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「パーマー、大丈夫?」
「心配しないで。」
生徒会室を後にしたパーマーとヘリオス。
ヘリオスの問いかけにパーマーは首を振ったが、その表情はかなり蒼白だった。
少し落ち着かせる時間が必要だと判断したヘリオスは、他の生徒会メンバーに連絡をいれた後、学園内の一室に連れていった。
「これ飲みなよ。」
一室の席にパーマーを座らせると、ヘリオスは彼女の為に温かい紅茶を淹れた。
「ありがと。」
パーマーはそれを数口飲んだ。
それで少し落ち着いたのか、表情がやや和らいだ。
その様子を見て少し安心したヘリオスは彼女の傍らに座り、両腕を胸に組んだ。
「驚いたね。」
「そうだね。まさか三永美久が、記憶を取り戻すなんて。」
三永美久。
彼女はこの世界で唯一の、元ウマ娘の人間。
パーマーとヘリオスの二人は、美久がかつてウマ娘だった時代に、レースで対戦していた。
「もう、6年も前になるんだね。」
「うん。私にとって最高の栄光で、かつウマ娘史上最悪の悲劇の日から。」
「私にとっても、悲しいラストランだったよ。」
二人は膝を並べて、その当時のことを思い返した。
6年前の有馬記念。
それは、ヘリオスにとっては引退レースであり、パーマーが低評価を覆して渾身の逃げ切りで優勝したレース。
現在でも史上に残る大逃亡劇と語り継がれているレースだが、その一方で、レース中に一人のウマ娘が悲劇に見舞われていた。
そのウマ娘の名は、サンエイサンキュー。
彼女の身に起きた悲劇は、それまで幾多あった悲劇のそれとは背景が異なっていた。
サンエイサンキュー、当時2年生。
彼女はミホノブルボン・ライスシャワーらと同期のティアラウマ娘。
1年生時から頭角を現し、重賞で複数回の優勝やオークス2着などG1級でも好走するなどかなり優秀な生徒だった。
だがレースで好成績を残す一方で、彼女には多くの災難が降りかかっていた。
サンキューはデビュー以来、殆ど休養を挟むことなくレースに出続けていた。
普通ならオークス後の夏場に休養をあてられる筈なのにそれもなく、サンキューはレースに出させられた。
また秋のクラシックの前哨戦も、普通ならば1戦で済むところを2戦出させられていた。
この異常ともいえるローテーションは、全て彼女のトレーナーの方針によるものだった。
サンキューのトレーナーにとって、彼女は初めての優秀なウマ娘であった。
それで私欲に囚われたのか、トレーナーとしての実績をあげる為に彼女を酷使していたのだった。
周囲から見れば明らかに異常であり、当時からそのトレーナーに対する疑問の視線は強かった。
またウマ娘の間では、サンキューにトレーナーを変えた方がいいと進言する者もいる程だった。
だがサンキューは、トレーナーの指示によるその異常なローテーションに文句一つ言わず従い続けた。
幸か不幸か、彼女は非常に従順かつ心優しいウマ娘だった。
夏場のレースも秋のクラシック前の2戦も懸命にレースを走り、そして好結果を残した。
サンキューには、酷使されてるという思いはなかった。
むしろ、トレーナーに大きな期待をかけられていると思っており、それに応える為に彼女は懸命に走り続けていたのだった。
しかし、秋のティアラクラシック最終戦のエリザベス女王杯の目前に、彼女にショックを与える事件が起きた。
これまでに挙げた実績からクラシック本番でも本命に挙げられるほどのサンキューだったが、酷使ともいえるローテーションからか、脚にかなり疲労が溜まっていた。
その為調整も中々うまくいかず、本番へ不安が大きな状況になっていた。
そうした中のある日、調整後に報道からの取材を受けた彼女は、脚や調整の不安から、本番に向けてあまり自信のない受け答えをした。
それはほんの『状態が良くない』程度の内容だった。
だが、その受け答えが某報道紙に『サンエイサンキュー、本番はやる気なし?』などと歪められた内容で載せられてしまった。
誤解を招かれる表現に、サンキューはその報道紙へ抗議した。
ところがその行動が今度は『サンキュー謝罪』などとまた事実と違う内容で載せられた。
流石のサンキューも不快に思い、以後その報道紙への取材を拒否することになった。
この騒動はその報道紙社内でも内紛を起こし、社会でも大きく取り上げられる事件となった。
だが本番レース前にそんな騒動に巻き込まれたサンキューの心身の不調は大きく、結果クラシック本番でも5着と不本意な結果に終わった。
このレース後、サンキューは脚部の不安や心身の疲労から、休養に入ろうと思っていた。
状態を知っているトレーナーなら当然それを認めてくれるとサンキューは思っていた。
しかしなんとトレーナーはそれを許さず、サンキューの意志も無視して、年末の有馬記念への出走を強引に決めつけてしまったのだった。
その決断を受けたサンキューは深く傷心した。
サンキューは、トレーナーは心の底では自分のことを思ってくれていると信じていた。
だが現実は、トレーナーはあくまでもサンキューを自らの実績を挙げる為の駒としか見ていなかったのだ。
傷心状態のまま、サンキューは有馬記念に出た。
そして最後の直線で、既にボロボロになっていた脚は限界を超えた。
「レース後、大変だったね。」
「うん。」
席に並んで座ったまま、ヘリオスとパーマーは当時を重たい気持ちで回想し続けていた。
有馬記念の開催自体はウイニングライブまで無事に終わった。
サンキューの故障以外にも色々と大波乱だった為、彼女の悲劇がレースに深刻な影を落とす状況ではなかったから。
だがレースの全てが終わった後、サンキューの故障が予後不良の重傷だということが判明した。
その悲報を受けた彼女の同期の親友達が怒りと悲しみのあまり、トレーナーや報道社に押しかける事態まで起きた。
「ティアラ仲間のニシノフラワーとかアドラーブルとかエルカーサリバーとか、恐ろしい程激昂してたね。」
「ライスやブルボンもそうだったわ。皆口々に叫んでた。“サンキューは殺されたも同然だ”って。」
「そうだったね。なんでこんなことになったのかって、生徒会にも押しかけて責任を追及してきたね。」
公にはなってないが、サンキューの悲劇の直後の学園内はかつてない程の険悪な空気が渦巻いていた。
“人間はウマ娘を道具だと思っているのか”
そんな疑問が全体に立ち込めだしていて、人間達と対決姿勢になりかけてた。
その後、トレーナーの解雇・報道社の謝罪などで事態の収拾は図られたものの、ウマ娘側の無念は容易に収まらなかった。
全てを収めたのは、犠牲となったサンエイサンキューの言葉だった。
彼女は悲しみに暮れる同胞達に、決して誰も恨まないでと願いを遺していたのだ。
「サンキューは、人間を恨んでなかった。ウマ娘と人間が共生していくことを最期まで願っていた。その想いが、最期の決断にもなった。」
公では、サンエイサンキューは安楽帰還したことになっている。
だが実際は違い、彼女は生き残っていた。
人間になる手術を受けて。
脚の怪我により予後不良となったウマ娘には、生き残れる最後の手段として人間になれる手術を受ける選択肢があった。
しかし記憶消去など含め厳しい拒否反応の条件があることもあり、それを選んだウマ娘はほぼ皆無だった。
だがサンキューはそれを選んだ。
何故なら…
「ウマ娘と人間の軋轢を食い止める為には、自分は帰還してはいけないと思ったから、だったね。」
「うん。サンキューはウマ娘と人間の未来のために、その選択を選んだ。生きてさえいれば、同胞の憎しみを食い止められるとね。」
結果、サンキューは人間になる手術を受け、ウマ娘界から存在を消した。
その隠された真実は、ウマ娘界の中枢の者のみが知る秘密だった。
人間になったサンエイサンキューは、新たに三永美久という人間として生きていくことになった。
ウマ娘時代の記憶が消去された彼女に対しては裏で学園が保護にあたり、やがて彼女を専属カメラマンとして学園に迎えいれた。
そのまま数年経ち、今日に至っていた。
「まさか、今になって記憶を取り戻すとはね。」
「全く予想してなかったね。」
ヘリオスとパーマーは深く嘆息した。
本来なら永遠に開くはずのない彼女の記憶の扉をこじ開けさせたのは、当時を思わせる険悪な空気が現実に充満しているからか。
それとも彼女とウマ娘時代から親友だったライスシャワーの帰還によるものか。
理由はどうでもいい、問題は今後だ。
「サンキュー、どう動くだろうね?」
「さあ…」
かつて人間によって絶望に追い込まれ、それでもなお人間を恨まずに祈りを遺した彼女が、今起きているこの現状を見てどう思っているのか、正直不安しかなかった。
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一方、生徒会室の、美久とマックイーン。
「今後、どうされるおつもりですか?」
記憶を取り戻した美久に、マックイーンは尋ねた。
「生徒会長のご希望は?」
「ありませんわ。あなたは特別です。」
マックイーンの瞳には冷徹な色が灯ったままだった。
「あなたが正体を公にして行動しようとも、我々はそれを止める権利はありません。あなたは元ウマ娘のサンエイサンキューとはいえ、今は人間の三永美久なのですから。」
「…。」
美久は、すぐには何も答えずしばし俯いていた。
そうしているうち、彼女の視線は机上に置かれている書類に向けられた。
「…これは?」
「後程予定している記者会見で我々が表明する内容ですわ。」
書類を手にとりその内容を見ている美久に、マックイーンは答えた。
「そうですか…」
パーマーと違い、美久はその内容を見ても特に表情を変えなかった。
「…恐ろしい内容ですね。」
やがて読み終えた美久は書類を置き、大きく息を吐いた。
「ウマ娘と人間の共生社会を根本から揺るがしかねない、そんな内容ですね。」
「反対されますか?」
「いえ。」
美久は首を振った。
「これは生徒会で決められることでしょうし、部外者の私が口を挟む権利はありません。それに、かつて犠牲になったウマ娘の一人として、反対でもありませんから。」
そう答えた後、美久はマックイーンを改めて見た。
「ただ一つ、メジロマックイーン先輩…いや、生徒会長にお願いがあります。」
「なんでしょうか?」
「サンエイサンキューとして、オフサイドトラップと会わせてください。」
「了解しましたわ。」
マックイーンはすぐにその要求を受け入れた。
「メジロ家の車を手配しますからそれでオフサイドのもとへ向かって下さい。ただ学園前では人目につきますので、別の場所で待機させときます。」
「ありがとうございます。」
礼を言い、美久は立ち上がった。
「三永…いや、サンエイサンキュー。」
生徒会室を去ろうとした美久に、マックイーンは最後に問いかけた。
「あなたは今、人間を恨んでいますか?」
「恨んでいません。」
マックイーンの問いかけに、美久ことサンエイサンキューは涙痕の残る目元を拭いながら静かに首を振った。
「私は信じています。人間とウマ娘が幸せを分かちあって共生出来る未来を。マックイーン先輩もそうでしょう?その未来の為に厳しい断行を下し、人間達と闘おうとされているのでは?」
「…。」
サンキューの言葉に、マックイーンは何も答えなかった。
サンキューはマックイーンに背を向け、最後に言った。
「闘いましょう。人間と、そして同胞と。閉ざされた未来への扉を開け放つ為に。」