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(サイレンススズカ回想)
11月1日、第118回天皇賞・秋。
これまでにない大きな期待と夢を背に、私は1枠1番のゲートに入った。
スタートが切られると、私は自分でも驚くほどの好スタートが切れた。
そのままいつものように加速し、先頭に立った。
同じ逃げウマ娘のサイレントハンターが競り合ってくるかと思って少し慎重な加速になったけど、彼女は2番手に控えたのでその懸念はないと見た私は、すぐにまた加速した。
気持ち良い走りだ。
自分が最高の状態にあることを、加速しながら先頭の景色を駆けていく中で私ははっきりと感じた。
この調子なら、もっと速く気持ち良く走れる!
私はどんどん加速した。
後続勢の気配も感じなくなるほど、風を切って走った。
加速しながら、私は最高に気持ち良かった。
今までのどのレースよりも、幸せな気分で走ってた。
私を後押ししてくれる場内の歓声も、走りに力を与えてくれた。
これなら、かつてない最高の夢と走りを見せることが出来るわ!
私は確信した。
1000mを過ぎた時、そのタイムが57秒前半だと言うことも分かった。
相当なハイペースなのに、全然苦しくなかった。
このままずっと、永遠に気持ち良く走ることが出来そうだ。
そんな感覚すら覚えた。
そして、大欅を過ぎて3コーナーに差し掛かった時。
これまでのレースでは、いつもこのあたりでペースを少し落ち着かせていた。
このレースも、そのようにいこうと考えていた。
だけどその必要はないと思える程、私の走りの状態が良かった。
このままのスピードでゴールまで走り切れる。
そうとすら感じた。
その時だった。
一瞬、左脚の感覚が消えた。
同時に、私の身体は大きく揺らいだ。
続いて襲ってきた、かつて経験したことのない程の激痛。
フォームが崩れ、スピードがどんどん落ちていった。
これは…
耐えがたい激痛と朦朧としていく意識の中、私はそれを悟った。
故障したのか…
その後は、もう朧げにしか覚えていない。
微かに残っている記憶は、意識を失い視界が真っ暗になった私の傍らを駆け抜けていく後続勢の影と脚音。
そして全身が動かなくなって、倒れた時に感じた芝生の冷たさ。
悲鳴とどよめき。
そして駆け寄ってくる脚音と、チーム仲間の声。
その後、目が覚めたのは天皇賞・秋から1週間余り経った頃。
療養施設の特別病室ベッド上だった。
包帯が巻かれ厳重に固定された左脚の状態を見て、私は自分がどうなったか悟った。
私の走りが失われた…
目の前が真っ暗になり、何もかも終わってしまった気がした。
助かっただけでも奇跡なのは分かっていた。
でも、私が生きる意味として積み上げてきたウマ娘の走りが全て失われてしまったことは、あまりにも悲しかった。
夢を見せる走りも、最高に気持ち良かったあの先頭の景色も、もう2度と手にすることは出来ない。
もう私に、ウマ娘としての価値なんてない…
悲しみと絶望に打ちひしがれた私は、来る日も来る日も一人暗い病室で嘆き続けた。
そんな、絶望と嘆きの日々を送る私を必死に支えてくれた同胞がいた。
一人は幼い頃からの無二の親友であるステイゴールド。
そしてもう一人は、チーム仲間のスペシャルウィークさんだった。
スペさんは、私の一つ後輩。
デビュー当時から世代トップの逸材として注目されていた。
そんなスペさんは、私の事を『スピカ』加入前から注目してくれていて、チームに加入した時は凄く喜んでくれた。
その後、チーム仲間になってから私とスペさんの仲はすぐに親密になった。
スペさんは過去に悲しいことを経験していたけど、それを感じさせない位に明るく優しいウマ娘だった。
私の走りが覚醒出来たのは、彼女の存在も大きかった。
私が良い走りをして勝つ度に、スペさんは自分のことのように喜んでくれた。
それが私も嬉しかった。
また寮生活では共に一人部屋だったので相部屋にしてもらい、それ以降はプライベートでも共にする時間が増えた。
そんな日々を送るにつれて、スペさんの存在は私の中どんどん大きくなっていった。
スペさんは性格だけでなく、実力も凄かった。
皐月賞こそ惜敗したけど、ダービーでの圧巻の勝ちっぷりは私も思わず驚愕した程の強さだった。
スペさんといつかレースで闘いたい…そうした思いも日増しに強くなっていった。
いつしか、私にとってスペさんは、この世界で最も大切なウマ娘になっていった。
そう、親友以上の感情を持つウマ娘に。
そして、大怪我を負ってしばらく経った頃。
私は沖埜トレーナーから、私が故障した時に真っ先に駆けつけたのがスペさんだと言うことを伝えられた。
その後、搬送されてから容態が命の危機を脱するまで、ずっと私の側にいて励まし祈り続けてきたことも伝えられ、私の命を助けてくれたのはスペさんだと伝えられた。
それを知った時、私はスペさんへの感謝と愛情で涙が溢れた。
ずっと私の側にいてくれたんだ…
そのことが、絶望に満ちていた心を癒やしてくれた。
そして、同時に強い気持ちも芽生えた。
私はまだ終わってない。
もう一度、レースへの復帰を目指そうと。
私は、新たな夢を追い求めることにした。
私にはまだ見せられる景色があると信じて。
ホウヨウボーイ先輩、タニノチカラ先輩、スズパレード先輩、トウカイテイオー先輩、サクラローレル先輩。
過去に同じ重度の故障を乗り越えて栄光を手にした先輩達の生き様を学んだ末、私はその夢を見つけた。
この故障を乗り越えて復活することで、皆に新たな夢や幸せを与えるウマ娘になるという夢だった。
その夢を叶えることは容易いことではない、非常に困難で大変な道のりだということは分かっていた。
でも私はそこにウマ娘としての存在意義を見出した。
私は、復活に向けて歩み始めた。
スペさんも、チーム仲間やゴールドも、医師の先生達も、新たな夢を目指す目指す私を後押ししてくれた。
そのおかげで、私は心身共に急速に快復していくことが出来ていた。
奇跡の復活も叶うかもしれない。
そんな希望が、日に日に大きくなっていった。
でも、私は重大なことを忘れていた。
あの天皇賞・秋が、まだ終わっていなかったことを。
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(現在)
場は変わり、メジロ家の別荘。
時刻が夕暮れを迎えても、オフサイドは競走場で黙々とトレーニングを行っていた。
そして朝と同じように、競走場の隅で岡田がその様子をずっと見守っていた。
ピリリリリ。
岡田の携帯が鳴った。
電話をかけてきた相手は沖埜だった。
岡田は競走場を出て、電話に出た。
「どうした、沖埜。」
『お話したいことがあります。』
沖埜の口調はトレーナーの立場としての厳しいものだった。
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十数分後。
「…はい、では。」
療養施設。
スペの宿泊室で岡田に電話をかけていた沖埜は、電話を終えると一度間を置き、それから室内のベッド上のスペを見た。
「行くか、スペ。」
「…はい、行きます。」
沖埜の促しに、スペは震えを懸命に堪えながら立ち上がった。
時刻は17時になろうとしていた。