1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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歴史の証人者達(3)

 

*****

 

一方。

先に校舎に入ったメジロのウマ娘は、一人マックイーンの待つ生徒会室へと向かった。

 

生徒会室の前に着くと、軽く扉をノックした。

コンコン。

「どうぞ。」

「…。」

マックイーンの返事が聞こえると、彼女は無言で扉を開けて室内に入った。

 

マックイーンは、生徒会長席の前に立って彼女を待っていた。

「お久しぶりですわ、デュレン姉様。」

「5年ぶりかしら、マックイーン。」

恭しく頭を下げたマックイーンに対し、メジロデュレンは暗い瞳をじっと妹に注いでいた。

 

 

メジロデュレン。

彼女はマックイーンの姉であり、現役時代には大レースの菊花賞と有馬記念を制した大きな実績を持つウマ娘。

メジロ家にとってはクラシック&グランプリを初めて制したウマ娘でもあった。

 

しかしその栄光は、実績程大きく讃えられなかった。

何故なら、そのいずれのレースでも悲劇が起きていたから。

 

デュレンが制した菊花賞。

彼女は前評価は高くなかったものの、レース本番では1番人気のラグビーボールやダービーウマ娘のダイナガリバーなど同期の強豪を激戦の末僅差で下して優勝した。

内容も見事で、全く疑問を挟む余地のない見事な優勝だった。

しかしレース中、彼女とは全く関係のないところである悲劇が起きていた。

 

レース中盤に、4番人気で出走したサニーライトが他走者と接触し故障、競走を中止するアクシデントがあった。

その故障は想像以上に重く、サニーは不幸にも予後不良となった。

それだけでなく、サニーの故障の原因となった接触は他走者のラフプレーだったのではという声も上がり、それぞれのチームが衝突する騒動にまで発展した。

その騒動はレースそのものに深い影を落とし、デュレンの制した菊花賞はやがて〈サニーライト事件の菊花賞〉と称されるようにまでなってしまった。

 

 

更に、その翌年のこと。

菊花賞制覇後、故障もあり不振が続いていたデュレンは、年末の有馬記念に出走した。

そして、10番人気という低評価を覆し優勝を果たした。

低人気だったとはいえ、ゴール手前で前を走る走者をごぼう抜きにしての勝利はこれまた見事なものだった。

 

しかしこの有馬記念もまた、ウマ娘史上最大の悲劇の一つとして語られるサクラスターオーの故障・競走中止というアクシデントがレース中に起きていた。

彼女の壮絶な悲劇を前にして、デュレンの栄光は再び閉ざされざるを得なかった

 

その後、デュレンは勝つことが出来ないまま引退した。

最後のレースとなった有馬記念では絶好の手応えでスパートをかけた瞬間に他走者の妨害を受けての敗戦と、最後までデュレンにはアクシデントがつきまとった。

 

引退後もデュレンは不遇だった。

次世代のウマ娘を輩出する仕事もうまくいかず早々と辞めさせられた。

2度G1を優勝した名誉も評価されないまま、やがてメジロとしての名誉はマックイーン、ライアン・パーマーらに全て塗り替えられ、やがてデュレン彼女の栄光は時代の彼方に忘れ去られた。

 

失意の中、デュレンは早期にメジロの本家を去り、隠遁同然の生活を送っていた。

 

 

デュレンとマックイーンは前述のように姉妹。

だがマックイーンの幼少期こそそれなりに親しい関係にあったが、マックイーンがトレセンに入学しレースで活躍を始めて以降は疎遠になり、デュレンがメジロ本家を去って以後は姉妹であるにも関わらずほぼ音信不通となっていた。

今回会ったのが、およそ5年ぶりだった。

 

 

マックイーンとデュレンは、室内のソファに真向かいに座った。

「姉様がここに来たのは、パーマーの差金でしょうか。」

「そうよ。」

差し出されたコーヒーを受け取りながらデュレンは答えた。

「パーマーは以前から、あなたのことを色々と私に伝えて来たからね。」

デュレンはメジロ家で親しい者も少ないが、唯一似た境遇を持つパーマーのみとはそれなりに連絡を取り合っていた。

「私はもう学園やメジロ家には関わりたくないと思ってたけどね。あまりにもパーマーが望むものだから、あなたに会いに来たってわけよ。」

 

「望む…私の行動を制止させるようパーマーが望んだのですか。」

「アハハ、彼女はそんな望み方しないわ。」

デュレンは頬を僅かに綻ばせた。

「あの子は、姉として妹を助けて欲しいって望んだのよ。」

「助ける…フフ、パーマーらしいですわね。」

「私がメジロの一員として家族の為に動くと思ったのかなあ、あの子は。」

デュレンは邪っ気の全くないパーマーの姿を思い浮かべた。

「私が今更そんな愛情を持ってるわけないのにね。妹であるあなたにすら愛情なんて湧かないのに。むしろどちらかといえば逆かもしれないのに。パーマーも安易に考えたわね。」

 

「…。」

マックイーンは眼を逸らし、コーヒーを飲んだ。

「デュレン姉様、その推測はパーマーを舐め過ぎですわ。」

「え?」

「パーマーも生徒会の一員ですわ。彼女はむしろ私より非情な面があります。」

 

「どうして?」

表情をやや顰めたデュレンに対し、マックイーンは明瞭には答えず淡々と尋ねた。

「多分、デュレン姉様は私が人間側に突きつける要求の内容もパーマーから伝えられているのでしょう?」

「ええ、見させられたわ。あなたも随分なことやると思ったよ。興味ないけど。」

「では、私が姉様も意識してこの要求を突きつけたということも言われたのでは?」

「流石に鋭いね、その通りよ。最もあなたの断行の理由はプレクラスニーが大半だろうけど。」

「…。」

その名を出され、マックイーンは再び黙った。

 

「でもねマックイーン、」

黙った妹に、姉は淡々と続けた。

「あなたは私のことも不憫に思ってこの行動を起こしているのかもしれないけど、私にとっては余計なことかな。さっきも言ったけど、私はもうウマ娘界もその未来もどうだっていい。あとは帰還するその日まで大人しく生き切りたい。それが最大の願いだから。」

 

そう言うと、デュレンは立ち上がった。

「もうお帰りですか。」

まだ会ってから10分も経ってない。

「私はそれを伝える為にあなたに会いに来ただけだから。」

 

デュレンはコートを羽織ると、マックイーンを改めて見つめた。

「じゃあねマックイーン。ウマ娘界の未来の為にやりたいことをやりなさい。もう2度と会うことないと思うわ。さよなら。」

そう最後に言うと、デュレンはマックイーンに背を向けた。

 

 

「…デュレン姉様。」

去りかけた姉に、妹は語りかけた。

「11年前の有馬記念で、レースを守ったデュレン姉様のあの激走を、私は決して忘れはしませんわ。」

「…。」

デュレンは何も答えず、生徒会室を出ていった。

 

本当に残酷ね、パーマーは。

去っていった姉の姿を見送った後、マックイーンは唇を噛んだ。

噛み締めながら、その残酷な家族に連絡をとった。

「パーマーですか?…ええ、こちらの要件は終わりました。客人を生徒会室にご案内下さい。」

 

 

***

 

 

場は変わり、パーマーと客人の先輩ウマ娘が待機している学園の一室。

 

パーマーからの連絡を受けたパーマーは、すぐに先輩ウマ娘と共に部屋を出て生徒会室へと向かった。

先輩ウマ娘はかなりの高齢なのでかなりゆっくりの移動となったが。

 

やがて生徒会室に着くと、パーマーは先輩ウマ娘を室内に案内し自分は場を引き払った。

 

 

そしてすぐにスマホを取り出し、デュレンに連絡をとった。

 

『今、デュレンさんはどちらにいますか?」

『屋上にいるわ』

すぐに返信がきた。

 

ごめん、デュレンさん。

他者からは想像も出来ない冷酷な心を胸中に渦巻かせて、パーマーはその痛みを感じながら屋上への階段を駆け上がっていった。

 

 

 

***

 

 

 

一方、生徒会室で客人の先輩ウマ娘を迎えいれたマックイーンは、すぐに彼女をソファに案内し、向かいあって座った。

 

「お会いできて光栄です、メジロマックイーン生徒会長。」

「何を仰るのですか。」

先輩ウマ娘の言葉に、マックイーンは冷徹な翠眼を珍しくやや緊張させて言葉を返した。

「私こそ、あなたのような伝説のウマ娘とお会い出来たことが光栄ですわ。ハイセイコー先輩。」

 

マックイーンの言葉に、ハイセイコーは無言で微笑した。

時代を魅了したその鹿毛の姿は、長い歳月を経た今もなお美しく映えていた。

 

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