込めていた。

 

「…。」

スズカ達のその様子を、外に出ていた療養中のウマ娘達が不安に満ちた視線を並べて、遠巻きに眺めていた。

昨晩から感じていた悪い予感が現実になっていたことを、彼女達も悟っていた。

 

療養ウマ娘達の群れの中には、杖をついたライスの姿も混じっていた。

他のウマ娘達が心配でいっぱいの視線でスズカを見つめる中、ライスの眼光だけは揺るぎない決意の色が蒼芒となって滲み出していた。

 

 

1時間ほどすると、スズカ達は散歩を終えて施設内に戻っていった。

 

 

再び沖埜と2人きりの病室に戻ったスズカは、少し身体を休めた後、意を決したように沖埜に言った。

「マックイーン生徒会長と、連絡を取らして頂けますか。」

 

 

*****

 

 

「サイレンススズカが、私に話があると?分かりましたわ。」

メジロ家の屋敷。療養施設からその連絡を受けたマックイーンは、すぐにそれを承諾した。

何を問い質されるかはすぐに察していた。

「どうぞ繋げてください。」

室内のソファにゆったりと腰掛けて、マックイーンは促した。

 

 

*****

 

 

「マックイーン会長。」

療養施設の病室内。

沖埜が退出し一人きりになった病室で、スズカはマックイーンと連絡を繋げると、努めて冷静な口調で切り出した。

「秋天後に起きたことについて、全て教えて頂けますか。」

 

『はい。』

スズカの要求に対し、マックイーンは了承すると、淡々とそれを伝え始めた。

内容は、昨晩にゴールドがぶちまけたものとほぼ同じだった。

秋天後におけるオフサイドの言動問題から彼女と『フォアマン』への糾弾の嵐、岡田トレーナー退職と事実上の『フォアマン』解散、オフサイドが心身深く傷を負ったこと、そして彼女の有馬記念出走を巡って再び糾弾の熱が再燃したこと…までを話した。

 

「…。」

そこまでは、スズカはゴールドや先程調べた過去の報道などで既に周知していた。

スズカにとって重大なのは、オフサイドのこと…いや、それより先に確かめたいことがあった。

 

身体の震えと動悸を抑えながら、スズカは尋ねた。

「沖埜トレーナーの、レース後にしたとされるあの発言は、本当なのでしょうか?」

 


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