1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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写真(2)

 

「そういえば、」

思いっきり膨れ面を見せた後、ゴールドはつと美久に尋ねた。

「オフサイド先輩の写真ってありますか?あ、天皇賞以前のものですけど。」

 

「あるわよ。」

美久は頷くと、すぐに鞄を探って2枚の写真を取り出した、

どうやら普段から持ち歩いているらしい。

「これが七夕賞の、そしてこれが新潟記念の写真よ。」

「どうも。レース以外のもあります?」

「勿論。」

再び鞄を探り、今度は写真が入った封筒を取り出した。

中身を覗くと、かなりの量だ。

 

「これ全部先輩のすか?」

「そうよ。」

重量にちょっと驚いたゴールドが尋ねると、美久はうんと頷いた。

ほんとかなーと思って中身を出し、写真を調べてみた。

確かに、全ての写真にオフサイドが写っていた。

だがその殆どは、ターフや学園ではないある場所で撮られていた。

『ウマ娘療養施設』。

 

「ほんとだ。」

ゴールドは、なんとも言えない表情で、一枚々々写真をめくった。

ウマ娘療養施設で撮影されたオフサイドは、他の多くの療養仲間と一緒に写っていた。

治療中・リハビリ中・療養仲間と談笑&食事中…やや暗い表情が抜けきらない療養ウマ娘達が多い中、オフサイドだけは力強い、明るい笑顔を見せていた。

どの写真も、どの写真も、どの写真も…。

 

…そう、オフサイド先輩のほんとの表情はこれなんだ。

写真を見ているゴールドは、胸の中で呟いた。

この明るい、そして力強い笑顔が、先輩の素顔なんだ。

この笑顔と、そこから溢れる優しい不屈のウマ娘性に私達は惹かれ、憧れ、そして支えられてきたんだ。

 

でも、それなのに、それなのに…。

『…やだ、絶対やだ…出てって!今すぐ出て行って!…』

不意に今朝、部室で目の当たりにしたオフサイドの錯乱した姿と叫び声が、ゴールドの胸と脳裏に突き刺さった。

今先輩は、オフサイド先輩は、もう…

 

「ゴールドさん?」

彼女に注文されたオレンジジュースを用意して来たライスは、写真を手に取って見ている彼女の身体が震え出していることに気づいた。

「…なんで、」

ライスの言葉に反応せず、ゴールドは震える手で写真を握りしめ、唇から途切れ途切れに言葉をもらし出した。

「なんで先輩は…あんなにされてしまったの?…誰よりも強かった、優しかった先輩が…」

 

「ちょ、大丈夫?」

ライスに続いて美久もゴールドの異変に気づき声をかけたが、ゴールドは反応しないままだった。

…この笑顔を浮かべる先輩はもういない。

何もかも、奪われた。

奪われて…消えちゃったんだ…。

「…ひくっ…うっ…」

彼女の口から、嗚咽がもれだした。

二度と、写真のような先輩の笑顔は見れない…

「もう…ひくっ…戻れないよっ!…わああああっ…」

 

悲痛な叫び声を上げると同時に、ずっと仏頂面の奥に堰き止めていたものが、ゴールドの両眼から溢れ出した。

彼女は写真を握り締めたまま床に崩れ落ち、声を上げて泣き出した。

 

「ゴールド!」

「ゴールドさん⁉︎」

駆け寄ったライス・美久は、泣き崩れたゴールドを抱き支えて声をかけたが、ゴールドは少女のように身体を震わせて泣き続けた。

「…わああああ…ひくっ…オフサイド先輩が…なんであんな仕打ちを…わああああん…ひくっ…うっ…ひどすぎるよ…うわああああん…」

彼女の眼から溢れ出した涙が、床に落ちたオフサイドの写真を瞬く間に濡らしていった。

 

 

ゴールド…

号泣するゴールドを美久と一緒に抱き支えて慰めながら、ライスも泣きそうな表情で唇を噛み締めた。

ライスには、ゴールドの心の痛みがよく分かっていた。

普段は仏頂面で、斜めっているところが垣間見えるゴールドだが、実は真っ直ぐで純粋で、思いやりがウマ娘一倍強い心の持ち主。

そんな彼女にとって、大切なチームが、何より大好きなオフサイドトラップがあんな仕打ちに遭いボロボロになるまで追い詰められたことが、ものすごく辛かったのだと。

 

ライスは勿論、美久だって知っている。

オフサイドトラップは非情で自己中なウマ娘ではない。

むしろウマ娘史上稀有といっていい位、ものの痛みを知っているウマ娘だと。

 

…オフサイドトラップ。

ゴールドの溢した涙に濡れた写真、そこに写っているオフサイドの笑顔を見、ライスは彼女が生きてきたその壮絶な学園生活に、思いを馳せた。

 


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