1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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黄金と神速(1)

*****

 

その後時間は経ち、午後のこと。

トレセン学園から100㎞程離れた、豊かな山並みと緑に溢れた高原地帯。

 

都会の喧騒とは全く無縁の静謐でのどかな空気に満ちたその地域には、トレセン学園の生徒専用の療養所、通称『ウマ娘療養施設』がある。

ウマ娘療養施設は、主に脚部の怪我、或いは脚部の病などで長期の治療・療養が必要な生徒達の為にある施設。

現在は200人程の生徒が、治療や療養をしながらここで生活している。

 

療養施設は怪我人専用・病人専用と二つの病棟に分かれている。

その怪我人専用の病棟に、今しがたここに到着したばかりのゴールドの姿があった。

 

 

ゴールドは制服姿だった。

どうやら学校を早退した後そのまま此処に来たらしい。

彼女の手には、これから面会に向かう患者生徒への見舞いの品が幾つか用意されていた。

 

ゴールドが面会する患者は現在、病棟の最上階にある「特別患者」用の病室で生活している。

特別患者といっても重い故障を患っているわけでなく、その患者は諸事情の関係で他の患者達と同室で生活出来ないからだ。

 

エレベーターで最上階に上がると、廊下に何人かマスコミの番記者がいた。

「おやステイゴールド、見舞いに来たんですか?」

「…。」

記者連中を無視して、ゴールドは特別病室に入った。

 

今面会出来ますかと患者の担当医師に尋ねると大丈夫だと許可を受けた。

そのまま、ゴールドは患者がいる奥の病室へと向かった。

 

 

一番奥の病室に入ると、室内の患者はベッド上で読書をしていた。

「やっほー!スズカ、元気?」

「ゴールド!」

明るい笑顔で手を振りながら現れたゴールドを見て、清廉な表情で読書していた栗毛のウマ娘サイレンススズカは、頬に笑みを浮かべた。

 

「スズカ、読書中だったんだ。」

「うん。」

「何の本読んでたの?l

「トウカイテイオー先輩の自伝。」

「へー。」

本の表紙を見てなるほどと頷いた後、ゴールドは笑顔で見舞いの品を取り出した。

「ケーキ買って来たわ。一緒に食べよ!」

 

ステイゴールドとサイレンススズカ。

二人は、共に3年生の同期の親友。

トレセン入学前から同じウマ娘ジュニアスクール(トレセン学園入学前のウマ娘が通うスクール)に通っており、幼い頃からの知り合いだった。

 

今はチームこそ違うものの、親友関係は何ら変わってない。

普段はチームメイト含め誰に対しても礼儀正しく言葉使いも丁寧で学園の模範生といわれるスズカだが、ゴールドに対してだけは一つ屋根の下で暮らす姉妹のような素の態度で接している程、二人の関係は濃かった。

 

先の天皇賞・秋での大怪我後、スズカは奇跡的に一命を取り留めたが、まだ長期の治療が必要であり、その為ここに入院している。

特別病室にいるのは、まだ殆ど身体を動かせない状態であるのが大きな理由だ。

彼女との面会も、彼女のチーム仲間と生徒会、その他僅かな者しか現在許されていない。

ゴールドはチーム仲間ではないが、特にスズカと親しい者なので、面会を許されていた。

 

 

「今日来るとは驚いたわ。」

ゴールドが買ってきたケーキを一緒に食べながら、スズカはゴールドに話かけた。

「あはは、実は学園サボったの。」

「サボった?」

「風邪ひきましたーって担任に言ったら、お大事にしなって早退させてもらえたわ。」

スズカの枕元でパクパク食べながら、ゴールドはニッと笑った。

「え、もしかして仮病?」

「いや実際風邪気味だよ。全然大したことないけど。ヒクシュッ!…ね?」

言いながら、ゴールドはくしゃみした。

アハハと、スズカはおかしそうに笑った。

「なら明日来れば良かったのに。休日なんだから。」

「いや、土日はスペがずっとあんたの面倒見てるでしょ。あんたと二人きりの時間とるの大変そうだから今日来たの。」

 

そう言った後、ケーキを食べ終えたゴールドはずいっとスズカに身を寄せ、片腕で彼女の頭を抱き寄せた。

「良かったわ。前来た時よりスズカの顔色が良くなってて。」

「…。」

スズカはケーキを食べていた手を止め、頭上のゴールドの手を握った。

「私を支えてくれる皆さんのおかげよ。こんなになってしまった私を、絶望の底から救い出してくれたのだから。」

スズカの視線は、ベッドの毛布に隠れている自分の左脚に向けられた。

あの天皇賞で大怪我した左脚は、一月以上経った現在でも、まだ動かすことすら出来ない状態だ。

いつ完治するのか、その見込みもたってない。

一命を取り留めたのが奇跡だった程の重傷だから、それは当然だろう。

生きていることに感謝するべきだとも思う。

 

でも…

「…ゴールド、怖いよ。」

急に、ゴールドの手を握ったスズカの手が震えはじめた。

「もう、2度と走れないかもしれない。脚が悪化して、やっぱり助からないかもしれない。そう、毎日不安になってしまって、凄く怖いの…」

 

「大丈夫。」

スズカの震えている手の上に、ゴールドは更に手を重ねた。

「大丈夫だから。絶対大丈夫。だって、あんたには私がいるから。私が支えてあげるから。」

不安に震える親友にそう強く優しく言うと、ゴールドはニっと白い歯を見せた。

「拭えない不安や他人に言えない不安は、いくらでも私にぶちまけな。不安も何もかも全部吹っ飛ばしてあげるから。」

「吹っ飛ばす?」

「そーよ。“おい不安このヤロウ、スズカにファンは必要だけどな、お前ら不安はいらねんだーっ!”てね!」

本気なのか冗談なのか分からないが、ゴールドは明るい笑顔で答えた。


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