1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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祝福の最期(1)

 

*****

 

沖埜達がスズカを救出し、それぞれ医師らに付き添われて屋上を去った直後。

屋上に残ったのはライス、ブルボン、椎菜、美久、ケンザン、シアトル、ルソー、ゴールドの八人だった。

 

「スズカ…」

壊れた扉の傍らで、ゴールドは蒼白な表情で座りこんでいた。

食堂で感じた悪い予感の後、大きな物音を聞いた彼女は、美久と共に屋上に駆けつけた。

着いた時には既に危機は去った後だったが、無二の親友が自ら命を絶とうとしていた現実を目の当たりに、覚悟していたとはいえ全身の力が抜け落ちる程の衝撃を受けていた。

スズカが屋上を去る際も、彼女と視線を合わすことが出来なかった。

 

「…ゴールド、大丈夫?」

ルソーが、松葉杖をつきながら彼女の側に来て声をかけた。

ゴールドと同じように彼女も、物音を聞いてシアトルと共にこの現場に駆けつけていた。

「ルソー先輩こそ、顔色最悪ですよ…」

「…。」

ルソーは顔に手を当てた。

頭痛と動悸が激しかった。

彼女も意識を保っているのがやっとの状態に見えた。

 

「二人とも、病室に戻ろう。」

ショック状態の後輩二人の様子を見て、ケンザンが側に来た。

「私も一緒に出るわ。」

「ルソー、しっかり。」

ケンザンに続き、シアトルと椎菜も側に来た。

三人は放心状態のルソーとゴールドの身体を支え上げた。

「…はい。」

先輩達の腕を借りて、二人はよろよろと立ち上がった。

 

五人は、屋上を出ていった。

 

 

屋上を出たケンザン達五人は、そのままルソーの病室に戻った。

 

「じゃ、あとは宜しくね。」

ショックが著しいゴールドとルソーを室内のベッドに寝かせると、椎菜はケンザンに言った。

「椎菜先生は?」

「医務室に一旦戻るわ。…多分、用意しなきゃいけないから。」

「用意…」

椎菜のその返答にケンザンは思わず顔が歪み、声が震えた。

「では、もしかして…」

「うん…」

それ以上は言わないでと、椎菜は口元に指を当てた。

 

「…。」

ケンザンは俯き気味に頷き、別のことを尋ねた。

「さっきの一連の物音は施設内の療養ウマ娘達にもかなり聞こえてたと思いますが、そこは大丈夫ですか。」

「今の所は大丈夫みたい。不安になって起きたウマ娘達も結構いたみたいだけど、施設内の人間達に大丈夫だと伝えさせて部屋に戻させたから。」

勿論事の詳細は一切話してないけどねと付け加えた。

 

「じゃ、私は医務室に戻るね。」

「はい。…あの…」

「なに?」

「終わったら、私に連絡をお願いします。」

「了解。」

ケンザンの言葉に頷きながら、椎菜は病室を出ていった。

 

 

「私も、部屋に戻ります。」

椎菜に続いて、ルソーの傍らにいたシアトルも立ち上がった。

「シアトル。屋上には戻らないの?」

「終わったら、行きます。」

ずっと快活だったシアトルの表情が、暗くこそなっていないが硬っていた。

「今は、一人になりたいです。」

そう言うと、シアトルは病室を出ていった。

 

「…。」

椎菜とシアトルが出ていった後、ケンザンは後輩二人のベッドの間にある椅子に腰掛けた。

やはり、そうだったのか…

虚空を見上げた彼女の表情は、言いようのない沈痛の色が表れていた。

 

 

 

 

 

一方。

屋上に残ったブルボン、美久、ライスの三人。

 

「…。」

ぎりぎりの所で現場に駆けつけてスズカを救出したその以降、ライスは屋上にずっと腰をついたままだった。

身体を動かすこともなく、彼女の澄んだ蒼眼は夜空の蒼月へと向けられていた。

 

「…。」

そんなライスの姿を、その背後でブルボンと美久は無言で見守っていた。

言いようのない緊迫感が、屋上に立ち込めていた。

 

ライス…あなた、まさか…

ライスのすぐ側で彼女の様子を見つめているブルボンの表情が、普段の無表情とは全く違う蒼白なものになっていた。

 

 

 

*****

 

 

時刻は少し前、ブルボンとライスが遊歩道で落下物を拾った時。

落下物が屋上から落ちた物だと察したライスとブルボンは、怪訝な表情で顔を見合わせた。

 

「うっかり落としてしまったんでしょうか?」

「…違うと思います。」

ライスは首を振った。

「何か、危機を示すものに感じます。」

「危機?」

ブルボンの言葉にライスは答えず、屋上を見上げた。

まさか、サイレンススズカは…

 

『何度か、崖の淵に立ったことがありました』

不意に夕方聞いたシアトルの言葉が思い起こされ、身体に戦慄が走った。

同時に、今屋上で起きようとしていることを瞬時に察知した。

 

「いけない!」

ライスの手から杖が離れ、地面に落ちた。

「ライス?」

「まずいわ!」

ライスは叫ぶと同時に眼から蒼芒を散らし、黒い風を巻き起こして施設へ向かい駆け出した。

 

「ライス、何を⁉︎」

駆け出したライスを見てブルボンも愕然と叫び、すぐに彼女の後を追って駆け出した。

 

 

施設内に駆け戻ると、同時に上階から大きな物音が聞こえた。

「!?」

「…。」

動揺したブルボンは一瞬脚を止めかけたが、ライスは全く止まることなく、廊下を曲がると屋上への階段を眼にも止まらない疾さで駆け上がっていった。

脚を止めかけたブルボンもすぐに我に帰り、すぐにその後を追おうとした。

 

「ブルボン!」

階段を駆け上がろうとしたブルボンを、廊下の向こうから現れたケンザンと椎菜が呼び止めた。

「一体、何が?」

「屋上にいるスズカとスペに何かが起こったようです。」

「今、駆け上がっていったの、…ライスシャワーだよね?」

「…急ぎましょう!」

二人の茫然とした問いかけに答えず、ブルボンは階段を駆け上がっていった。

 

 

 

そして、ブルボンが屋上にたどり着いたのは、ライスが沖埜らと共にスズカを救出した直後だった。

 

 

 

*****

 

 

「ライス…」

座り込んだまま無言で夜空を仰ぎ続けているライスの傍らにブルボンは歩み寄り、震えながら膝をついた。

「あなた、…あなたは…」

言葉にならない声が、ブルボンの唇から洩れた。

 

 

「…ブルボンさん、」

夜空の蒼月に視線を向けたまま、ライスは蒼眼を微笑させて、静かに口を開いた。

「ライスの使命、終わったみたい…。」

 

 

そう、使命は終わった…

ライスの瞳は、蒼月の朧な光を見つめ続けつつ、自分の行動を想い返した。

 

あの時、サイレンススズカの危機を直感した時、私はもう走り出していた。

考えるより前に脚が動いていた。

左脚も、地面を蹴っていた。

痛みも何も感じる余裕がなかった。

ただ無我夢中で、風を切り裂いて走った。

屋上にたどり着き、落ちかかっていたサイレンススズカの腕を握り締め、全身に力を込めて彼女を救い上げた時も、ただ無我夢中だった。

 

スズカを救い上げて、沖埜とスペが彼女を抱きしめている姿を目の当たりにした時、私は安堵すると同時に、自分の左脚の状態に気がついた。

もう、感覚もなくなっていた…

 

 

「最後の力、振り絞ってくれたのね…」

想い返した後、ライスは感覚のなくなった左脚を労うように優しく撫でた。

 

ケホッ…

彼女の口元から、紅い血が一筋流れていた。

 

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