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「ライス!」
最期を悟ったライスの言葉を聞き、美久が側に駆け寄って彼女の腕を掴んだ。
「今すぐ治療を受けよう!まだ間に合う筈だわ!まだ、まだ諦めちゃ駄目!」
「…ううん、もういい…」
「何言ってんの!?まだあなたは生きれる筈だわ!お願いだから!」
「美久、」
口元の血を拭いつつ、泣いて懇願する親友の腕をライスはそっと止めた。
「もう…私も限界なの。どうか、この顔が苦痛で歪む前に、笑顔で逝かせて…」
「ライス…。」
ライスの腕を掴んだまま、美久は泣き崩れた。
「…。」
ライスの言葉を聞き、ブルボンは意を決したように、眼を瞑って震えを堪えながら携帯を取り出した。
「…もしもし、椎菜医師ですか。あの……あ、もう準備を…では、こちらで…」
連絡を終えると、携帯を持ったままブルボンはライスを見た。
「椎菜医師がもう準備をされていたとのことで…間もなくこちらに来られます。」
「ありがとう、ブルボンさん…。」
ブルボンの言葉に、ライスは静かに微笑んだ。
その、夜空と同じような澄み切った笑顔を見て、ブルボンの心の壁が崩れた。
「…。」
ブルボンはがっくりと膝をつき、両手で顔を覆った。
涙を必死に堪え、身体を震わせて。
*****
『ピリリリリ…』
…?
メジロ家の屋敷。
就寝していたマックイーンは、枕元のスマホの通知音で目が覚めた。
通知はブルボンからだった。
何かしら、こんな夜遅くにくるということは…
ベッドから身を起こし、緊張に身体を硬らせながら、通知の内容を読んだ。
『ライスの脚が限界を迎えました』
「え…?」
マックイーンの手からスマホが落ちた。
通知を見て一瞬凍りついたマックイーンはすぐにスマホを拾い上げ、ブルボンに電話をかけた。
『…もしもし』
「ブルボン。今の通知は…間違いですよね?」
『本当…です』
ブルボンの声は震えていた。
悲嘆を堪えているその口調が、事実を示していた。
「何で…一体何が?」
涙声になったマックイーンは尋ねた。
まだ限界までは一週間はあった筈…こんな突然終わりがくることなどありえない。
『ライスは…サイレンススズカを救けたんです。』
「スズカを救けた…?」
『はい…帰還しようとしたスズカを…』
ブルボンは、先程起きた事の一連を全て話した。
『スズカの危機を直感したライスは現場へ急行し、そして間一髪のところでスズカを救いました。その限界を越えた行動によって、ライスの脚は…』
ブルボンの言葉が涙で詰まり聞こえなくなった。
「…今、ライスは…?」
『椎菜医師から、最後の検査を受けています。このまま屋上で…安楽帰還の執行を受けるかと…』
「…っ」
マックイーンは寝巻き姿のまま部屋を飛び出した。
無我夢中で屋敷の廊下を駆けて、屋敷の外へと飛び出した。
転がり出るように表に出ると、外は煌々とした蒼月と一面の星空が広がっていた。
ライス…
屋敷の庭に茫然と立って夜空を見上げ、マックイーンの唇から言葉にならない声が洩れ出した。
「ライス…ライスシャワーっ…」
声を洩らしながら、マックイーンの膝が地面に崩れ落ちた。
同時に彼女の翠眼から、涙が滝のように溢れ出した。
*****
『ライス…ライスっ…』
電話の向こうから聞こえてくるマックイーンの嘆きを、ブルボンは屋上の入り口前で、湧き上がる嘆きを堪えながら聞いていた。
「…うっ…うっ…ライス…」
ブルボンの傍らには美久が、こちらも顔を覆った両手から涙を零し、肩を震わせて床に崩れ落ちていた。
ライス…
ブルボンは屋上の内に眼を向け、椎菜ら医師の検査を受けているライスの姿を見つめた。
もう安楽帰還の執行をされるのだろうか…
それを阻止しようと動きかねない自分の心を、歯を食い縛って懸命に制止させつつ、ブルボンは座り込んだ。
「粉砕骨折と開放脱臼の再発…」
屋上内。
ブルボンと美久を退がらせてライスの検査を行っていた椎菜は、その検査結果をライスに伝えた。
「もう、快復の可能性はありません。」
「…。」
沈痛な面持ちで伝えた椎菜に対し、ライスは静かに頷くと、夜空に視線をやった。
「では、処置をお願いします。」
「ここで?」
「ええ、ここで…」
蒼月を仰ぐライスの表情は、澄んだ微笑が浮かんだままだった。
「分かったわ…」
椎菜は持ってきた鞄から用具を取り出し、その準備を始めた。
ライスは少しも表情を動かさず、その準備が終わるのを待っていた。
やがて、その準備が完了した
美久は用意した注射を片手に、ライスに向き直った。
「心の準備は…大丈夫?」
「はい。もう3年半前から、覚悟は出来ていました。」
ライスは、微塵にも恐れのない表情と口調で、静かに頷いた。
「では…」
椎菜は、ライスの細い腕を手に取り、袖を捲った。
そして露わになった上腕部に、注射器の針を当てた。
「…。」
だが針を当てたまま、椎菜はそれを射つことが出来なかった。
彼女の注射器を持つ手は、小刻みに震えていた。
「椎菜先生?」
「ごめん、少し時間を頂戴…。」
椎菜は耐えきれないように声を洩らすと、ライスの腕を離した。
これまで何百回と安楽帰還の処置を淡々と執行してきた彼女でも、今回ばかりはそれは出来なかった。
「…はい、待ちます。」
ライスは微笑を絶やさずに了承し、再び視線を夜空へ向けた。
「ごめん…」
椎菜は両膝を抱えて顔を埋め、溢れそうな悲嘆を必死に堪え、心を落ち着かせようとした。
そして、数分後、
「…。」
椎菜は顔を上げて一度夜空を仰ぎ、大きく息を吐くと、決心を固めたようにライスに向き直った。
「待たせたわ。では…」
「…はい。」
ライスは自ら袖を捲り、腕を差し出した。
椎菜はその腕を手に取り、注射器の針を当てた。
もう腕は震えてなかった。
そして、躊躇わずにそれを射った。
強く冷たい寒風が、大きな風音とともに屋上に吹きつけた。