「ヘリオスはさ、帰還に対してどう思ってる?」
パーマーが、つとヘリオスに尋ねた。
「うーん、どうだろうね。」
ヘリオスは椅子の上で膝を抱えた。
「私としては、自分が帰還することは少しも怖くないよ。あれだけ幸せな現役生活を送れたし、帰還したって皆私のことを忘れることはないと思うし。」
「同じだね。私もそうだよ。」
ヘリオスの言葉に、パーマーも頷いた。
「もう年齢的に生涯の折り返し地点にきたけど、もういつ帰還しても悔いはないわ。私はそれだけのものをこの世界に残せたし、幸せな記憶も数多く貰ったから。親友や相棒にも恵まれたし。」
「アハハ。」
「ふふ、でも、」
ヘリオスの笑いにパーマーも笑い返し、すぐにその笑みを消して続けた。
「それはあくまで、レースで実績を残せたからね。もし無実績のまま帰還を余儀なくされていたら、それを受け入れられたかどうか。」
「受け入れはするでしょ。」
ヘリオスはパーマーを見た。
パーマーはヘリオスを見ずに言葉を続けた。
「受け入れはしても、自分の心の底はごまかせないだろうけどね。」
「心の底…」
「帰還したくないって本心だよ。」
パーマーははっきりと言った。
胸中に重い痛みが走った。
先程マックイーンから見せられた、帰還した無名の同胞達の言葉の数々を思い返したから。
レースの栄光から程遠い場所では、帰還への恐怖と悲しみで満ち満ちていた…
「帰還すべきという教育が、ウマ娘という能力絶対種族の宿命からやむを得ないと受け入れているから、同胞達は本心を表さず一切の抵抗もしなかったんだろう。ただもしこれが、人間の方針によって植え付けられたものだと知ったらどうなるだろうか。」
「人間を恨むかもしれないね。例え人間によって救われた種族だったことを分かっていても。」
「私達生徒会にも矛先は向けられるだろうね。」
このことを周知していながら何の手も打たずに同胞の帰還を傍観してきたのだから、ひょっとすると人間に対するよりも大きな感情を抱くかもしれない。
それは当然受け入れなければならないけど。
どちらにせよ、ウマ娘と人間の共生社会に甚大な影響を与えることは間違いない。
「ただでさえ現状が不穏なのに、更にこれを公にするのはまずい。収拾がつかない事態になるだけだわ。」
いずれ明らかにしなければならないものではある。
しかし今やるのは得策でないと、ヘリオスは書類を返しながら言った。
「私もそう思うわ。まだこの内容を公にしてはいけないわ。」
書類を受け取りながらパーマーは頷いた。
第一、人間もウマ娘も同胞の帰還を見て見ぬふりをしてきたわけではなかった。
むしろ無実績のウマ娘でも生き残れる社会を実現させる為に裏で尽力してきた。
地方トレセンとの連携、レース路線の拡大、ウマ娘の安住の地の開拓、クラファンの創設、等。
それらにより少しずつではあるが、無実績でも帰還せずに済むウマ娘は年々増えていた。
遅々であるが確実にウマ娘の未来は拓けてきてはいるのだ。
マックイーンだってそれは分かっている筈なのに…
「でも、マックイーンが私達とはまるで違う感覚なんだろうね。」
ヘリオスがぽつりと呟いた。
「マックイーンはこの世界の負の部分を間近で見てきた。時にはその当事者にもなってたから。」
「…。」
パーマーは膝を抱えた。
ヘリオスもパーマーも決して平穏な経歴ではなかったが、マックイーンのそれは桁違いだということは感じていた。
プレクラスニー、ライスシャワーなど、マックイーンと深く関わったウマ娘達の悲劇を知っているから。
特にプレクラスニーの存在が、マックイーンを変えたのだろう。
二人とも、プレクラスニーの最期の瞬間とその時のマックイーンの姿を見ていた。
自らの過ちで絶望に叩き落としウマ生を狂わせ更にG1覇者でありながら存在価値がないと決めつけられた上安隠の時すら得られず不慮の事故で帰還した同胞の最期に対し、マックイーンがどれだけ大きな十字架を背負ってしまったか想像を絶する。
「徐々に世界が良くなっていたとしても、その間に消えていく同胞の列は長く続いてしまう。それを断ち切る為にマックイーンはこの内容を決断したんだろう。その思いは本当によく分かるわ。」
ヘリオスは痛切な口調で言い、それでも口元を引き締めた。
「だとしてもこれは阻止しよう。マックイーンは間違っている。心情は理解出来るけど、誤った行動はさせては駄目だ。ましてや彼女は生徒会長なのだから。」
そうはっきり言うと、ヘリオスはパーマーを見た。
「役員仲間達と連絡をとって、迅速に対策を立てよう。」
「うん。」
相棒の同意を得たパーマーは頷くと、すぐにスマホを取り出し、役員達に通知を送った。
その後、教室を出たヘリオスと一パーマーは一旦別れた。
ヘリオスと別れた後、パーマーは廊下で、同じメジロ家の某ウマ娘と連絡をとっていた。
「もしもし、…ええ、どうかお願いです。マックイーンはもう限界です。…今、彼女が提案した内容の通知を送りますので、返事を待ってます。」
連絡をとった後、パーマーは書類の内容を連絡先の主に通知にして送った。
その後、連絡先から電話がかかった。
「…ご覧になりましたか?はい、勿論反対です。ただ私だけでは厳しいので…生徒会は関係ないです。どうかマックイーンを助けて欲しい、その一心です。…ああ、宜しいですか、ありがとうございます。」
連絡を終えると、パーマーはスマホをポケットにしまい、ふうと一息吐いた。
…私も相当悪どいウマ娘だな。
胸中、かなり残酷なことをしようとしてる自覚があった。
でもいい、些細な感情で手段を選んでいる状況じゃない。
私が今やるべきことは、マックイーンの暴走を止めること。
その為ならば誰だろうと、例え家族を傷つけることになろうとも、手段を尽くさねば。
「ふっ…」
口元に手をあて咳払いしたパーマーの蒼い瞳が、一瞬不気味な程冷酷に光った。
一方、生徒会室。
「…もしもし、椎菜医師ですか?先程送った記者会見の内容の書類は…もう読まれましたか。ご承知頂けましたか?…はい、同意ありがとうございます。施設の方…そうですわね、記者会見後療養ウマ娘達が行動を起こしかねない…そこは総力を持って対応を願います。…ええ、沖埜トレーナー、スペシャルウィーク、ダンツシアトル、フジヤマケンザン、ホッカイルソーらと共に。あとヤマニングローバル、マイシンザンもそちらに…ええ、岡田トレーナーが派遣して下さるそうです。では…また学園で。」
療養施設に電話をかけていたマックイーンはそれを終えると、会長席から立ち上がった。
サンエイサンキューも渡辺椎菜医師も反対しませんでしたわね。
冷徹な翠眼を光らせて窓の外を見ながら、マックイーンはそこに安堵していた。
やはりこの世界の最果てを見てきた者は、同じ感覚のようですわね。
「ここで踏み出さなければ、決して未来は得られないでしょう。」
窓の外に眼をやりながらマックイーンは呟いた。
ピリリリリ。
スマホが鳴った。
見ると、通知が2件来ていた。
一つはこの後会う予定の某先輩ウマ娘から。
もう一つは…
その通知相手を見た時、マックイーンの翠眼が僅かに揺らいだ。
パーマー、あなたの差し金ですか…
一瞬、スマホを握るマックイーンの手に険しい筋が浮かび上がった。
時刻は12時近くになろうとしていた。