1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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歴史の証人者達(4)

 

ハイセイコー。

彼女は20年以上前に現役生活を送ったウマ娘。

そして、ウマ娘の歴史において燦然と輝く大巨星の一人。

 

ハイセイコーは中央トレセン学園ではなく、地方のトレセン学園でデビューした。

デビュー後は無敗のまま圧倒的な強さで連戦連勝を重ね、やがてその強さは中央トレセン学園の耳にも入り、2年生の初春に彼女は中央トレセンへと移籍した。

クラシック前のウマ娘が地方から中央に移ることは珍しく、この移籍は『地方の稀代の怪物がエリート集団の中央に参戦』と大々的に報道された。

そういったことから世間一般からも大きく注目されるようになり、ハイセイコーは一躍時のウマ娘となった。

 

クラシックが近づくとその注目度と人気は更に大きくなり、ハイセイコーの中央デビュー戦となった弥生賞では当時としては異例の12万人を超える大観衆が詰めかけた。

その桁違いの注目の中、ハイセイコーは噂に違わぬ強さで勝利を収めた。

これにより彼女は一層の注目と人気を集めることになり、やがてそれは『ハイセイコーブーム』と呼ばれる程の社会現象にまで発展していった。

 

 

「あなた程のウマ娘から伝説と讃えられるとは嬉しいです。」

「伝説としか讃えようがありませんわ。強さだけでなく、あなたの走りは観る者全ての心を掴んだのですから。それ程の領域に到達出来たのはあなたとオグリキャップ先輩だけですわ。それに加え、あなたは時代までをも背負って走った。伝説でなくてなんでしょう。」

謙遜する大巨星に、真女王は賛辞を続けた。

 

ハイセイコーの中央通算成績は16戦7勝。

制した大レースは皐月賞と宝塚記念の二冠のみに終わった。

実績だけで見れば歴史上そこまで傑出したものでもなく、後に彼女以来のウマ娘ブームを巻き起こしたオグリキャップや最強王者として長年君臨したマックイーンと比べると明らかに劣る。

それでもハイセイコーが比類ない伝説と讃えられるのは、マックイーンの言ったように、彼女の走る姿、闘う姿が全ての人々の心を掴んだから。

 

怪物に違わぬ強さで中央入り後も連勝を重ね、皐月賞も制したハイセイコーは『三冠確定』『史上最強のウマ娘』と呼ばれる程の大きな評価と熱狂的な人気が集まった。

ダービー前哨戦のNHK杯ではかなり苦しい展開から驚異的な粘り勝ちをするとその熱狂ぶりは頂点に達し、ダービー本番では史上最高の支持率を受ける程にまでなっていた。

 

だが、そのダービーでハイセイコーは遂に敗れた。

それも、勝ったタケホープから大きく引き離されての3着敗戦。

その敗北は世間に大きな衝撃を与えた。

 

更に、ダービーでの初敗北後、ハイセイコーはそれまでの無敗ぶりが嘘のように負けが続いた。

怪物伝説は急激に冷め、彼女の人気は一気に陰っていくかと思われた。

 

だが現実は、むしろ負け出して以後、彼女の人気は更に高くなっていった。

 

 

「普通に考えればあり得ませんわ。ブームとは熱しやすく冷めやすいもの。しかしあなたは真逆でした。」

 

 

初敗北以後、何度も期待を裏切り負けを繰り返したハイセイコー。

彼女の強さへの評価は『史上最強』から『周囲が創り上げた偶像』と呼ばれるまでに堕ちた。

当然、ブームも終焉しておかしくない筈だった。

 

しかしその後、熱狂的なブームから覚めたファン達が見たのは、堕ちた偶像ハイセイコーではなく、過去の栄光を捨てて必死にレースを闘い続けるハイセイコーの姿だった。

その彼女の姿は、熱狂的なブームの頃とは違う新たな夢を人々の心に湧き上がらせた。

 

そしていつしか、ハイセイコーは『史上最強のウマ娘』から『史上最高のアイドルウマ娘』へと変わっていった。

かつては彼女の活躍を陰で快く思ってなかった者達ですら、徐々にその闘う姿に惹かれ、彼女に声援を送るようになっていた。

 

 

その後、ハイセイコーはタケホープやタニノチカラなどの宿敵達と幾度も激闘を繰り広げ、やがて静かに引退していった。

社会現象とも言えるハイセイコーの人気は引退まで続いた。

その社会現象は彼女に留まらず、ウマ娘界の社会的向上や大衆的人気向上にも大きな影響を与え、ハイセイコー以前・以後と分けられる程の歴史の大きな転換期となった。

その功績が讃えられ、彼女は殿堂ウマ娘にも選出された。

 

 

当時から25年あまり経った今もなお、彼女の活躍と功績は大きな伝説として語り継がれている。

 

 

「私の功績ではないのですよ。私を見捨てなかったファンの皆様の功績です。」

称賛を続けるマックイーンに、ハイセイコーは穏やかな微笑と共に答えた。

 

当時のハイセイコー自身にとって、あの熱狂的な人気や評価は全て重荷だった。

自分の能力が誇張されて世に発信された結果つくられてしまった人気だと、ブーム当初から感じていた。

だけどその期待を裏切るわけにもいかず、必死にレースを走り、勝利し、期待に応え続けた。

 

だけど熱狂が頂点に達したダービーで遂に敗北した時、ハイセイコーは全てが終わってしまったと思った。

全ての人々の夢も希望も壊してしまったのだと。

 

「ですが、ファンの皆様は私を見捨てませんでした。もう一度、夢を見せてくれると信じてくれました。」

 

ハイセイコーは、その期待に応えようと必死に走った。

走って走って、走り続けた。

当時の主な大レースは彼女にとって不適正の長距離が多かった。

更に長距離得意の強力なライバルがいたこと、重なった疲労も相まって、結果は中々出せなかった。

それでも、ハイセイコーは全てのレースで全力で走り続けた。

それが、自分を見捨てずにいてくれた人々への最大限の感謝の証だったから。

 

「私はただひたすら感謝の為に走り続けただけです。最後の最後まで。」

「でもそれが、ウマ娘と人間の新たな歴史の扉を開きましたわ。」

 

前述のように、ハイセイコーの人気によって起きた社会現象は、ウマ娘と人間の距離を大きく近づけた。

単にレースと勝敗だけが重視されたレースに華やかさも取り入れられ、勝負服やウイニングライブなどが誕生するきっかけとなった。

またハイセイコーブームによって他のウマ娘やレースにも自然と注目が集まるようになり、全体の人気も大きく上がった。

そして有志のファン達がウマ娘達の余生を援助するという事例も多くなり、引退後のウマ娘達にも大きな影響を与えた。

その全てはハイセイコーの人気がきっかけとなってもたらされたものであり、まさに歴史の大きな転換期だった。

 

「あなたの功績はウマ娘史上最も大きく、最も重要なものの一つと言っても過言ではありませんわ。」

マックイーンは心の底から敬意を表する口調で言った。

前述のようにレースでの実績ならばマックイーンの方が上だ。

しかし絶対にマックイーンが超えられないものをハイセイコーは持っていた。

神に選ばれ、そして神の期待に応えた。

それがハイセイコーというウマ娘なのだと、マックイーンは思っていた。

 

 

 

…だけど。

ふっと、マックイーンは言葉を止め、眼を伏せた。

私は今、その偉大な功績を全て水泡にさせてしまうかもしれない行動をしようとしてる…

そのことが胸をよぎり、眼を伏せたマックイーンの唇から小さく吐息が漏れた。

 

その吐息を見て、ハイセイコーも空気を察した。

 

「要件に入りましょうか、マックイーン生徒会長。」

「ええ。」

ハイセイコーの促しに、マックイーンも面を上げて頷いた。

 

 

 

「まず、あの天皇賞・秋後のあなた方のご苦労に対し労いを申し上げます。」

車椅子にゆったりと腰掛けたまま、ハイセイコーは心からの思いを込めて言った。

ハイセイコーはとうに表舞台から去った身であるものの、ウマ娘界の動向は高齢になった現在もなお外部から見守り続けていた。

なので今回の騒動についても常に動向を注視していた。

「一時は収まったかと思いましたが、そんな安易に終結する問題ではなかったのですね。」

「ええ、今回の騒動はウマ娘界の負の部分を根こそぎ呼び覚ましましたから。」

「よく分かります。」

ハイセイコーはしみじみと頷いた。

 

「とはいえ、まさか生徒会がここまでの断行を執行するとは想定以上でした。」

断行直前、ハイセイコーら主な元生徒達は学園からその内容とそれに対して静観を要求する通知を受けていた。

内容が内容である為そのまま従うことはせず、主な元生徒達はそれぞれ連絡を取り合い、学園の要求に対する今後の対応について相談を重ねていた。

 

「グリーングラス、アンバーシャダイ、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ニッポーテイオー、オグリキャップなど。彼女達と話し合った末、全員の意見はまとまりました。」

「…どのようにまとまりましたか?」

流石のマックイーンも、冷徹な表情をやや硬らせて次の言葉を待った。

 

ハイセイコーは、マックイーンを見つめ静かに言った。

「我々元生徒は、今回の断行においては学園側を支持します。」

 

「ありがとうございます。」

微かに安堵の息を洩らしながら、マックイーンは表情を変えず、静かに頭を下げた。

 

「ただ、」

頭を下げたマックイーンに、ハイセイコーは言葉を続けた。

「もし今度の断行により学園が危機的状況に陥った際は、この私もなんらかの責任をとるという条件付きでまとまりました。」

「…。」

マックイーンは顔を上げた。

ハイセイコーの表情は、澄み切った微笑の中に霜のような厳しさを滲ませていた。

 

「どうやら、先輩方の間でも意見は割れたようですわね。」

「その通りです。行き過ぎた行為だとして止めるべきだという意見もありました。」

敏感に察したマックイーンに、ハイセイコーは眼を瞑りながら答えた。

老体にやや疲労を感じているような口調に聞こえた。

「ですが、最終的には前述のようにまとまりました。なので、我々の介入の方は心配せずに行動下さい。」

自身が責任を取る理由は明かさず、ハイセイコーはそう言った。

 

 

車椅子上でゆったりと眼を瞑ったままの伝説ウマ娘と、その前のソファで両膝に手を組んで黙念と座っている現生徒会長。

二人の間にやや重い沈黙が流れた。

 

 

「ハイセイコー先輩、」

やがてマックイーンは沈黙を破り、例の書類をハイセイコーに差し出した。

「この後会見で我々が行う内容です。何かご意見あれば頂けますか。」

 

「…?」

ハイセイコーは眼を開けて書類を受け取り、それを読んだ。

「…」

読んでいる彼女の表情がやや揺らいで見えた。

 

だがハイセイコーは何も言わずに最後まで読み切ると、書類を返した。

 

「メジロマックイーン、」

書類を返した後、ハイセイコーは冷徹な表情のままのマックイーンを、祖母のような温和な瞳で見つめて言った。

「あなたは現生徒会長として、自分の信じたことを貫き通しなさい。激流のような時代の転換期には、それが何より重要ですから。」

 

 

「…。」

ハイセイコーの言葉に、マックイーンは噛み締めるように数秒眼を瞑った後、尋ねた。

「25年前のあの事件の時、先輩方もそうだったのですか。」

 

「25年前…」

マックイーンの言葉に、ハイセイコーは一瞬眼を光らせた。

「あの事件とは、ハマノパレード先輩の悲劇のことですか?」

「ええ、あの出来事は、現在の騒動とどこか状況が似てると思いまして…」

 

「…。」

ハイセイコーはすぐには答えず、目を瞑って当時のことを思い出した。

前述(138話参照)したハマノパレード事件は、世間が彼女のブームで熱狂していた時期と同時期に起きていた。

あの、ウマ娘界を大きく揺るがした歴史的大事件…

 

「…確かに似てますね。」

眼を瞑って回想しながら、ハイセイコーは静かに口を開いた。

状況や内容は異なるが、空前のウマ娘人気の中で起きた事件という点では、25年前と今回は確かに共通していた。

 

「あの事件の時は、スピードシンボリ生徒会長、タケシバオー副会長、ヒカルタカイ先輩やトウメイ先輩などが生徒会の時代でした。事件自体は噂のようなものから始まりましたが、学園側はこれをかつてない大きな問題として捉えました。そしてメイヂヒカリ先輩、ハクチカラ先輩、コダマ先輩、シンザン先輩など偉大な元生徒達の支持も受け、事態の徹底究明を断行しました。…かつてないブームと人気で世間の耳目がウマ娘界に注目されている真っ只中で、最大の負の問題の一つを公然にした、まさに恐ろしい覚悟を伴った決断でした。」

言いながら一瞬、ハイセイコーの身体が慄えた。

 

「でも、当時の生徒会の決断は正しかったです。もしウマ娘人気に配慮して断行を躊躇してたら、何も解決しないままより多くの悲劇が続いていましたから。」

 

「…そう、ですか。」

「最も、当然すんなりと解決した訳ではありません。一時はウマ娘界も崩壊寸前までいきました。」

今や当時を知る数少ないウマ娘であるハイセイコーは、慄えを堪えるように両膝上で手と手を強く結んでいた。

 

ハマノパレードの事件を公にしたことにより、安楽帰還問題、過去の帰還ウマ娘問題、更にはレース問題などまで次々と噴出し、ウマ娘界はそのあり方を強く問われる事態になった。

絶頂だったウマ娘の人気も大きく揺らぎ、学園の存続すら危惧された。

 

「それら全てを乗り越えた末、一つの大きな解決に繋げることは出来ました。でも一歩間違えればどうなっていたか…それを思うだけでも肌が粟立ちます。」

 

ハイセイコーは手元に視線を落とし、それから再びマックイーンを見た。

「今回あなた方が行う断行は25年前以上に重大なものでしょう。危険性も無論桁違い。それでもそれを行う確かな理由と信念が学園側、つまりあなた方にはあると感じました。なので、私はあなた方を支持します。もし結果が凶となってしまった場合は、先程言ったようにこの私も責任をとる覚悟です。」

ウマ娘界の大巨星かつ最古参である者としての責任をと、ハイセイコーは暗に言った。

「…。」

自らの覚悟を現した伝説の先輩に、マックイーンは何も言葉を返せなかった。

 

 

「お話は以上です。」

無言のマックイーンにハイセイコーはそう言うと、張り詰めていた表情をふっと崩した。

「マックイーン、祈っています。あなた方がこの闘いを乗り越えて、ウマ娘界の新たな未来への扉を開くことを。」

 

遥か歳下の後輩を労わるような優しい微笑を見せながらそう言うと、車椅子に乗ったハイセイコーは生徒会室を去っていった。

 

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