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ロイヤルビームが帰還した数日後のこと。
彼女の帰還の悲しみが濃く残る中、療養仲間達の間に衝撃が走る出来事が起きた。
その知らせを聞いたオフサイドですら、すぐには信じられなかった。
「何かの間違いじゃないんですか?」
「…いや、本当よ。」
医務室で、椎菜はその事実をオフサイドに告げていた。
「エクスプレスランドが、引退と帰還を決断した。」
「エクス先輩、引退だけではなかったんですか?」
「どうやら彼女、余生の引き取り先がなかったみたいなの。私も驚いたけどね。」
彼女自身それが信じられないのか、険しい表情で頭を抱えていた。
「…。」
オフサイドは医務室を飛び出し、エクスの病室へと向かった。
エクスの病室に着くと、エクスは後輩の病室仲間が見守る中、身の回りの整理を行っていた。
「エクス先輩。」
「オフサイド、やっぱり来たのね。」
現れたオフサイドを見て、エクスは静かに笑った。
「どうして、先輩が?」
オフサイドは茫然と立ち竦んで、エクスを見つめていた。
エクスプレスランド。
彼女はオフサイドの一つ先輩のウマ娘で、療養仲間の中では傑出した実績を持つウマ娘だった。
エクスは優れた素質と能力の持ち主で、入学時からそれなりの注目を集めていた。
選抜レースを経て優秀なチームに加入し、デビューを迎えると好成績を連発。
重賞でも好走しクラシックの有力候補にも挙げられた。
だが春のクラシック前に〈クッケン炎〉を発症、栄光への挑戦は叶わなかった。
それでも半年程の療養生活を経て症状が治まるとレースに復帰。
脚元の不安を抱えながらも奮闘し、重賞の常連になった。
しかし4年生になった直後、再度の〈クッケン炎〉を発症。
今度は重度のものであり、以後はレースに復帰することないまま、2年以上に渡り療養生活を続けていた。
通算では15戦ほどしか走ってないが実績はオフサイドと遜色ないものを残しており、療養ウマ娘の間では多くの羨望と尊敬を集めている存在だった。
オフサイドもその一人であり、チーム仲間以外では頻繁に接する相手でもあった。
そんなウマ娘であるエクスプレスランドが、引退を決断した。
それだけならともかく、帰還を選んだ。
これは椎菜もオフサイドも全く想定してなかった。
「どうして、帰還の選択を?」
「理由は一つしかないでしょ。私には余生を送れる場所がなかった。それだけだわ。」
「先輩程の実績を残したウマ娘が余生を送れないなんて、何かの間違いでは?」
「間違いじゃないわ。トレーナーも手を尽くしてくれたけど、その場所は見つからなかったみたい。ほんの短い期間だけならともかく、残りの余生全てを支えてくれる場所はね。」
「バカな…」
「そんな…」
オフサイドも、既にそれを知らされていたらしい周りの後輩ウマ娘達も茫然としていた。
「仕方ないわ。」
周囲の仲間達と対照的に、当事者のエクスは非常に冷静な様子だった。
「ある程度覚悟はしてた。私には血統の他に気性難という欠点もあった。それを補う程の実績は挙げれてなかったから。」
エクスの血統はそこまで凡庸ではないものの、ウマ娘の未来には特に必要とされない程度のものだった。
また彼女は、人間が苦手という弱点を抱えており、それが余生を送る上で大きな障害となっていた。
彼女が生き残る為には大きな実績を残して、他のウマ娘よりも平穏で自由な余生の環境を手に入れるしかなかった。
しかし彼女が残した実績は、全体的に見ればかなり優秀なものではあったが、その余生を手に入れられる程のものではなかった。
「まあ、私はそんなにショックは受けてないよ。」
エクスは整理する手を止めて、周囲の同胞達に笑みを見せた。
「私はそこまで余生に執着はなかったからさ。さっきも言ったように覚悟も出来てたし。第一、どんな生き物でもいつか必ずこの世界を去る運命なんだから。私は、その時を今に選んだだけよ。」
「…。」
エクスはそう言ったものの、オフサイドら周囲のウマ娘達は到底納得が出来ないのか、悲しさと無念に満ちた表情を並べていた。
その後、整理を終えたエクスは、オフサイドと病室を出て屋上に移動した。
二人は屋上に並んで立った。
「長い間世話になったわね、オフサイド。」
高原の景色を眺めながら、エクスはオフサイドに礼を言った。
「…。」
オフサイドはエクスの決断がまだ信じられないのか、何も答えなかった。
「病室の後輩達を宜しくね。皆忍耐強い子だけど、今回のことでショック与えちゃったから、しばらく面倒見て欲しいの。」
「…。」
「どうしたの?」
ずっと黙っているオフサイドを、エクスはちらと見た。
「エクス先輩。」
オフサイドはエクスを暗い表情で見上げた。
「余生の場所がなかったというのは本当なんですか?」
「?本当よ。」
エクスは平然と答えたが、オフサイドは言葉を続けた。
「とても信じられません。私以上の実績を残した先輩に、その場所が与えられないなんて。」
「あらあら。私とあなたとでは違うでしょ。私は血統ではあなたに劣るし、気性難も抱えている。それに実績だって、あなたの方が上よ。」
「私は先輩より数多く走れただけです。」
「それも含めて実績よ。全てを総合した結果、私には余生の場所がなかった。あなたとは違うのよ。」
数ヶ月前、撤回したとはいえ、引退しても余生の場所が用意されてたオフサイドと自分を比べるようにエクスは言った。
「…。」
オフサイドはつと俯いたが、すぐに顔を上げた。
「でも、何故今になってこの決断を?先輩の脚の状態は、復帰を断念する程深刻なものではなかった筈では。」
「脚はね。心と身体がもう限界なの。」
エクスは少しの悔しさもない、達観したような表情だった。
「もう少し頑張れば、復帰だけなら叶うかもしれない。でも、レースで結果を残せる自信はもうないの。かつての走りを体現できる自信がない。〈死神〉に奪われた歳月は余りにも長かったから。」
高原に視線を向けて、エクスは淡々と言った。
彼女は前述のように2年以上の療養生活を送っており、年齢は6年生の高齢になっていた。
「当然、結果が出なくてもレースを走りたいという思いはあるけどね。だけど私は…療養仲間にとって羨望を集めた実績と走りを残したウマ娘として、無様なレースを残すことは許されないと思った。だから、復帰は諦めたの。」
「どれぐらい前からですか?」
「1年ぐらい前からかな。復帰よりも〈死神〉と闘う同胞達を支えながら引退までの日々を送ることに決めたの。トレーナーにもその意志は伝えてて、私の余生が送れる場所を探してもらってたわ。」
「その場所が、見つからなかったんですね…。」
オフサイドは落胆した表情で溜息を吐いた。
「悲しむことはないってば。言ったでしょ?私はその覚悟は出来てたし。むしろ見つかれば幸運だと思ってた位だから。」
慰めるように、エクスはオフサイドの肩を優しく叩いた。
「…。」
エクスの一連の言葉を聞き、オフサイドは深く考え込んだ表情で、高原の景色に眼をやっていた。
「どうしたの?」
「もしかして先輩は、」
エクスの尋ねに、オフサイドは景色に目をやったまま意を決したように口を開いた。
「エクス先輩は、還ることが目的で、療養生活を送っていたのですか?」
「え?」
「先に帰還した、スピアー先輩とフライト先輩の後を追う為に。」
「…。」
オフサイドの指摘に、初めてエクスの顔色が変わった。
重い沈黙が二人の間に流れた。
やがて。
「流石はオフサイドトラップね。恐ろしい洞察力だわ。」
やや青ざめた表情に、ふっと微笑を浮かべて、エクスは口を開いた。
「最も、最初からそうじゃなかったけどね。私だって、二人の無念を晴らす為に、〈死神〉との闘いを続けてたから。」
そういうと、エクスは空を仰いだ。
込み上げたものを堪えるように。
オフサイドに同期のチーム仲間が二人いるように、エクスにも同期のチーム仲間が二人いた。
その仲間の名はデンコウスピアーとコスミフライト。
いずれもエクスと同じく優れた素質を持つウマ娘で、チーム仲間として競い合った親友だった。
しかし二人とも、既にこの世にいない。
スピアーは3年生の7月に、フライトは4年生の11月に帰還した。
帰還理由は二人とも〈クッケン炎〉による未来不良だった。
「あなたとブライアンとローレルみたいに、私達三人も栄光の舞台で闘うことを誓いあっていた仲だったわ。でも、次々と〈死神〉の餌食になってしまった。私は一度〈死神〉を克服出来たけど、スピアーとフライトは遂に〈死神〉に勝てないまま、絶望に追い詰められて帰還してしまったわ…。」
亡き仲間との記憶を思い返しながら、エクスは先程までと違い影のある口調で言葉を続けた。
「二人の分も胸に、私はなんとしても〈死神〉に勝ちたかった。ずっとその思いだけで闘い続けてた。でも、私の脚に巣喰った〈死神〉はそれを許さなかった。」
「心が折れたのはいつ頃ですか。」
「さっきも言ったように1年ぐらい前かな。5年生での復帰が絶望的になって、それで心が折れた。自分は栄光の舞台には上がれない運命だったんだなって。」
「…。」
「その後はさっきも行ったように、療養仲間達を支えながら、引退後の余生を模索した。それも叶わなかったけど。…でも、もういいかなって思ったの。」
「“いいかな”?」
「ここまで頑張ったから、スピアーもフライトも受け入れてくれるかなって思ってね。」
エクスの頬にまた、達観したような微笑が浮かんでいた。
「本当に、もういいんですか?」
「オフサイド、あなたと私は違うのよ。」
実績も能力も自らとさほど変わらない後輩に、エクスは静かに言った。
「あなたの仲間は生きてる。でも私の仲間は、もうこの世界にいないのだから。」
その言葉を残すと、エクスはその場を去り、屋上を出ていった。
「…。」
一人残されたオフサイドは松葉杖で身体を支えながら、空の彼方へ沈みゆく夕陽を暗い表情で眺めていた。