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「サイレンススズカとスペシャルウィークは屋上へ?」
23時半頃。
ライスと共に施設の外に出ていたブルボンは、ベンチで医師からその連絡を受けていた。
「誰と…まだ二人でですか、了承です。」
連絡を聞き終え、ブルボンは携帯をしまった。
「何かあったんですか。」
傍らに座っているライスが尋ねた。
「いえ、施設内に戻ったスズカとスペは特別病室に戻らず、そのまま屋上にいったという連絡がありまして。」
答えながら、ブルボンはつと上を見上げた。
二人が今腰掛けている後方の施設建物の一番上がその屋上だったから。
「二人、どんな話をしてるのでしょうね。」
ライスも同じく屋上を見上げて呟いた。
「恐らくオフサイドトラップの件でしょう。」
ブルボンは当然のようにそう推測した。
だが今は、それ以上は考えようとはしなかった。
「そういえば、ここの屋上から観える景色はすごく綺麗でしたね。」
ふと、ライスが思い出したように言った。
「ええ。」
二人とも、ここで療養生活を送った時代に、何度も屋上に上がってその景色を眺めたことがあった。
そこから観える一面の景色は、一目だけでも心を癒してくれる程の美しさだった。
今夜の景色も素晴らしいだろうなと、一面の澄んだ星空と蒼い月をライスは見上げた。
あの二人の心の傷を、少しでも癒やしてくれれば。
見上げながら、ライスは胸中で夜空に祈った。
「ライスは変わりませんね。」
その様子を見て、ブルボンはふっと微笑した。
「星空に祈ることが多いのは、現役時代からそうですね。」
「祝福の名前をもらってますから。幼い時から、夜空に願いごとをすることが多かったの。」
ライスの口調は、生徒時代のものになっていた。
「不思議ですね、祝福の名前にはあまり夜のイメージがないのに。」
「それは、私の性格なのかな。イメージ的にも、夜っぽいものが強いみたいですし。」
「確かにそうですね。」
天皇賞・春を制した際の記念ポスターにおけるライスの姿も夜のイメージだったし、それに…
「5年前、マックイーン会長と天皇賞・春で闘う前、夜も調整で励んでいた鬼気迫る姿が、夜景と重なって強烈に印象に残ってますから。」
「ああ、懐かしいですね。」
確か山奥で調整に没頭していて、途中から訪れたブルボンさんがずっと見守っていてくれたな。
もう、あの天皇賞・春から5年以上経つのか。
「ブルボンさんと闘った記憶も、もう6年以上前になるのですね。」
当時を思い出すように、ライスは眼を瞑った。
「そうですね。」
ブルボンも同じく眼を瞑って回想した。
スプリングS・皐月賞・ダービー・京都新聞杯・そして菊花賞における、二人の思い出を。
「皐月賞までは、私はブルボンさんに全く敵わなかったね。」
「ええ。私も当時は、あなたのことは特に気にしてませんでした。」
気にするようになったのは、自分に4バ身離されながらも2着に粘りきったあのダービーから。
「あの後、私もトレーナもあなたが3冠に向けて最強の敵になることを察知しました。」
スピード面ではブルボンは他の追従を許さないが、スタミナ面ではライスの方が優っていた。
スタミナ不足を克服する為、ブルボンは必死にトレーニングにトレーニングを重ねた。
一方のライスも、ブルボンに勝つための戦略を立てて、それを遂行出来るよう、こちらも鬼気迫る調整を行った。
「前哨戦の京都新聞杯は危なげなく勝てましたが、すぐ後ろにライスが迫っていたから少しも安心は出来なかったです。」
「えへへ。私も、あの着差なら菊本番でブルボンさんに勝てると自信が湧いたよ。」
ライスの眼に、微笑と共に蒼芒が洩れた。
そして最後の対決となった菊花賞。
ブルボンは三冠を目前にした京都の直線半ばで、遂にライスに差し切られた。
「私の完敗でした。ハナを奪ったキョウエイボーガンに気を取られて、一瞬自分の走りを見失ってしまった。最後まで自分のレースを走りきったあなたに勝てなかったのは至極当然の結果でした。」
「うん。私も完勝だと思った。」
ブルボンの言葉に、ライスは微妙を湛えたまま頷いた。
「でも、マチカネタンホイザさんの猛追を差し返して2着を死守したブルボンさんの粘りにはびっくりしたよ。あんなことはとても私には出来ないと、改めてブルボンさんの凄さを思い知った。」
「2冠ウマ娘の意地です。それに、どこかで分かっていたのかもしれないですね。これが自分の最後のレースになるかもしれないと。」
ブルボンは、そっと脚に手を当てた。
「でも、もう一度、あなたと闘いたかったですね。」
脚に手を当てたまま、ブルボンは僅かに未練を滲ませるように言った。
「うん。ライスも、もう一回ブルボンさんと走りたかった…。」
ライスも同じように呟き、それからつと無邪気な笑顔を見せた。
「でも、再戦しても多分ライスが勝ってたと思うな。」
「あら、大した自信ですね。」
「ライスは、標的と定めた相手には絶対に負けないから。」
「ふふ、確かにそうですね。でも、」
ブルボンの頬にも不敵な微笑が浮かんだ。
「私も、限界を打ち破り続けてきたウマ娘です。だから“ライスにマークされたら勝てない”という限界も打ち破って見せる自信はあります。」
「うふふ、ブルボンさんも負けず嫌いですね。」
「当然です。私は無類の負けず嫌いと自負してますから。」
同期の2人は、お互い笑顔で見つめあっていた。
だが、やがて。
「そろそろ、戻りましょう。」
ブルボンは表情を無に戻し、ふっと息を吐いて立ち上がった。
「はい。」
ライスも口調を戻し、ゆっくりと立ち上がった。
二人でこんな楽しい時間を過ごしたのは何年ぶりだったろう。
もっと話していたかった、この楽しい時間がずっと続いて欲しかった…
二人とも同じことを思った。
けど。
「続きは、使命が終わった後に。」
「ええ。」
ライスの言葉にブルボンは頷いた。
「その時が訪れるよう、力を尽くしましょう。」
「はい。生ききってみせましょう。」
ライスも、まだ微笑が残った蒼芒を揺らめかせて頷いた。
その時。
カッ。
二人の近くで、不意に何か鈍い物音が聞こえた。
「…?」
二人は怪訝な表情を浮かべ、辺りを見回した。
「…何の音でしょうか?」
「何か落ちたような音に聞こえましたが…あ、」
ライスのついている杖に、転がってきた何かが当たった。
…これは?
ライスが拾い上げると、それは蓋の空いた飲み物の容器だった。
「何でしょう?」
「…。」
「まだ中身が入ってますね。」
「一体誰の…」
しばし怪訝な表情でそれを見つめていた二人の視線は、やがて施設の屋上へと向けられていた。
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「…ん?」
同じ頃、ルソーの病室。
室内にいたケンザンと椎菜も、外の物音に気づいていた。
「…何の音かしら。」
「なんかの容器が落ちたような音に聞こえましたが…」
大した物音でもなかったが、二人とも妙に胸騒ぎがした。
「…。」
椎菜は席を立ち、病室の外に出た。
「外に行くんですか?」
「ちょっと気になってね。確かライスとブルボンが外にいるらしいことは聞いたけど…。」
ついてきたケンザンにそう答えながら、椎菜は暗い廊下を歩き出した。
そして、階段の前にさしかかった時。
「え?」
「なに?」
暗闇の中、二人は不意にただならない気配が迫って来るのを感じ、ハッと立ち止まった。
次の瞬間。
突然、大きな物音が施設内に響き渡った。
それとほぼ同時に、眼を疑うような光景が、二人の目の前に映った。