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時間は少し遡り、再び療養施設。
スズカに呼ばれたスペが宿泊室を出ていった後、同室していたルソーも部屋を出て自分の病室に戻った。
その後しばらく病室でゴールド・ケンザンと共にいたが、やがてルソーは松葉杖を再び病室を出た。
向かった先はシアトルの宿泊室だった。
シアトルの宿泊室に着くと、ルソーは扉をノックした。
コンコン。
「どうぞ。」
「失礼します。」
「おや、ホッカイルソー。」
起きていたシアトルは、来室した彼女の姿を見て気さくに手を挙げた。
「何か私に用かい?」
「いえ、少しシアトル先輩とお話したくて。」
「そうか、まあ座りなよ。」
シアトルはルソーを椅子に促し、茶の用意を始めた。
二人は室内の椅子に向かいあって座った。
先程ルソーの病室で初対面し挨拶を交わしたものの特に会話はしてなかったので、話すのは実質これが初めてだった。
「お茶、美味しいです。」
「アハハ、苦いって顔に出てるよ。」
「苦いの好きなので。」
「あらそうなの。変わってるね。」
後輩らしくかしこまっているルソーに対し、シアトルは会った時と同じく快活だった。
「先輩、随分と明るいのですね。イメージと違ってました。」
「あら、暗いイメージだったの?」
「あの宝塚記念でしか、先輩の姿を観てなかったので。」
「あー。」
なる程ねとシアトルは頷いた。
さっきも同じようなこと言われたな。
「まあ、大人になったのさ。あの宝塚を乗り越えてね。」
「…乗り越えた。」
「うん。」
「…。」
明るく頷いたシアトルを見て、苦しみのどん底にいるルソーは眩しそうに俯いた。
「ルソーは、随分苦しんでるみたいだね。」
俯いたルソーに、シアトルは口調を変えていたわるように言った。
「…。」
シアトルの言葉に、ルソーは顔を上げた。
「君のこと、私はある程度調べたよ。椎菜先生からも君の状態を色々聞いた。また、今起きてるオフサイドの件のことも既に知ったよ。」
「そうなんですか。」
「仲間を助けに来たんだ。それぐらい動いて当たり前よ。」
答えた後、シアトルは持っていた茶碗を置き、改めてルソーを見つめた。
「ただそれにしても、君の経歴には驚いたよ。いや、驚いたというより戦慄したかな。〈死神〉との闘いだけじゃなく、レースで背負ってしまったものまで含めて、あまりにも過酷だとね。」
「…。」
日経賞のことを指してると、ルソーにはすぐに分かった。
「よくここまで頑張って耐え抜いて来たね。」
「…今は、もう折れかかってますが。」
「関係ない。ここまでだけでも充分敬意に値するよ。第一、今の状況では折れない方がおかしいさ。私だって同じ状況ならとうに折れてる。希望も支えも失ってるんだから。」
「…。」
ルソーは再び無言で俯いた。
「今は、私があなたの支えになるよ。」
〈クッケン炎〉療養ウマ娘のリーダー的存在である彼女の肩に、シアトルは優しく手を当てた。
「あなたが再び希望を見つける時までは、私を支えにして。苦境で一番大切なのは支え合いだから。」
「支え合い…」
「うん。私達の世代もそうだった。吹き荒れる〈死神〉の猛威を前に、全員で折れそうな心を支え合って必死に闘った。…最終的には全滅したけど、何度か〈死神〉にも敗北を与えてやったわ。」
当時を思い出したのか、シアトルの口調が熱くなった。
「あなた達を〈死神〉の餌食にさせたくない。〈死神〉と闘い続けた同胞として心底からの願いだわ。」
「ありがとうございます。」
ルソーは、俯いたまま答えた。
その瞳には、まだ何の希望も映っていないようだった。
*****
一方。
ルソーの病室にはケンザンとゴールド、そして椎菜の姿があった。
椎菜はケンザンに、現在のスズカとスペのことを伝えていた。
「スズカとスペは今、二人きりで外に?」
「ええ。スズカがそうしてくれと頼んでね。」
「やはり、例の件のことで話を…」
「それは分からない。午後と同じく外の空気を吸いたいだけかもしれないわ。今のスズカにとってはあの病室にいることさえも苦痛なのかもしれない。」
「沖埜トレーナは?」
「彼はついていってないわ。特別病室に留まって、二人が戻るのを待ってる。」
「沖埜トレーナに関しては、何かありましたか?」
「先程までスズカと二人きりで何か話していたらしいわ。内容は分からないけど。」
「分かりました。報告ありがとうございます。」
現状を聞き終えたケンザンはそれ以上は特に尋ねず、椎菜に礼を言った。
『スピカ』の状態は気になるが、集中すべきは『フォアマン』だ。
そう心に警鐘していたから。
「オフサイドの方はどうなってる?」
現状を伝え終えた椎菜が、今度は尋ねた。
「今の所、岡田トレーナからは何の報告もありません。生徒会からも何もきてないので、現状は何も動いてないのかと。」
「そう…。」
椎菜は深く吐息した。
やはりオフサイドの決意は到底揺るぎようのないものになってるのか…
「サクラローレルは、どうなってる?」
憂い深くなりながらも、椎菜はオフサイドの決意を翻意させられうるウマ娘について尋ねた。
「そこも分かりません。マックイーンさんが手を尽くしてサクラ家と交渉しているようですが、まだ報告は何も。…ですが、」
そう答えた後、ケンザンは続けた。
「ローレルは必ず帰ってきます。…必ず。彼女がオフサイドと会う時まで、我々は手を尽くさなければいけません。そうしなければ、オフサイドが救われる可能性すらないでしょう。」
「可能性すらない、か。」
「ええ。」
かつてオフサイドの闘病をずっと見てきた者と、チームの先輩としてオフサイドの競走生活を長年見守ってきた者は、僅かでも可能性を見出すそうと話し合っていた。
二人が話してる一方、ゴールドは窓際のベッドに腰掛けて、外の光景に眼を向けていた。
昨晩の行動後に倒れ半日余り意識を失っていた彼女だが、目覚めた後体調はどんどん回復し、既に普段と変わらない状態になっていた。
もっとも、心の状態はどん底のままだったが。
スズカ、もうあなたも、オフサイド先輩と同じ決意をしてしまったんだろうね。
私も、この世界から罰を受けた後にいくから…
「ごめんね、スズカ…。」
夜景を虚な眼で眺めながら、声にならない声が洩れた。
つと、ゴールドは立ち上がった。
「どこに行く?」
病室を出ようとしたゴールドをケンザンが呼び止めた。
「ちょっと、食堂へお茶飲みに行ってきます。」
「では、私も一緒に行く。」
「一人で大丈夫です。」
「駄目だ。」
今のお前は一人に出来ないと、ケンザンは厳しい眼でゴールドを見下ろした。
丁度その時、コンコンと扉をノックする音がした。
「?どうぞ。」
「失礼します。」
訪れたのはカメラを提げた美久だった。
「あら、ライスはいないのかしら?」
「ライス先輩は先程出ていかれました。」
「そう…どこに行ったのかな。食堂かな?」
美久のその言葉に、ゴールドが反応した。
「食堂に行くなら、私も一緒についてっていいですか?」
言いながら、これで構わないですねとケンザンを見上げた。
「…ああ。」
ケンザンは頷いた。
その後、ゴールドは美久と共に部屋を出ていった。
ゴールド…
彼女が出ていった後、ケンザンは深い息を吐きながら椅子に座り直した。
『ごめんね…スズカ…』
先程の彼女の呟きは、ケンザンの耳に聴こえて残っていた。
ゴールド、お前は私が守る。
ケンザンは、胸のうちで呟いた。
*****
時間は遡り、22時半過ぎの特別病室。
「分かりました。」
二人きりで外に出たいというスズカの要求に、スペは顔を上げて頷いた。
「トレーナさん、宜しいでしょうか。」
「…ああ。」
沖埜はスズカの表情をじっと見つめていたが、やがて頷いた。
その後、ブルボンや医師達の了承を得て、スズカとスペは病室を出た。
そのまま下に行き、二人は施設の外に出た。
外は非常に寒かったが、寒風は殆ど吹いてなかった。
「どこに、行きますか?」
スズカを乗せた車椅子を押しながら、茶色のコートにグレーのマフラー姿のスペは尋ねた。
「芝生道を進みましょう。」
車椅子上、緑のコートに紅いマフラー姿のスズカは答えた。
「…はい。」
スペは頷き、芝生道へ向けてゆっくり車椅子を押し出した。
夜空は冬の澄みきった星空が満天に広がっていて、蒼月が煌々と光っていた。