1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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責任(3)

 

「沖埜トレーナー。」

 

唇を噛み締めながら歩いていると、つと沖埜を呼ぶ声が聞こえた。

声の先を見ると、遊歩道の先にブルボンとライスの姿があった。

 

丁度いいタイミングだ…

二人に会おうと考えていた沖埜は、彼女らの姿を見てそう思い、自ら歩み寄って声をかけた。

「ブルボン、ライス。ちょっと話いいか?」

「話…スズカさんのことですか?」

「スペのことだ。」

「…。」

沖埜の言葉に、ブルボンとライスははっとした表情を浮かべ、すぐにその内容を察した。

 

三人は、近くにあった遊歩道のベンチに座った。

座るなり、沖埜は話を切り出した。

「もう確認するまでもないと思うが、話の内容は分かるな?」

「ええ、スペさんとオフサイドさんの件ですね。」

「ああ。」

沖埜は頷いた。

 

「ついさっき、スペからそのことを伝えられたんだ。まさかこんなことをスペがおかしていたなんて、正直夢にも思わなかった。」

言いながら、ショックの色を表すように嘆息した。

「スペさんを咎めたんですか?」

「まさか。スペは悪くない。悪いのはこの私だ。」

「…。」

ブルボンもライスも思わず息を呑む程、沖埜の言葉はずしりと重たかった。

 

「既にスペシャルウィークから聞いてることかもしれませんが、」

ブルボンが口を開いた。

「彼女は、自らが行った行動をサイレンススズカに伝えることを覚悟しています。」

「…。」

沖埜はやはりか、と頷いた。

スペからそれを聞いた訳ではないが、彼女の胸中にその葛藤があることは感じ取っていた。

「現在、私達の意向でそれはしないように要求しています。ですが、もし沖埜トレーナーがそれが最善であると考えるのであれば、私達は決して止めません。この事については生徒会の意向は入ってませんので。」

 

「現状、最善策は分からない。」

ブルボンの言葉に、沖埜はぽつりと返した。

もしここでスズカのそのことを伝えたら、スズカの心身の状態は更に悪化する可能性が高い。

だがスズカがこれを知らないままでも、いずれ大きな悪影響が出ることは間違いなかった。

もはやどちらも茨の道であることは確定していた。

 

それに…

「スズカに伝える前に、オフサイドに謝罪しなければならないだろう。」

沖埜はそれを最優先するべきだと考えていた。

 

だが、現状それをするのも困難な状況だ。

昨日直に会った時にはっきり感じたのは、オフサイドがもう帰還しか考えていないこと。

だからスズカとの連絡も拒否しているのだと見ていた。

有馬記念は二日後、もう時間は残されていない。

自分がまた直接オフサイドに会って謝罪する以外手段はなさそうだと沖埜は考えていた。

 

「ホッカイルソーさんとは、会われましたか?」

苦慮している沖埜に、ライスがつと提案するように言った。

「彼女は、あの日ここでオフサイドさんと会ってます。その時にスペさんとのことをオフサイドさん自身から聞いて知ってたようですし、彼女の手を借りればオフサイドさんとの連絡を取れるかもしれません。」

 

「それは…」

ライスの言葉を聞くと、ブルボンが反対するように無表情をしかめた。

一昨日の出来事以降、ルソーはスペとかなり険悪な関係になっている。

そんな中で沖埜とルソーが会うのは双方に新たな火種を生む可能性が高いと、ブルボンは思っていた。

「ホッカイルソーには関わらないべきだと思います。」

 

「ブルボンさん、それは違います。」

ブルボンの言葉に、ライスは反論した。

「ルソーさんは昨晩あの現場にいました。あの時の一部始終を見た以上、スペさんへの感情は消えてる筈です。」

事が終わった後、これ以上ない位胸を痛めた様子でゴールドを抱きしめていたルソーの姿が思い起こされた。

「それに、同じウマ娘です。心の底ではみんなが救われることを願ってるに決まってます。」

そこまで言うと、ライスは再び沖埜を向いた。

 

「分かった、ありがとう。」

沖埜は礼を言うと、心を決めたようにベンチから立ち上がった。

 

そして、彼は今気づいたように、ライスが携帯している杖と彼女の左脚に眼を向けた。

もしや…

 

「ライス…」

「はい?」

「…いや、何でもない。」

沖埜は何か言いかけたがやめ、二人と別れベンチを去っていった。

 

 

「大丈夫でしょうか。」

沖埜が去った後、ブルボンとライスもベンチから立ち上がった。

「大丈夫です。」

気がかりな様子のブルボンに、ライスは寒風に揺れる右前髪に触れながら言った。

「今は、ルソーさん達を信じましょう。この苦境を乗り越える為には、彼女達の力も不可欠ですから。」

 

 

 

施設内に戻った沖埜は、そのまま病気専門病棟に行き、ルソーの病室に着いた。

 

コンコン。

「どうぞ。」

ノックすると、室内から返答が聞こえた。

…?

返答が、ルソーの声ではない事に気づいた。

昨日、岡田が入院していた病院で聞いた声だ。

彼女も来てたのか。

 

思いつつ、沖埜は扉を開いた。

「失礼する。」

 

室内には、それぞれのベッド上にルソーとゴールド、そしてケンザンの姿があった。

 


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