1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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大償(4)

 

ずっと、夢を描いて生きてきた。

 

私にしか出来ない、私だけが見せられる最高の走りを追い求めてきた。

 

何度も挫折し、壁にぶつかった。

目指すものが見えなくなった時もあった。

仲間達と別れ、孤独に苦しんだ時もあった。

 

その苦しい時間を乗り越えて、私はかけがえのない時間を手に入れられた。

私の走りを夢だといってくれた人と出会えた。

私の走りを美しいといってくれた同胞と出会えた。

 

幸せなことが幾つも重なって、私は夢だった走りを見つけられた。

その夢が、多くのみんなに笑顔を与えることが出来た。

そのみんなの笑顔が、私にまた夢と力を与えてくれた。

そして、私の走りと夢は大きくなっていって、より多くの笑顔と夢をみんなに与えることが出来た。

 

本当に幸せだった。

かけがえのない、夢のような時間を、私は手に入れられた筈だった。

 

手に入れられた筈、だったのに…

 

 

沖埜トレーナー。

あなたに巡り会わなければ、私は私の走りを見つけること決して出来ませんでした。

私の走りを素晴らしいと評価して『スピカ』に迎え入れて下さった時、私は心から嬉しかった。

沖埜トレーナーのその期待になんとしても応えたいと、必死にトレーニングに励みました。

そしてレースに挑むにおいて、勝ち負けを考えずに走りたいように走っていいという言葉を頂きました。

あの言葉が、私に再びレースの楽しさを思い出させてくれました。

 

そして、私が走りたいように走って勝っていく中で、沖埜トレーナーは更に上のレベルを見つけて下さった。

『逃げて差す』。

私も思い描けなかった、夢の走りを。

沖埜トレーナーは、それを私に教えてくれました。

 

そして、その走りをレースで体現出来た時、私はこれ以上ない位感動しました。

ウマ娘として、最高の走りを手に入れられたのだと。

 

 

もっと、トレーナーと共に夢を追いたかった。

私が体現しうる最高の走りを、トレーナーと極めたかった。

私の走りを見て喜んでくれる沖埜トレーナーの姿をもっと見たかった。

 

 

 

スペシャルウィークさん。

あなたと出会えてことが、私にとって何よりも素晴らしいことでした。

 

あなたと共に過ごせた時間は、全てが幸せな時間でした。

どんな時でも、あなたは私の側で笑顔を見せてくれた。

あなたが笑うだけで、私は生きる力をもらった。

励ましてくれるだけで、走る力をもらった。

喜んでくれるだけで、夢を目指す力をもらった。

この世界で見つけられた最高でかけがえのない夢が、あなただった…

 

 

 

「スペさん…」

屋上の淵に立ったスズカは、冷たい風が吹かれつつ後ろを振り返り、愛していた同胞の姿を見つめた。

「…もっと、あなたと幸せな時間を過ごしたかった…ただ一緒にいられるだけでも幸せだった…」

抑えていた涙が溢れ、スズカの頬を伝った。

 

「さよなら、スペさん…」

涙を払い、スズカは顔を逸らすと、左脚を引きずって一歩進んだ。

眼下に帰還への景色を見下ろし、スズカは静かに眼を瞑った。

 

みんな、ごめんなさい。

人間の皆さん。同胞のみんな。

『フォアマン』の皆。

『スピカ』の仲間達。

ゴールド。

沖埜トレーナー。

スペシャルウィークさん。

オフサイドトラップ先輩。

 

私が、全ての責任を背負いますから…どうか、心を取り戻して下さい。

それが私の、この世界への最後の願いです…

 

 

スズカは最後にそう願うと、眼を瞑ったまま脚を踏み出した。

 

 

次の瞬間、壊れた大きな物音が、施設に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

脚を踏み出しかけたスズカは寸前で止まり、壊れた物音が聞こえた背後を振り返った。

 

閉ざしていた扉が壊され、屋上に駆け入ってきた人影が、彼女の瞳に映った。

 

 

沖埜だった。

 

 

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