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数十分前。
施設に戻ったスズカとスペは、そのまま屋上へと向かった。
屋上に着くと、スペは持参していた携帯で医師達に現況を伝えた。
「…はい、特別病室ではなく屋上にいます。スズカさんと一緒です。ええ、まだしばらく二人きりで…はい、宜しくお願いします。」
連絡を終えると携帯をしまい、車椅子のスズカを見た。
「誰か見張りに来ますか?」
「いえ、二人きりでいいと許可を頂きました。」
「そう。」
スズカは少し不安げな様子だった。
「鍵、かけて頂けますか。」
「鍵を?」
「誰か来るとも限りませんから。そちらの方が安心してお話し出来ます。」
「分かりました。」
スペはカチャと屋上の扉の鍵をかけ、それから車椅子を押して屋上内にあるベンチへ向かった。
屋上から一眺する景色は、冬の夜空の美しさを全て散りばめたような絶景だった。
澄み渡った空気もあって神秘的にすら感じた。芝生道から眺めたものとは格段に違う景色だった。
「綺麗ですね…」
スペはベンチに腰掛けず、緩く吹き始めた寒風に髪を靡かせながら夜景に見とれていた。
「本当ですね…」
スズカも栗毛の美髪に触れながら、その夜景を眺めていた。
療養生活を始めてから毎日のように病室の窓から夜景を眺めていたけど、今日の夜空は一番の美しさに思えた。
こんなに綺麗なのに。
この世界は、こんなに美しいのに。
言葉にならない思いが、スズカの胸を浸した。
「…。」
湧き上がるものを堪え、彼女は両手に抱えていた飲み物の蓋を開けた。
「どうぞ飲んでください。」
涙が溢れそうな眼で夜景を眺めていたスペに、スズカは飲み物を差し出した。
「寒いでしょう。少し暖をとって下さい。」
「はい。」
上着を羽織ってるのでそこまで寒くもなかったが、断らない方がいいと思ったスペはそれを受け取り、数口飲んだ。
「ありがとうございました。」
「…。」
スペがお礼を言いながら飲み物を返すと、スズカはそれを再び両手に抱えた。
「スペさん。」
夜景に視線を向け、スズカはぽつりと尋ねた。
「私と初めて会った時のこと、覚えていますか?」
「勿論です。」
スペはすぐに頷いた。
「昨年の、マイルCSの後でしたね。」
*****
昨年の11月下旬、トレセン学園の放課後。
はあ…
当時2年生のサイレンススズカは、浮かない表情で夕陽が射す競走場の周りをグルグル歩いていた。
現在、彼女はどのチームにも所属していないフリーの状態。
2か月程前にチーム『フォアマン』を離脱して以後、幾つかのチームを渡り歩いたものの、未だ自分に適ったチームを見つけられないことに彼女は悩んでいた。
その影響で、レースでも思うように結果を出せていない。
先日出走したマイルCSも、全く折り合えず暴走し大敗してしまった。
もうすぐで3年生になるのに、このままでは自分の夢を叶えられないまま終わってしまうかもという焦燥感も大きくなっていた。
どうすればいいんだろう。
良い方策も見つけられず、スズカはただグルグル悩んでいた。
そうしていると。
「こんにちは!」
突然、スズカの側に来て明るく声をかけてきた生徒がいた。
…?
スズカは怪訝そうに、その後輩と思しきを見た。
「あなた、誰?」
「はい!1年生のスペシャルウィークと言います!」
後輩ウマ娘は、無邪気な明るい笑顔でスズカにそう挨拶した。
「先輩は、サイレンススズカ先輩ですよね?」
「そうだけど、何か用?」
自分を見てやたら眼を輝かせている後輩に、スズカは戸惑った。
「私、先輩とお会いしたかったんです!」
「私と?」
「はい!先日の天皇賞・秋での先輩の走りを見て、凄く惹きつけられたんです!」
「ああ、そう。」
スズカは合点がいったように頷いた。
確かにあの天皇賞・秋での私の大逃げは、結構話題になったな。
「それはありがと。でもね、あんな走りは真似しちゃダメだよ。」
「?どうしてですか?」
「結果を残せないからね。勝てなきゃただの暴走なんだから。」
相次ぐ惨敗にやや自信を失っているスズカは、自虐気味に言った。
「そんなことはありません!」
スズカの言葉に、スペはぶんぶん首を振った。
「先輩の走りが結果を残せないなんて、そんなわけありません!だって、先輩の走りは凄く綺麗でかっこよくて、美しかったですから!」
「…あはは。」
無邪気な表情で熱く言葉を続けたスペに、スズカは自然と笑みが溢れた。
笑顔を浮かべたスズカを、スペは眩しそうに見つめて、そしてぎゅっと手を握った。
「いつか、あの走りでゴールを先頭で駆け抜けて下さい!応援してます!」
「うん、ありがとう。」
力強く握られ言われ、スズカは戸惑いながらも笑顔で言葉を返した。
「では、失礼します!」
最後に元気よく頭を下げると、スペはスズカのもとを去っていった。
スペシャルウィークさん、か。
夕陽に照らされながら元気に駆け去っていく後輩の後ろ姿を眺めているスズカの頬には、最近あまりなかった自然な笑顔が残っていた。
熱く握られた手にも、彼女の温もりが残っていた。
*****
「あれから間もなくでしたね、『スピカ』に入ってスペさんと再会したのは。」
療養施設の屋上。
スズカは万感の思いが籠った口調で当時を思い返していた。
「まさかスズカさんとチーム仲間になれるなんて、夢みたいで驚きました。」
「私もです。でも、正直嬉しかったです。スペさんとの出会いは凄く印象的で、良い記憶でしたから。」
『スピカ』加入後、スズカは沖埜の指導のもと才能を開花させていく中、スペとの仲も徐々に親密になっていった。
世代でも特に優秀な生徒でありながら、どんな時でも常に明るく笑顔の絶えないスペ。
今まで会ったことのないタイプの同胞であったが、彼女のそのウマ娘性はやや不安定だったスズカのメンタル面にも大きな変化を与えていった。
「スペさんは、私に心だけでなく、夢も与えてくれました。」
スズカの声が一瞬詰まり、僅かに震えた。
「夢…」
「“スペさんの為に勝ちたい”という夢です。」
「同じです。」
スズカの言葉に、スペも答えた。
「私も、“スズカさんのように強く美しい走りが出来るウマ娘になりたい”という目標だけでなく、“スズカさんの笑顔を見る為に勝ちたい”という夢を持ちました。」