1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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悲嘆(4)

 

*****

 

 

場は変わり、朝のトレセン学園。

 

生徒会室には、副会長のダイイチルビー、役員のメジロパーマー・ダイタクヘリオス・ヤマニンゼファー、マヤノトップガンの5人が集まっていた。

 

全員既にライスシャワー帰還のことを伝えられており、表情は皆沈痛だった。

だがその事に関しては、ライスの帰還はすぐには公表しないという施設&マックイーンからの伝達を確認しただけで、それ以上はこの場では触れられなかった。

また、マックイーンから送られた通知も皆に伝えられた。

 

 

それらが終わった後。

「今日午後、今回の断行に関して記者会見を行います。」

ルビーが、重々しく口を開いた。

「その前に、私達がせねばならないことが幾つかあります。そのことは既にお分かりですね?」

「ええ。」

ゼファーが書類を手に頷いた。

「天皇賞・秋後に不適切な言動を犯したトレセン関係者に対する処分ですね。」

「その通りです。」

「既にその面々は調べ終えおり、今日学園に来るよう通達をしています。集まり次第執行で宜しいでしょうか?」

「勿論です。マックイーン会長からもそう指示が出ています。」

「かしこまりました。」

ゼファーは特有の透き通る声で答えた。

 

「重要報告があります。」

続いてヘリオスが、生徒会モードの口調で口を開いた。

「今回の断行を受け、報道や学園の理事関係者が、影響力の強い同胞達と接触を計っているようです。」

「元生徒会とですか。」

「確認した所、既に接触を受けた同胞は、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ニッポーテイオーなどの偉大な諸先輩方、それとハギノ家とも接触してるとの報告も入りました。」

「…っ。」

やはりですかと、ルビーの表情が険しくなった。

「それで、諸先輩の動きは?」

「今回の断行に関して介入する動きは、今現在ありません。」

 

「了承ですわ。」

ルビーは険しい表情で唇を動かし、ヘリオスを座らせた。

我々の断行から逃れる為に、人間達が学園OB達を動かそうとする。

これは当然想定内なので、既に手は打ってある。

先日マックイーンが言ったように、諸先輩方には諸事情を伝え、今回の断行に関しては学園側を支持するよう要求していた。

勿論、今回の事はウマ娘界の未来を左右しかねない程のものだから、

諸先輩方がそれに従うともかぎらないが。

「例え偉大な諸先輩方から意見があろうとも、我々は決してそれに惑わされてはなりません。」

思いつつ、ルビーは先日のマックイーンと同じ言葉を口にし、更に続けた。

「もし諸先輩方が介入した場合は、私と生徒会長が対処にあたります。最悪、敵対することも覚悟せねばなりません。そのことは皆、心に命じておいて下さい。」

 

 

その後、ヘリオス、ゼファー、トップガンの3人は生徒会室を出て行き、ルビーとパーマーは室内に残った。

 

「いよいよ、闘いの始まりだね。」

「ええ。」

ルビーとパーマーは、窓から校門の方を眺めつつ言葉を交わしていた。

校門前にはこの日も報道陣が数多くひしめいていた。

その中を通り抜け、学園に入ってくる者の姿もあった。

処分の為に呼び出された学園関係者達だ。

 

「学園関係者、それに同胞にも処分を下すことになるなんてね。」

パーマーは唇を噛んだ。

生徒会に入って数年経つが、まさかこんな状況に直面するなど夢にも思わなかった。

「辛い役目を全うするのが生徒会の務めです。」

ルビーの宝石のような瞳は、険しく光っていた。

「あなたの家族が、それを一番分かっているでしょう。」

マックイーンね…

パーマーは窓枠に掌を当てた。

マックイーンは療養施設で椎菜との用件を終えた後すぐに施設を立ち、現在は理事長の大平と会って午後に予定している記者会見の段取り等を相談している。

 

だが…

「私、凄く心配だわ。マックイーンの心が。」

窓に手を当てたまま、パーマーは眼を瞑った。

ライスシャワーの帰還に、マックイーンがどれだけショックを受けているか…

もう既にボロボロに近い精神状態なのに。

 

「生徒会長の心配はやめましょう。」

パーマーの不安を理解しつつも、ルビーは令嬢らしい整然とした厳しい口調で言った。

「恐らく会長は、ライスの帰還に対する悲しみよりも、自身の義務を果たそうとする思いの方が強い筈ですから。」

副会長として長い間マックイーンと行動を共にしてきたルビーは信じるように言った。

「私も、今は嘆きを抑えます。ライスの帰還を悲しみで終わらせはしません。」

言いつつ、ルビーの瞳には涙が込み上げていた。

「うん。それは分かってる。」

パーマーはその瞳を見て、重く頷いた。

今は闘いだ。

この闘いを乗り越えない限り、マックイーンの心だって救われないんだからと、自らの心に言い聞かせた。

 

 

 

一方、生徒会室を出たヘリオス・ゼファー・トップガンの三人。

 

「大分ショックを受けているようですね、トップガン。」

廊下を並んで歩きながら、ゼファーは傍らの後輩役員の様子を見、つと足を止めて口を開いた。

ショックとは勿論、ライスの帰還のこと。

「…はい。」

トップガンは、眼を一杯に見開いて小声で頷いた。

「私にとってライス先輩は、入学当時から大きな憧れの存在でしたから。」

対戦こそなかったが、小柄な身体ながら長距離戦線で栄光を幾つも手にしたウマ娘という共通点があった。

「まさか、こんな突然逝ってしまうなんて。もっとライス先輩とお会いしたかったです。」

「私も茫然としてます。」

いたわるようにトップガンの肩に触れつつ、ゼファーも嘆じた。

ゼファーは自身が制した5年前の天皇賞・秋でライスと対戦した。

その時ライスはスランプに苦しんでた時期だったが、それでも必死に走る姿には胸を打たれた。

主戦距離が違う為対戦はその一度だけだったが、栄光の記憶と共に今でも強く印象に残っている。

引退後ライスとは特に親しいこともなかったが、彼女がレースに残した蹄跡とそのウマ娘性には、後輩とはいえ畏敬の念を抱いていた。

「ライスは今後のウマ娘界の為に本当に必要な存在だったのに、余りにも大きな喪失です。神様は時に残酷なことをする…」

ゼファーは嘆きを隠すように顔を振りながら、目元に指を触れた。

 

「嘆いてばかりもいられません。」

後輩二人の様子を後ろで見ていたヘリオスが、気を覚まさすように張り詰めた口調で言った。

「ライスの帰還がショックなのは当然です。私だって、大声で泣きたいくらい悲しい。でも、今は悲しむ時間じゃない。」

彼女の瞳には悲しみの色彩はなかった。

「これから闘いが始まります。勝利なき闘いが。…そしてその闘いの先に、本当の闘いが待っている。それが終わるまで、悲しみは心の中に封印しなさい。」

普段陽気快活なヘリオスとは思えない厳しい言葉を突きつけると、彼女は二人の前に出て先に歩き去っていった。

 

「ヘリオス先輩…」

生徒会モードの時でも見たことないヘリオスの言動に、トップガンは驚いていた。

「先輩らしいですね。」

ゼファーの方は、ヘリオスの背中を見送りながら口元に薄い微笑を浮かべていた。

ヘリオス先輩は普段バカみたいな言動も多いし現役中もバカ呼ばわりされてたけど、実はかなり冷徹な一面もあるウマ娘なんですよね…

 

「トップガン、覚悟は出来てますか?」

微笑を打ち消し、ゼファーは再びトップガンを向いた。

「覚悟とは?」

「相対する人間と同胞、その双方の傷口に塩を塗る覚悟です。」

「当然です。」

ゼファーの問いかけに、トップガンは全くの迷いなく静かに頷いた。

「私も生徒会の一人です。ウマ娘界の未来の為なら、心を鬼にします。」

「流石です。」

栄光の実績では自らを上回る後輩ウマ娘の返答に、ゼファーはにっこり頷くと、廊下を再び歩き出した。

 

 

 

*****

 

 

場は変わり、トレセン学園理事長大平赳夫の自宅の一室。

 

施設を後にしたマックイーンはここに向かい、大平と会っていた。

 

「ライスシャワーが帰還…」

マックイーンからその事実と詳細をを伝え聞いた大平は、流石に驚きを隠せなかった。

「はい…。」

マックイーンは淹れられた茶に手をつけず、表情を伏せたまま頷いた。

「世間に公表はしないのか?」

「今の所その方針でいますわ。最も、報道関係には知られている可能性もなくはないですが。」

報道規制を敷いていたので施設に報道関係者は一切近づけていないが、昨晩の出来事は屋外でもあった為、詳細は知られずとも騒ぎがあったことは認知されたかもしれない。

「とはいえ、それを報道されましたらこちらも公表するしかありませんが。世間の愚かな声がどれだけスズカを追い詰めていたかという事実を添えましてね。」

芦毛の美髪がやや乱れているマックイーンの声は無感情だった。

 

「もしかして、君の本心は公表したいのか?」

「当たり前ですわ。」

マックイーンの冷徹な翠眼が酷薄に光った。

「全て公表して、報道も世間も責めたててやりたいですわ。」

世間、報道達が愚かな行動をしなければこんなことにならなかった、そのせいでライスシャワーは…

それを喉元まで言いかけたマックイーンは寸前で喉奥に押し戻した。

それは絶対に言ってはいけない。

ライスが悲しむだけだ。

 

「とにかく、今はライスの帰還に心を奪われる時間はありません。」

マックイーンは茶を一口飲んで、心を落ち着かせてから言った。

「現状、療養施設の方は依然として厳しい状況ですわ。ライスが関係者達に遺書を残していたので、なんとか歯止めがかかってはいますが、今後再びスズカやゴールドらが行動を起こしてしまうとも限りません。」

「対応策は?」

「幸いというべきか、現在施設にはフジヤマケンザンやダンツシアトルといった心強い同胞がいます。彼女らと連携して状況の保持にあたるよう、ブルボンに指示しておきましたわ。」

「そうか。」

大平は、少しも安堵の表情は浮かべずに頷いた。

「ミホノブルボンの状態は、大丈夫なのか?」

「そこは、もう彼女を信じるしかありませんわ。」

今朝施設で会ったブルボンの姿を思い出しつつ、マックイーンは答えた。

 

少し間を置いた後、大平は再び尋ねた。

「今日の記者会見は、予定通りやるのか?」

「勿論です。もう猶予はありません。ここで我々の態度をはっきり示さなければ、もう次はありません。」

「例のウマ娘の存在意義や尊厳についても言及するのか。」

「当然ですわ。」

マックイーンは即答した。

「それが今回の断行の大きな理由なのですから。それに、」

マックイーンの眼が、一層冷徹な光を帯びた。

「それをしない限り、我々が真に闘う相手には何も響かないでしょう。」

 

「真に闘う相手…」

大平も茶を一口飲み、それから言った。

「それは、オフサイドトラップのことか?」

 

「正確には、オフサイドトラップと〈死神〉ですわ。」

 

マックイーンがそう答えた後、彼女のスマホの通知音が鳴った。

何かしら…

マックイーンはスマホを取り出し、通知に眼を通した。

「…。」

通知の内容を見た彼女の表情が僅かに変化した。

 

「どうした?」

「少し、また事態が動きました。」

スマホをしまいながら、彼女は窶れた口調で答えた。

 

 

 

その後、マックイーンは大平宅を後にした。

 

 

大平宅を出た後、学園へ向かう車中で、マックイーンはメジロ家の別荘にいる岡田と連絡をとった。

これまで彼とはビワを通じて連絡をとってたが、昨晩夕以降は直接連絡をとっていた。

 

「もしもし、岡田トレーナーですか。…オフサイドトラップの状況は…変わりないですか。…午後に別荘を経つと?レースの現地に移動…そうですか。岡田トレーナーも同行…分かりました。…ええ、朝送られた通知は、生徒会仲間に全て伝えました。…お察し致します…え、施設の方に元メンバーを派遣…ありがとうございます…。」

 

 

岡田との電話を終えると、マックイーンは車窓から青空に視線を向けた。

 

ライス…

マックイーンの見開いた冷徹な瞳からは冷たい涙を伝っていた。

なんでこんな形で、逝ってしまったの?

安らかに最期を迎えて欲しかったのに…

 

ライス自身は、その最期に悔いを残さず帰還した。

だが悲しみに打ちひしがれるマックイーンは、それを受け入れきれなかった。

 

もういい。

あなたが事の犠牲になってしまった以上、私はこの断行において置いて一切容赦しません。

我が生徒会も同じ思いでしょう。

永遠の楔をうちこんで、無情の雨を降らせてやりますわ。

 

マックイーンは涙も拭わずに唇を噛み締めた。

 

 

そしてもう一人、マックイーンはメジロ家の別荘にいる同胞に思いを馳せた。

 

オフサイドトラップ…いや、彼女に巣喰った〈死神〉め。

まさかここまで同胞達に絶望を撒き散らすとは、恐れ入りましたわ。

その報いとして、このマックイーンが、必ずあなたをこの世界から消し去ってやりますわ。

 

プレクラスニーに続いて、ライスシャワーまで喪ってしまったマックイーンの心はもう凍てついていた。

盟友の幻影も瞳に映る中、その冷徹な翠眼からは嵐の前の黒雲のような雰囲気が溢れだしていた。

 

 

12月26日。

この日も、前日と同じく美しく晴れやかな冬空が一面に広がっていた。

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