1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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歴史の証人者達(2)

 

パーマーの言葉で、場は一旦解散となった。

 

ルビーは部屋を出て行き、ヘリオスも後を追うように出ていった。

他の三人は室内に残った。

 

 

部屋を出ていったルビーは、そのまま校舎も出て、学園の裏庭の奥へと向かっていた。

彼女の後を追ったヘリオスも同じ方向へ向かった。

 

 

やがて二人は、裏庭の奥にある敷地、かつてレースで散っていったウマ娘の名が刻まれている石碑の前に着いた。

 

ヘリオスは石碑の前に立つルビーから少し後方で立ち止まり、彼女の様子を見守った。

石碑を見つめるルビーの指が当てられているのは、ケイエスミラクルの名前が刻まれた箇所だったから。

 

「ルビー…いや、副会長。」

立ち止まったまま、ヘリオスは彼女の背に声をかけた。

いつもの想いが籠った口調ではなく、生徒会モードの乾いた口調で。

「何故、生徒会長の案に賛成したのか、その真意を教えて頂けますか。」

前述のようにヘリオスはルビーの賛成を予想していが、それをそのまま肯定する気は全くなく、彼女の賛意を変える為に改めて尋ねた。

 

「真意…そうですね、」

ルビーは背を向けたまま、指でミラクルの字をなぞりながら、宝石を散りばめたような美しい声で答えた。

「長年ウマ娘界を彩った名族の末裔として、旧時代を精算し未来への希望を繋ぐ義務を果たそうと思っている、が真意でしょうか。」

 

「なるほど。」

一面の冬の青空の下、寒風で口元に靡いた横髪を払いながらヘリオスは言った。

「先程、ハギノ家の方とお話しされていたようですが、その際に改めて覚悟を決めたようですね。」

「仰る通りです。」

 

先程、ルビーは事の関係者が接触を図ったというハギノ家に連絡をとり、事態について話し合っていた。

ハギノ家はルビーの実家で、通称『華麗なる一族』と呼ばれるウマ娘の名族。

そこにはルビーの生みの母である元スターウマ娘のハギノトップレディもいた。

 

「お話ししたお相手はトップレディお母様でした。一族を無視は出来ませんが、私は生徒会副会長の職にある以上学園を第一に考えなければなりません。その決意を改めてお母様に伝えました。」

「それで、ハギノトップレディ先輩はどうお答えに?」

「『ルビーが信じた心に沿ってやりなさい。それが我が“華麗なる一族“の、誇りであり使命です。』と、言葉を頂きました。」

 

「一族の誇り…」

「ええ。…最後の誇りですわ。」

感慨が詰まった口調で言いながら、ルビーは石碑から指を離し、澄み渡った冬空を仰いだ。

 

かつてウマ娘界屈指の名族として名を轟かせた『華麗なる一族』であるものの、近年は急激な時代の変化を受け大きく衰退しており、もうその歴史的使命を終える日が間近に迫っていることが明らかだった。

 

「もし今回の件で人間側に妥協すればまだ繋がりうるかもしれませんが、そんな醜態は晒したくありません。散る時は儚くも美しく。それでこそ我が一族ですわ。」

ルビーは冬空を仰いだまま、ふっと白く吐息した。

 

「もしかすると、生徒会長も同じことを考えているのかもしれませんわ。メジロの歴史の終焉が近いということを。」

ルビーは、マックイーンの心境を思い遣るように言った。

数十年に渡ってウマ娘界のレースを彩ってきたメジロ家も、時代の変化により徐々にその歴史の終焉が近づいている現実があった。

「だから、旧時代の責任として負の歴史に終止符を打とうとしているのだと思います。この点は、私とマックイーンが共通する思いでしょう。」

 

「…。」

ヘリオスはルビーから眼を逸らした。

私だって同じだわ。

吹きつける寒風に靡く髪に触れながら胸の内で言った。

メジロ家や華麗なる一族程ではないが、ヘリオスのダイタク家もウマ娘界ではそれなりの名族だ。

しかしやはり時代の変化により、彼女の一族も未来への存続はかなり厳しくなってきていた。

 

だが、ヘリオスは一族の誇りなどはあまり考えていない。

散り際の美しさも考えていない。

終わる時は静かに終わるだけ、それまでは自分のウマ娘としての義務を淡々と果たすだけだと考えていた。

 

でも、この点を議論しても意味がない…

 

ヘリオスはふっと息を吐くと、再びルビーを見つめた。

「あなたの考えはよく分かったわ、ルビー。でも、どうしても分からないことがある。」

「なんですか。」

「あなたがあの内容の(9)〜(12)にも反対しなかったことです。ウマ娘と人間の種族間にあるパンドラの箱をこじ開けることに、むしろ暗黙に賛成した。その理由は何?」

 

 

「…。」

ヘリオスの尋ねに、ルビーはゆっくりと視線を下すと眼を瞑った。瞑ったまま静かに口を開いた。

「まさか、その理由をあなたは分かっていないのですか。」

「え…」

「ウマ娘にも、人間と同じように愛し合える権利が欲しいからですわ。ダイタクヘリオス。」

 

ルビーの閉じていた眼が開かれた。

ティアラウマ娘の彼女の瞳は、ヘリオスの瞳と心を貫くように見つめていた。

 

 

 

 

一方、学園内の一室に残ったパーマーとゼファーとトップガン。

三人は室内で話し合いを続けていた。

 

「ゼファーは(6)以降の項目には断として反対なのね?」

「ええ、さっきも言ったように内容が過激な上本題とずれていますから。学園側の方針が乱れるようなことがあってはなりません。」

ゼファーは考えを断固として変えない姿勢を示していた。

「私も(1)〜(5)までで充分だと思います。というよりそれだけでも非常に大変ですし、それ以上は内容以前に作業的に難しいと思います。」

トップガンも先程と同じく同意した。

「今すぐにでも生徒会長とかけあって、この案を撤回させるべきだと思います。」

 

「すぐに撤回させるのは厳しいわ。」

二人の対応にパーマーは書類を握りながら答えた。

マックイーンだけでなくルビーやブルボンが賛成しているのだ。

その二人もまた、賛意を容易に変えそうにない。

「だから今は、(6)以降に代わる案を練るべきと思う。」

 

「代案ですか。」

「うん。生徒会長達も納得しそうな内容のね。その作業はしといた方がいい。ゼファー、トップガン、出来るかしら?」

「お任せ下さい。」

生徒会の中でも堅実な実務能力に長けた二人はすぐに頷いた。

「パーマー先輩はどうされるのですか?」

「私はこのことを生徒会長に伝えてくるわ。そして撤回するようかけあって来る。」

「大丈夫ですか?」

「手は打ってある。やれるだけのことはやってみるわ。」

 

 

そう答えた時、パーマーのスマホに通知が来た。

内容は、来訪者が間もなく学園に到着するという連絡だった。

 

「随分早いですね…。」

パーマーも、ゼファーもトップガンもやや表情が緊張していた。

先程パーマーがマックイーンに伝えたように、ある偉大な先輩ウマ娘が事態についてマックイーンと話し合う為に訪れることは、生徒会全員知っていた。

「私が迎えに出てくるわ。ゼファーとトップガンは作業に取り掛かって下さい。」

そう頼むと、パーマーは部屋を出ていった。

 

 

パーマーはそのまま、学園の裏口の校舎玄関前に向かった。

 

裏口の入り口付近には相変わらず報道関係者が多くひしめいていたがそこまでは行かず、パーマーは校舎玄関前で来訪者を待つ為待機した。

 

 

やがて、一台の車両が学園裏口から入ってきた。

あれは…

眼をこらすと、それはメジロ家の車両だった。

偶然被ったわね。

ちょっと困ったなとパーマーは思った。

 

入ってきたメジロ家の車両が学園の校舎玄関前に停まると、車内からパーマーより数歳上に見える雰囲気の暗いウマ娘が降りてきた。

 

「お久しぶりです。」

パーマーはそのウマ娘の前に来ると頭を下げて挨拶した。

「久しぶりね、パーマー。」

「まさか来てくれるなんて思いませんでした。感謝します。」

「マックイーンとはもう連絡はついてるわ。あなたも来るの?」

「私は別に重要な役目があるので後ほど。」

「そう。」

 

数言挨拶を交わした後、来訪したウマ娘は校舎内に入って行き、パーマーは玄関前に残った。

 

本当に来てくれるとは…

玄関前に待機しながら、パーマーは先程訪れたウマ娘のことを思った。

彼女もメジロ家の一人で、一族の歴史にとっても大きな足跡を残したウマ娘だ。

だが、彼女の現役生活やその引退後は、残した足跡と比して決して恵まれたものではなかった。

その影響で、現在彼女は隠遁に近い生活を送っていた。

 

もう表に出る気などは全くないのではと憂慮してたけど…

胸の内で、パーマーは彼女に謝していた。

 

 

そして、メジロのウマ娘が訪れた数分後。

 

再び一台の高級車両が、学園裏口から入ってきた。

偉大な来訪者だな…

パーマーは瞬時に分かり、思わず背筋に力が入った。

 

車両が玄関前に到着すると、一人のウマ娘が使用人と共に降りてきた。

足腰が衰えているのか車椅子に乗っており、かなりの高齢と思われるウマ娘。

だが彼女の容貌は遥か昔の現役時代と変わらない美しさだった。

むしろ年季を伴った為か、現役時代よりも一層研がれたような美しさを帯びてみえた。

 

「お迎えしておりました。」

神々しいばかりの美しさにあてられ、パーマーは思わず深々と挨拶した。

「…。」

そのウマ娘はにっこりと無言の微笑で返した。

その微笑も、現役時代と変わらない魅力を帯びていた。

やっぱり途轍もない方だ…

初めて彼女と会ったパーマーは、まるでスターウマ娘を初めて目の当たりした幼女のような動悸を覚えた。

 

その後、パーマーは使用人と共に、訪れた先輩ウマ娘を学園内の一室に案内した。

室内に案内後、パーマーは現在マックイーンは別の来客の対応中だということを先輩ウマ娘に伝えた。

 

「急遽の用事が入った影響でお待たせさせることになって申し訳ありません。」

「構いません。こちらの方こそ突然の来訪ですから。」

先輩ウマ娘は笑顔で答えた。

美声も現役時代と変わってなかった。

 

「あなたはメジロパーマーですね?」

一室で待機している間、ふと先輩ウマ娘は緊張している様子のパーマーに声をかけた。

「は、はい。」

「やはりそうでしたか。覚えてますよ、6年前の宝塚記念と有馬記念における、あなたの見事な逃げ切り勝ちを。」

「え、観ていて下さったんですか。」

「それは勿論ですよ。後輩ウマ娘達の活躍する姿を見るのが私の楽しみですから。」

そう答えると、先輩ウマ娘は再び笑った。

 

気さくに話しかけられたことで、パーマーの緊張も大分解れてきた。

「…あの、」

緊張が解けたパーマーは、思い切って口を開いた。

「我々生徒会は、シンボリルドルフ先輩かニッポーテイオー先輩などから話を受けると予測していたのです。ですがまさか、先輩が直々に訪れるとは思いもしませんでした。」

 

パーマーの言葉に対し、先輩ウマ娘は頷きながらゆっくり答えた。

「今回の事態については、ルドルフやニッポーら他の元生徒達とも内々に相談していました。全員の考えもまとまったのでそれを現生徒会に伝えると決め、その役目を私がさせてもらうことにしたのです。」

「先輩が自ら希望を?」

「ええ。その役目は私が適任だと思ったので。かつてウマ娘と人間の大きな転換期を直に経験した身ですから。」

 

そう言うと、先輩ウマ娘は視線を虚空に向けた。

遥か昔の現役時代の記憶を思い返すように。

 

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