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翌日、12月11日。
この日も朝早く登校したステイゴールドは、学園に着くと軽く汗を流しただけで、いつもより早く朝練を切り上げた。
体が重いな…
落書きや投書を処分して部室に戻ると、ゴールドはうーんと肩を回しながらどさりと椅子に腰を下ろした。
最近の心労が、身体に出てきたのかな。
チーム仲間のコマンダー(離脱中)と並んで学園屈指の頑丈ウマ娘と言われている自分だけど、何でだろう。
そっか、支えてくれる人がいないからだ。
ゴールドは誰もいない部室を見回した。
以前までは、頼もしいトレーナーがいた。
賑やかなチームメイトもいた。
そして、心の支えであるオフサイド先輩がいた。
でも今は、ゴールド以外誰もいない。
「…。」
何気なく、ゴールドは資料が詰まった部室の棚を開け、これまでの部の記録が記された日誌集を取り出し、その記録を読み返し始めた。
かつてのチームの記憶に、思いを馳せるように。
「…。」
しばらく過去のチーム日誌を読み耽っていたゴールドは、つと時計を見た。
時刻は8時半を示していた。
いいや、今日はサボろう。
身体も重たいし。
一旦日誌をしまうと、ゴールドは机に手枕をし、眼を瞑った。
がらんとした部室に、彼女は一人きりだった。
ふわー…
30分程経った後、ゴールドは欠伸を洩らしながら身体を起こした。
「ヒクシュッ、うー寒ー」
暖房器具をつけずに寝てしまったようだ。
12月だから室内といえやっぱり寒い。
いかんいかん風邪引いちゃうと、ゴールドは鼻をすすりながら、鞄から慌ててコートを取り出そうとした。
あれ?
コートを取り出す前に、ゴールドは自分の身にコートがかけられていることに気づいた。
これは…
その茶色のコートを手に取って、ゴールドは驚いた。
オフサイド先輩のじゃん!
室内にはゴールド以外誰もいない。
コートを手に慌てて部室の外に飛び出した。
「…おはよう、ゴールド。」
部室の外の扉のすぐ横で、缶コーヒーを両手に包んで座っているオフサイドがいた。
「オフサイド先輩!おはようございます。」
「これ、飲みな。」
飛び出してきたゴールドを見ると、彼女は無言で包んでいた缶コーヒーをゴールドに投げ渡した。
「どうも。」
ゴールドをそれを受け取ると、礼を言いながらコートを返し、彼女の傍らに座った。
「寒い中で寝ては駄目。体調には気をつけなさい。」
「はーい。」
ゴールドはテヘッと舌を出し、缶コーヒーを空けた。
並んで座ったまま、二人はしばらく黙っていた。
窶れた表情で冬の澄んだ青空を眺めているオフサイド。
彼女の傍らで、ゴールドは糖分入りの温かいコーヒーを飲みながら、何度か口を開こうとしたが、ここは待った方がいいと我慢した。
久々に、オフサイド先輩が何か話をしてくれるかもと期待したから。
10分程経った頃。
「エアデール、」
「はい?」
「この間、エアデールが初勝利を挙げたらしいね。」
空を見上げたまま、オフサイドが呟くように言った。
「は、はい!」
ゴールドは笑顔でぶんぶん頷いた。
オフサイドから口を開いたのはかなり久しぶりだ。
嬉しい!
「デビュー戦での殿負けのショックを乗り越えて、凄い圧勝でした!」
エアデールとは、『フォアマン』チーム仲間(諸事情で大半が離脱中)の後輩の1人の名前。
その後輩は先週のレースで、念願のデビュー後初勝利をあげていた。
「エアデールは喜んでた?」
「あー、私は映像で観てたので、そこまでは分からないです。」
「じゃあ、写真はある?」
「写真すか。えーと…」
ゴールドはスマホを取り出し、後輩の初勝利ニュースを検索して彼女の写真を探した。
「あ、ありましたよ。」
ゴールドは見つけると、それをオフサイドに見せた。
その写真には、現在(臨時だが)所属しているチームの仲間に祝われている後輩が映っていた。
また別の写真には、初勝利のウイニングライブをセンターで踊っている彼女の姿があった。
「良かったわ。」
両方の写真を見て、オフサイドはほんの少し微笑った。
「ゴールドはお祝いした?」
「ええ、まだメールだけですけど。」
そう言った後、ゴールドはずいっと身を寄せて言った。
「実は今度、みんなでエアデールの祝勝会をしようと思ってるんです。」
「“みんな”?」
「『フォアマン』の仲間達で、です。」
ゴールドは、積極的な笑顔で言った。
「やっぱり初勝利は特別ですから、ここはみんなでお祝いしたいと思いましてね。こないだ後輩にも相談したら、賛成してくれました。多分他のみんなも賛成すると思うので、出来れば明後日の日曜日にでも…」
「私はいいわ。」
みなまで聞かずオフサイドは断り、立ち上がった。
「私を除いた仲間達で祝賀会はやって。」
「えっ…でも、先輩が来たらきっとエアデールもみんなも喜ぶと」
「ゴールド、」
引き留めようとしたゴールドの手を払い、オフサイドは背を向けたまま言った。
「私のせいで、あの子達がどれだけの苦痛を味わったか覚えているでしょう?私に、皆の前に現れる資格なんてない。」
そう言うとオフサイドは歩き出し、その場を離れようとした。
「先輩!」
ゴールドは缶コーヒーとコートを投げ出して駆け出し、オフサイドの前に立ち塞がった。
「私達が受けたあの仕打ちは、先輩のせいだなんて誰も思ってません!第一、一番辛いしてるのは先輩じゃ…」
「ゴールド、」
ゴールドの言葉を遮ったオフサイドは、窶れた表情に寂しい微笑を浮かべて言った。
「それ以上は何も言わないで。私は“非情で自己中、同胞の不幸を喜ぶウマ娘”なのだから。」
その言葉を最後に、オフサイドはゴールドの傍を通り抜け、何処かへ歩き去っていった。