1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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真女王(1)

*****

 

翌日、12月11日。

 

この日も朝早く登校したステイゴールドは、学園に着くと軽く汗を流しただけで、いつもより早く朝練を切り上げた。

 

体が重いな…

落書きや投書を処分して部室に戻ると、ゴールドはうーんと肩を回しながらどさりと椅子に腰を下ろした。

最近の心労が、身体に出てきたのかな。

チーム仲間のコマンダー(離脱中)と並んで学園屈指の頑丈ウマ娘と言われている自分だけど、何でだろう。

 

そっか、支えてくれる人がいないからだ。

ゴールドは誰もいない部室を見回した。

以前までは、頼もしいトレーナーがいた。

賑やかなチームメイトもいた。

そして、心の支えであるオフサイド先輩がいた。

でも今は、ゴールド以外誰もいない。

 

「…。」

何気なく、ゴールドは資料が詰まった部室の棚を開け、これまでの部の記録が記された日誌集を取り出し、その記録を読み返し始めた。

かつてのチームの記憶に、思いを馳せるように。

 

「…。」

しばらく過去のチーム日誌を読み耽っていたゴールドは、つと時計を見た。

時刻は8時半を示していた。

いいや、今日はサボろう。

身体も重たいし。

一旦日誌をしまうと、ゴールドは机に手枕をし、眼を瞑った。

がらんとした部室に、彼女は一人きりだった。

 

 

ふわー…

30分程経った後、ゴールドは欠伸を洩らしながら身体を起こした。

「ヒクシュッ、うー寒ー」

暖房器具をつけずに寝てしまったようだ。

12月だから室内といえやっぱり寒い。

いかんいかん風邪引いちゃうと、ゴールドは鼻をすすりながら、鞄から慌ててコートを取り出そうとした。

 

あれ?

コートを取り出す前に、ゴールドは自分の身にコートがかけられていることに気づいた。

これは…

その茶色のコートを手に取って、ゴールドは驚いた。

オフサイド先輩のじゃん!

 

室内にはゴールド以外誰もいない。

コートを手に慌てて部室の外に飛び出した。

「…おはよう、ゴールド。」

部室の外の扉のすぐ横で、缶コーヒーを両手に包んで座っているオフサイドがいた。

 

「オフサイド先輩!おはようございます。」

「これ、飲みな。」

飛び出してきたゴールドを見ると、彼女は無言で包んでいた缶コーヒーをゴールドに投げ渡した。

「どうも。」

ゴールドをそれを受け取ると、礼を言いながらコートを返し、彼女の傍らに座った。

「寒い中で寝ては駄目。体調には気をつけなさい。」

「はーい。」

ゴールドはテヘッと舌を出し、缶コーヒーを空けた。

 

並んで座ったまま、二人はしばらく黙っていた。

窶れた表情で冬の澄んだ青空を眺めているオフサイド。

彼女の傍らで、ゴールドは糖分入りの温かいコーヒーを飲みながら、何度か口を開こうとしたが、ここは待った方がいいと我慢した。

久々に、オフサイド先輩が何か話をしてくれるかもと期待したから。

 

10分程経った頃。

「エアデール、」

「はい?」

「この間、エアデールが初勝利を挙げたらしいね。」

空を見上げたまま、オフサイドが呟くように言った。

「は、はい!」

ゴールドは笑顔でぶんぶん頷いた。

オフサイドから口を開いたのはかなり久しぶりだ。

嬉しい!

「デビュー戦での殿負けのショックを乗り越えて、凄い圧勝でした!」

 

エアデールとは、『フォアマン』チーム仲間(諸事情で大半が離脱中)の後輩の1人の名前。

その後輩は先週のレースで、念願のデビュー後初勝利をあげていた。

 

「エアデールは喜んでた?」

「あー、私は映像で観てたので、そこまでは分からないです。」

「じゃあ、写真はある?」

「写真すか。えーと…」

ゴールドはスマホを取り出し、後輩の初勝利ニュースを検索して彼女の写真を探した。

「あ、ありましたよ。」

ゴールドは見つけると、それをオフサイドに見せた。

その写真には、現在(臨時だが)所属しているチームの仲間に祝われている後輩が映っていた。

また別の写真には、初勝利のウイニングライブをセンターで踊っている彼女の姿があった。

「良かったわ。」

両方の写真を見て、オフサイドはほんの少し微笑った。

「ゴールドはお祝いした?」

「ええ、まだメールだけですけど。」

 

そう言った後、ゴールドはずいっと身を寄せて言った。

「実は今度、みんなでエアデールの祝勝会をしようと思ってるんです。」

「“みんな”?」

「『フォアマン』の仲間達で、です。」

ゴールドは、積極的な笑顔で言った。

「やっぱり初勝利は特別ですから、ここはみんなでお祝いしたいと思いましてね。こないだ後輩にも相談したら、賛成してくれました。多分他のみんなも賛成すると思うので、出来れば明後日の日曜日にでも…」

 

「私はいいわ。」

みなまで聞かずオフサイドは断り、立ち上がった。

「私を除いた仲間達で祝賀会はやって。」

 

「えっ…でも、先輩が来たらきっとエアデールもみんなも喜ぶと」

「ゴールド、」

引き留めようとしたゴールドの手を払い、オフサイドは背を向けたまま言った。

「私のせいで、あの子達がどれだけの苦痛を味わったか覚えているでしょう?私に、皆の前に現れる資格なんてない。」

そう言うとオフサイドは歩き出し、その場を離れようとした。

 

「先輩!」

ゴールドは缶コーヒーとコートを投げ出して駆け出し、オフサイドの前に立ち塞がった。

「私達が受けたあの仕打ちは、先輩のせいだなんて誰も思ってません!第一、一番辛いしてるのは先輩じゃ…」

 

「ゴールド、」

ゴールドの言葉を遮ったオフサイドは、窶れた表情に寂しい微笑を浮かべて言った。

「それ以上は何も言わないで。私は“非情で自己中、同胞の不幸を喜ぶウマ娘”なのだから。」

 

その言葉を最後に、オフサイドはゴールドの傍を通り抜け、何処かへ歩き去っていった。

 

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