美久が生徒会室を去った後、マックイーンはスマホを取り出し、パーマーに生徒会室に来るよう連絡した。
ヘリオスと共に別室にいたパーマーは、連絡を受けるとすぐに立ち上がった。
「生徒会室行くの?」
「うん。もうサンキューは去ったみたい。」
答えながら、パーマーは呼び出されたその理由を既に察していた。
サンキューが来訪した為に中断したが、例の記者会見の内容についてだろう。
「絶対、止めないといけないわ。」
「え?何を?」
「…。」
呟きを聞いて怪訝な顔を浮かべた盟友を見ず、パーマーは生徒会室へ向かった。
数分後、パーマーは生徒会室に再び現れた。
「中断してしまいましたが、」
マックイーンは、パーマーに先程の書類を再び差し出した。
「こちらを生徒会仲間達に渡して下さい。」
「分かったわ。」
パーマーは先程と違い、差し出されたそれをすんなりと受け取った。
「会見は16時からの予定ね。それまでに1度皆でここに集まるよね?」
「ええ、1時間前に一度召集します。その時、会見のことや今後について今一度確認作業を行いますわ。」
「了解。」
パーマーは頷きながら書類を懐にしまうと、つと尋ねた。
「さっき、サン…三永美久とはどんな話をしたの?」
「特に深刻な内容は話してませんわ。彼女は別次元の立ち位置ですから。ただ、サンエイサンキューはその書類の内容を否定しませんでしたわ。」
「え…これを見せたの?」
「…。」
パーマーは思わずマックイーンを睨みつけた。
マックイーンは何も言わずに目を逸らした。
「また後ほど会いましょう、パーマー。」
「ええ、マックイーン。」
パーマーは踵を返し、生徒会室を出ていった。
生徒会室を後にしたパーマーは、先程の一室でヘリオスと再会した。
そして彼女に、マックイーンから渡された書類を見せた。
「この内容は…」
生徒会モードのヘリオスの表情が、普段見せない翳りのあるものになっていた。
書類の内容を見るその眼も険しく光っていた。
『会見の内容は以下』
(1)今回の断行の理由について
(2)ウマ娘のレースの重要さについての説明
(3)オフサイドトラップの言動についての潔白の証明
(4)ウマ娘に対する理不尽な非難や中傷に対しての今後の対応姿勢
(5)どのような交渉を受けようとも断行は辞めないことの表明
ここまでは以前に生徒会でもマックイーンが話していたので予想していた。
だが問題はこの後だ。
(6)引退後、消息不明となった元生徒達の公表
(7)故障などで競走能力を失った生徒達の末路を公表
(8)学園を去るウマ娘達への救済措置の要求
このあたりでかなり深刻な内容になってるが、なおも続く。
(9)現実的にウマ娘が人間の経済種族として扱われていることの公表
(10)経済種族とする為に人間がウマ娘を洗脳教育してきたことの公表
(11)過去のウマ娘達の犠牲を人間が隠匿してきたことの公表
(12)ウマ娘が経済種族でない未来の為に、人間との新たな共生社会を作ることの要求
「これはまずい。いくらなんでも許容の範囲を超えてる。」
ヘリオスの声は険しさと戦慄が混ざっていた。
ウマ娘と人間の禁忌にまで触れるのはまずいよ。
ましてや、殆どのウマ娘も人間も知らないこの事実をいきなり公にするなんて。
ウマ娘と人間の歴史…
そう、生徒会のメンバーなどかつて学園の中枢を担ってきたウマ娘達や、ずっと昔からあるウマ娘の名家のみが、ウマ娘と人間の関係の秘密を知っていた。
現在のウマ娘は人間によって進化させられた『競走能力に長けた種族』だということを。
そこに至るまでは、人間とウマ娘が歩んできた長年に渡る歴史があった。
かつて遠い昔、ウマ娘という種族は滅びの危機に直面していた。
生態系の変化や文明の栄枯盛衰によってこの地球では無数の種族が誕生しては滅んできたが、ウマ娘もそのうちの一つになろうとしていた。
だが滅びる寸前のウマ娘達に、救いの手を差し伸べたのが人間だった。
人間は絶滅寸前のウマ娘を保護し、その種族の血を繋がせるように尽力した。
それにより、ウマ娘は滅びる寸前で持ち堪えた。
そのまましばらく、ウマ娘は人間に保護される年月が続いた。
ウマ娘は人間と非常に似ている生物であるものの、肉体的内面の構造や精神的構造は大きく異なる種族。
故に、人間とのトラブルも非常に多かった。
被害を受けるのは身体的強さで劣る人間の方が多かった。
それでも長年の保護によって、ウマ娘は少しずつ文明に順応し始め、やがて人間との共生をある程度可能にするまでになった。
「私達ウマ娘は、人間には返しても返しきれない恩がある。」
「うん。本来ならとっくにこの地球の歴史から消滅していた。それを救ってくれたのが人間だということは、永遠に忘れてはいけないことだわ。」
しかし、人間の無償の保護にも限界があった。
文明に徐々に順応し始めたウマ娘に対し、人間は自立を求め始めた。
そしてウマ娘の特徴である脚力に目をつけ、ウマ娘のレースを開催し経済面での自立をさせようとした。
しかし当時はまだ知能が低く意思疎通すら満足に出来ない状況下、それは困難なことだった。
何度も何度も試行錯誤したが上手くいかず、やがて経済面やその他の事情でウマ娘の保護は限界を迎えようとした。
その現状を打開する為に人間がとった最後の手段が、種族の中で優秀な者のみを保護し、明確に『走るために種族』として創りあげられることだった。
その結果、優秀なウマ娘は人間達によって調教・教育され、長い年月をかけてようやく人間とほぼ同等の知能と精神を備えるようになった。
そしてまた再び長い年月を経て、優秀なウマ娘の数が多くなった頃、ウマ娘によるレースが開催されるようになった。
現在から百年以上前のことだった。
その後、ウマ娘のレースは徐々に人間の注目を集め、トレセン学園の誕生などを経て、やがて巨大な人気を誇る異種族スポーツとなった。
「レースの成功によってウマ娘はある程度経済的に自立出来るようになった。また知能指数も高くなって、人間との共生が普通にこなせる者も多くなった。これだけ見れば、実に素晴らしい歴史だよ。」
ヘリオスはポツポツと言った。
高い実績を収めたウマ娘は社会的な知名度と共に大きな名誉も得るようになった。
それは人間の尽力がなければ決してあり得なかったことだし、人間がウマ娘に施した手段が間違ってなかったことの証明でもあった。
しかしウマ娘が社会的に大きな存在になるにつれ、負の部分も大きな問題として残っていた。
その一つが、これまでに何度も触れられてきた優れていないウマ娘達の問題。
その始まりは、優秀なウマ娘を保護した一方でそうでないウマ娘達への保護がなかった事から始まったし、そしてそれは現在でも続いている。
問題の根本にあるのは、未だウマ娘がレース以外の人間社会で共存出来ない点だった。
レースを引退した者など多くのウマ娘達が人間と同じ仕事に就いて共生を試みたが、超少数を除いて殆どが肉体、精神的な限界で失敗した。
これは種族的な限界なのでどうしようもないと言えるが、優秀でないウマ娘は経済的支援がないという状況下、非常に厳しい現実に直面していた。
それでもキョウエイボーガンのようにファンの尽力で保護されるウマ娘も僅かにいるが、そうでない者は帰還を余儀なくされることが殆どだった。
「ウマ娘は精神的に不安定になるとかなり危険なものになってしまう。社会を守る為にもそうせざるを得ない、とされてきた。」
「人間中心の社会を守る為にね。」
ヘリオスとパーマーの表情は曇っていた。
お互いレースを引退して5年以上経つが、現役時代の同期のその多くがもうこの世にいないであろうことを知っていた。
生死の問題である点、これは本来ならば社会的な大問題になってもおかしくない。
しかしそうならないのは、ウマ娘が帰還を受け入れているからだった。
正確には、優秀でないウマ娘は帰還もやむを得ないという教育を受けてきたから。
「『血統や走る能力に優れず実績のないウマ娘は存在価値がない』、そう心の奥底から意識するよう教育されてきたね。」
「うん、そうだった。」
パーマーもヘリオスも、過去の記憶を振り返っていた。
だから、デビュー時は殆ど期待されず血統も冴えなかった二人は必死にレースを闘ってきた。
栄光の為だけでなく、生き残る為に。
ヘリオスは過酷なローテを乗り越えて、パーマーは一時障害レースまで走った末に、栄光と未来を掴みとった。
「人間がウマ娘にそう教育した理由はなんとなく分かるよ。ウマ娘のレース自体が命懸けな面も大きい点、命に対する執着を持たせたくなかったのだろうし、それにレース発足当時はそれだけ必死だったんでしょ。ウマ娘という種族を未来に繋げる為に。」
「でも問題は、その点が教育が変わらなかったことだね。」
ウマ娘のレースが成功し規模が大きくなるにつれて、種族の保護はかなり安泰になった。
ただ規模が大きくなったことで、数や質の問題が出てきた。
「巨大スポーツとなった以上、レベルやレース数なども重視せざるを得なくなった。そしてその為に、ウマ娘を多く誕生させるようになった。」
ウマ娘の数はどんどん増えていった。
それと共にレベルもどんどん上がった。
しかしレベルが低いウマ娘も当然多くなった。
そのウマ娘達をどうするかという問題にあたった時、人間が選んだのはその教育の継承だった。
「初期からウマ娘がその教育を受け入れて、帰還に対する抵抗も見せなかったらしいからね。」
「ウマ娘は命に対する執着のない高潔な種族。そう思われたかもしれないわ。」
以後、その教育はずっと変わることなく今日まで継承されている。
そしてこの間、ウマ娘達もその教育に対し反発はせず、必要とされなくなったウマ娘が帰還に抵抗をみせることもなかった。
表面上は、だが。