1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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真女王(2)

*****

 

それから少し後のこと。

 

場所はトレセン学園の裏庭。

花畑や遊歩道があるその場所は、休憩時間や放課後は生徒達で賑わう場所だが、授業時間の今は生徒の姿はなく閑散している。

 

そこに、一人の生徒が現れた。

生徒といっても、彼女は既にレースから引退した元生徒、現在は名誉生徒として生徒会長の座にある芦毛のウマ娘。

名は、メジロマックイーン。

 

 

裏庭の奥で日課の所用を終えたマックイーンは、この後の予定が記してあるメモ帳を見ながら校舎への通路を歩いていた。

今年も残すところ一ヵ月を切った。

残るレース開催日は6日、その中には朝日杯・スプリンターズS・有馬記念の大レースも残っている。

もう一踏ん張りだなと、マックイーンはメモ帳をしまって唇を引き締めた。

今年は画期的な出来事もあり、また思いがけない騒動もあった。

昨年までに比べれば少々大変だった一年だが、最後は無事に全日程を終えられればと、彼女は思っていた。

 

と、閑散とした裏庭のベンチに、一人の生徒がぽつんと座っているのが見えた。

授業時間なのに誰だろうと思ってみると、栗毛の髪と、その両腕に抱いている天皇賞の盾が目に入った。

オフサイドトラップですか…

 

「おはようございます、オフサイドトラップ。」

「…生徒会長、おはようございます。」

自分の側にきたマックイーンを見ると、オフサイドは盾をしまい、立ち上がって挨拶した。

「授業はどうしました?」

「当分の間、欠席すると届出しています。」

「なるほど。ですが、授業時間内に外を出歩いてる姿を見せるのはあまり良くありません。部室か図書室に戻りなさい。」

 

「はい。」

生徒会長の指示を受け、オフサイドは了承したように頭を下げた。

だが、マックイーンがその場を去った後も、彼女はしばらくベンチから動かなかった。

マックイーンはそれに気づいてたが、振り向こうとはしなかった。

 

 

その後、マックイーンは校舎に戻った。

するとそこでは、まだ午前中なのに下校しようとしている一人の生徒と鉢合わせした。

「ステイゴールド。」

「あ…。」

靴紐を結んでいたゴールドは、マックイーンの姿を見ると、先程のオフサイドとは違い、不愉快そうな表情を浮かべた。

「風邪引いたので、今日は早退するんです。」

聞かれるより先に早口で言うと、さっと立ち上がった。

「そうですか。お大事に。」

「お構いなく。」

爪先をトントンしながら、彼女はぷいと顔を背けてさっさと外へ出ていった。

 

 

恨まれてますね…

校門の外へ去っていくゴールドの後ろ姿を眺めながら、マックイーンはかけていた眼鏡を外し小さく溜息を吐いた。

恨まれるのも当然だ。

あの天皇賞後の騒動で、生徒会は『フォアマン』…いや、オフサイドトラップを守ってやれなかったのだから。

 

いつか、時間が解決してくれれば。

そんな思いが胸をよぎったが、決してそうはならないことは分かっている。

何故なら、そう遠くない未来、あの騒動の結末が待ちうけているのだから。

 

逃げ道など、決してない…

マックイーンは胸の中で呟くと、眼鏡をかけ直し生徒会室へと戻っていった。

 


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