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一方その頃、学園の屋上。
学園の競走場が一望出来る柵の前に、デュレンとパーマーが並んで立っていた。
デュレンは柵に手をかけながら、パーマーに先程マックイーンと会った時の内容を伝えていた。
「言いたいことは全部言ってきたよ。私なんか意識しなくていいこともね。これであなたの望みは果たせたかしら?」
「…。」
素っ気ないデュレンの言葉に、パーマーは柵にもたれた姿勢で視線を合わさず答えなかった。
「望み通りじゃなかったようね。でももう諦めて。」
デュレンは慰めるようにパーマーの肩に手を置いた。
「こんな切迫詰まった状況下で、私に出来ることなんて何もないことは明白だったんだからさ。ましてや、マックイーンの決意を変えることなんて。」
「それは、本心ですか。」
パーマーは柵から背を離して、デュレンを見つめた。
「本心って…事実を述べただけよ。」
デュレンはパーマーの肩から手を離し、冬空に視線をやった。
「身近な存在のあなたですら厳しいのに、姉妹とはいえ長年疎遠の関係にある私が変えられる訳ないじゃない。ましてや私はもう表舞台から去ったウマ娘なのに。」
「そう分かっているのなら、何故マックイーンに会いに来たんですか?」
パーマーの視線が、かなりきつい色に光っていた。
「…呼んだのはあなたでしょ。あなたがあまりに望むから、仕方なく来ただけよ。」
「そうは思えませんね。本当はデュレンさんもマックイーンの暴走を止めたくてここに来たのでしょう?マックイーンとのやりとりからして、そう思えますが。」
「私はただマックイーンを突き放しただけだけど。」
「それはデュレンさんの葛藤もあるからでしょう。」
「葛藤?」
「名誉も勲しも全て塗り替えた妹に対する劣等感というべきでしょうか。」
「やめて。」
デュレンはパーマーを睨んだが、パーマーはその肺腑を抉るように言葉を続けた。
「お気持ちは分かります。私も同じような経験しましたから。でも言わせて頂ければ、この状況でそんな感情ほど無意味で下らないものはありません。」
「パーマー!私が…」
「あなたはマックイーンの姉です。」
思わず声を上げたデュレンを、パーマーはかつて見せたことない冷徹な表情で見据えた。
「あなたが今後どのような余生を送ろうが勝手です。ですが今は、メジロ家の一員として、マックイーンの姉として、その義務を果たして貰います。」
「…無理だわ。」
デュレンは苦悶する様に頭を抱えた。
「私はあなたと違い、レースでメジロに本当の歓喜と栄光をもたらすことが出来なかった。次世代の輩出も碌に出来なかった。あげく名誉も勲しも全てマックイーンに奪われた。…虚しさと悔しさばかりが募って、世を捨てたも同然の歪んだウマ娘だわ。そんな私に、何が出来るというの。」
デュレンの脳裏に、マックイーンと再会した時のことがよぎった。
彼女と会った時、本当はかけたい言葉が沢山あった。
でもそれも出来ず、もう自分のことは忘れろってことだけ言って、別れるしかなかった。
「それは、デュレンさんが見つけることです。」
苦悶する家族に、パーマーは冷然と言い放った。
「私達家族でも踏み込めない、血を分け合った姉妹にしかない絆がある筈です。そこに、マックイーンを救う術を探して下さい。」
「パーマー…」
「私からはこれ以上なんのアドバイスも出来ません。どうかマックイーンの為に、ウマ娘生を懸ける覚悟でお願いします。」
最後に頭を下げてそう言うと、パーマーはデュレンの元を離れていった。
パーマーが屋上から出ると、丁度マックイーンからハイセイコーとの話合いが終わったとの連絡があった。
そのまま、彼女はハイセイコーを迎えに生徒会室へと向かった。
生徒会室でハイセイコーを迎えると、ハイセイコーはすぐに帰路にはつこうとせず、屋上に行きたいと要望した。
まだデュレンがいると思ったが構わないと判断し、パーマーはハイセイコーを屋上に案内した。
屋上に着くと、パーマーはハイセイコーのことは付き添っていた使用人に任せて、自分は屋上外で待機した。
待機している間、パーマーの脳中は現状への解決策に苦慮していた。
まさかマックイーンの案に、ルビーとブルボンが賛同するとは…
生徒会の半分が賛同した以上、それを止めるのは難しいだろうな。
もはや断行は止められないだろうということは覚悟せざるを得なかった。
でも、断行したらマックイーンは、確実に自らも破滅へと向かうことになってしまうだろう。
メジロの家族として、それは絶対に阻まなければならない。
だから私は、デュレンさんを引きずり出した。
前述のように以前からパーマーはデュレンにマックイーンのことを伝え続け、彼女の協力を得ようとしていた。
既に隠遁生活を送っている彼女はもう表に出る気は全くないことを見越しながら、それでも引きずり出そうとした。
まだデュレンの心には妹を想う気持ちが残っていると信じたから。
そして、表に引きずり出して、半ば強引にマックイーンと会わせた。
会わせさえすれば何かは起きる、何かが変わる。
この際手段は構っていられなかった。
恐らくマックイーンと会ったデュレンの本心は、驚きと悲しみ、そして自己嫌悪に満たされているのだろう。
でも彼女の心中を労わる余裕なんてない。
だから、パーマーはデュレンに冷酷な言葉をぶつけた。
『メジロの一員として、マックイーンの姉妹として、その義務を果たせてもらう』と。
自分がひどいことをしている自覚はある。
陽気快活な姉貴分と自分を慕っている後輩達がこの私の行動を知ったら幻滅するだろう。
でも、こうするしかないんだ。
罪悪感と自己嫌悪が込み上げる胸中を、パーマーは唇を噛んで押し殺した。
マックイーンを救う為ならなんだってやってやる。
亡きライスシャワーにもそう誓ったんだ。
パーマーの脳裏は、今後起こりうるであろう状況の予測と、それに伴うマックイーンへの危機への対応で渦巻いていた。
場は変わり、学園の裏庭。
「そろそろ、もう一度集まりましょうか。」
石碑の前でヘリオスと会話していたルビーは腕時計を見て言った。
「…。」
ヘリオスは彼女らしくないやや俯いた表情で、無言で頷いた。
「行きましょう、ヘリオス。」
ルビーは美しい声と共に、腕をヘリオスに差し出した。
だがヘリオスをその腕を握り返さず、ルビーから眼を逸らして言った。
「私はもう少しここにいるわ。招集がかかったらいく。」
「そう。」
ヘリオスのヘリオスを聞くとルビーはやや切ない表情になり、腕を戻すと一人静かに石碑の前を去り、校舎へと戻っていった。
「…ケイエスミラクル、」
一人残ったヘリオスは、冷たい風に横髪を靡かせながら、彼女らしくない悲しい眼で石碑に刻まれている亡きライバルの名を見つめた。
「私、どうすればいいのかな?」
“ウマ娘にも、人間と同じように愛し合える権利を”。
ルビーの言った言葉が、ヘリオスの胸に強烈に突き刺さっていた。
ウマ娘には『授け種』のウマ娘と『産み種』(ティアラ)のウマ娘という、人間でいえば性別といえる区別がある。
だが、人間と違いウマ娘に結婚はない。
授け種のウマ娘と産み種のティアラウマ娘同士が愛しあっていたとしても、例え引退後であっても結婚は出来ない現実があった。
何故なら、ウマ娘は引退後も次世代のウマ娘を輩出する役目がある為、個々の愛情は不要とされてきたからだ。
次世代のウマ娘の輩出。
それは露骨にいえば、自らの能力を継いだ子孫をつくること。
特に優秀な成績を残したウマ娘や或いはその血を受け継いだウマ娘には、より多くの次世代を残すことが使命とされていた。
授け種ウマ娘は多いものは相当な数の子孫を授け、また産み種ティアラウマ娘はそれぞれ別の授け種ウマ娘の子を数多く産むこともあった。
人間ならば絶対にあり得ないことだが、優れた競走能力を未来に繋げていくことが大きな使命であるウマ娘には、そのような現実が行われていた。
このことに関しては、ウマ娘達も血統や能力の重要性をよく分かっているので受け入れていた。
しかし一方で、愛し合う者同士が結ばれない現実も、ウマ娘達を苦悩させていた。
現に、この生徒会にもその苦悩を抱く者がいた。
お互いその想いをずっと秘めていたものの、ダイイチルビーもダイタクヘリオスもお互いに特別な感情を抱いていた。
その想いを表さなかった理由は前述のケイエスミラクルの悲劇の影響が大きいからであるが、例え表したとしても結婚は無論、二人によって次世代のウマ娘を輩出することも無理な為であった。
ルビーもヘリオスもレースにおいては共に歴史に残る程の実績を挙げたウマ娘だが、致命的に差のある点が一つあった。
それは血統。
ルビーは『華麗なる一族』の一人として複数の傑出した血を継いだウマ娘であるのに対し、ヘリオスはそれほど優れた血統をもつウマ娘ではなかった。
その血統の格差により、二人から次世代のウマ娘が誕生することは許されなかった。
より優秀なウマ娘を残していく為にはそれも当然のことであると、ルビーもヘリオスも受け入れざるを得なかった。
もしミラクルが生きてたとしても、ルビーと結ばれる未来はなかっただろうな…
亡きライバルの名に指をあてながら、ヘリオスは思った。
ミラクルもまた、そこまで血統が優れたウマ娘ではなかったから。
ウマ娘が結ばれない現実。
愛よりも能力が重要な現実。
命の問題ではないものの、これもまたウマ娘界における問題の一つだった。
ルビーは、このことをずっと考えていたんだね…
マックイーンの案に賛意を表明した彼女の姿を、ヘリオスは思った。
私はこのことについてはもう諦めていたけど、ルビーはまだ諦めていなかったんだ…
先程、自分を見つめてそう言ったルビーの眼差しが、ヘリオスの胸に痛みを感じさせた。
暗にルビーは、ヘリオスへの愛を示していたのが分かったから。
決して結ばれることが許されない運命を変えたいという切実な想いも、彼女の眼差しからは感じとれた。
「ダイイチルビー…」
ヘリオスは苦しそうに胸の辺りを掴み締めた。
ヘリオス自身だって、ルビーのことをこの世界の誰よりも愛していた。
前述のようにミラクルの悲劇以後その想いは封印してきたけど、ルビーへの愛が消えることは全くなかった。
『華麗なる一族』の令嬢として生きる彼女を、最愛のウマ娘を亡くした悲しみに暮れる彼女を、トレセン学園生徒会副会長という重圧と闘う彼女を、ヘリオスはずっと支えてきた。
成就しない愛だと分かっていても、愛するウマ娘が幸せになる為ならばと尽力してきた。
そのウマ娘が、自分の愛を受け入れてくれた。
そしてその愛が成就する為に、大きな決断と行動を起こそうとしてくれている。
でも。
「間違っているよ、ルビー。」
ヘリオスは胸に手を当てたまま、苦しそうに呟いた。
ルビーの想いは、胸が張り裂けそうな程分かっている。
だけどこんなやり方では駄目なんだ。
自分達の愛を成就させる為にウマ娘界を大きく混乱させてしまうような行動をすることは許されない。
私達生徒会がするべきことは、ウマ娘界がより良い未来を迎える為に、例えゆっくりでも着実に確かに課題を解決していくことだ。
私達の愛は報われなくとも、未来の同胞達のそれが報われるようになる為に…
「うっ…」
思わずヘリオスの胸に悲しい想いが込み上げてきた。
彼女はしゃがみこんで口元を抑えた。
苦悶しながら、ヘリオスは自身の胸の内でとなえた。
自分が為すべきことは、感情に左右されず、生徒会役員としての義務を尽くすこと。
今後想定される展開においても、必ずそれを遂行するんだと。
やがてヘリオスは立ち上がり、目元を拭いながら冬空を仰いで大きく深呼吸すると、石碑のライバルの名を見つめた。
「ミラクル。私、ルビーを傷つけてしまうかもしれない。…許して。」
意を決したようにそう言うと、ヘリオスは石碑の前を去り、校舎へと戻っていった。
それから少し時間は経った後、ハイセイコーとデュレンは学園を後にした。
二人を見送った後、パーマーは生徒会メンバー達に、再び一室に集まるよう連絡した。