1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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黄金と神速(2)

 

「さすがゴールドね。」

 

明るく励ましたゴールドに、スズカの震えは止まり、再び微笑がもれた。

「同期一元気なウマ娘と呼ばれるだけあるわ。」

「そりゃ、クラスのダチから『勝負強さのステータスを体力に全振りしたアカンコちゃん』なんて言われてる私だしねー。」

枕元のイスに戻り、ゴールドは自虐も込めて笑った。

「まあその体力バカの座も、コマンダーにとられそうだけど。」

「スエヒロコマンダーさんに?」

「ああ、アイツやばいよ。まだ2年生なのに通算でもう24戦走ってんだから。」

「24戦も⁉︎」

「めっちゃ燃えてるのよ。“来年こそはスペもエルもみんな倒すー”って。」

「へー、相変わらず元気なのね。」

 

そう笑ったあと、スズカはふと思い出したように言った。

「オフサイド先輩は元気?」

 

「え…まあ、元気よ。」

ゴールドは表情こそ変えなかったが、一瞬口籠もってしまった。

「?どうしたの?」

ちょっと気になったようにスズカが尋ねると、ゴールドはなんでもないよと笑顔で手を振った。

「ふーん…。」

スズカはそれ以上は気にせず、窓の外の山並みの景色に眼をやりながら、ぽつりと呟いた。

「会いたいな、オフサイド先輩に。」

 

「オフサイド先輩と?」

「うん。」

ゴールドの顔に汗が浮かんでいたが、外の方を向いているスズカはそれに気づかず、続けた。

「あの天皇賞、優勝したのがオフサイド先輩だったんでしょ?」

「あ、…うん。」

「だいぶ最近になってからそれを知ったんだけど、凄く嬉しかったわ。私がこんなになっちゃたからまだ何も言えてないけど、早く会ってお祝いしたいな。凄いよ、オフサイド先輩。」

「…うん。」

ゴールドはそっと汗を拭きながら、小さく頷いた。

 

「会いたいな。会いたいよ、オフサイド先輩に。」

そう呟き続けると、不意にスズカはゴールドを向いた。

「ねえ、何でオフサイド先輩は来ないの?」

「え?」

「トレーナーさんも、スペさんも、その他の皆さんも、ゴールドも頻繁にお見舞いに来てくれて、凄く嬉しい。けど、どうしてオフサイド先輩だけは来てくれないの?」

オフサイド先輩なら真っ先にお見舞いに来てくれる筈なのにと、スズカは寂しそうに言った。

 

「あ、あのねスズカ、」

ゴールドは努めて表情を変えず、ぎこちなくも笑顔で答えた。

「まだ、スズカと面会出来る者は限られているの。オフサイド先輩は…」

「え、オフサイド先輩は面会許されてないの?」

じゃあ私が面会したいとお願いすれば、とスズカ言おうとすると、ゴールドは慌ててそうじゃないよと首を振った。

「えーと、オフサイド先輩はね、天皇賞の後は取材やら何やらで色々忙しくて、なかなか時間が空かなくてね。それでまだ来れないの。ほら、スズカも宝塚記念の後そうだったでしょう?」

「うん。でも,そんなに長く忙しくはなかったけど。」

既に天皇賞からは一か月以上経っている。

そのことをスズカが指摘すると、

「それはほら、オフサイド先輩は史上最年長の天皇賞制覇だったし、他にも色々とエピソードがあるし、それへの世間の関心が強くてね。未だに引っ張りだこなのよ。」

ゴールドは思考を巡らせてなんとか答えた。

 

「そうなんだ。じゃ、仕方ないね。」

スズカはまだ少し疑ってそうだったが、どうやら納得したようだ。

「うん、仕方ないの。」

ゴールドはスズカの頭をよしよしと撫でながら、続けて言った。

「落ち着いたら、オフサイド先輩もすぐにスズカをお見舞いしたいみたいだからさ。」

「ほんと?」

パッと、スズカの表情が明るくなり、それから胸に手を当ててほっと吐息をついた。

「良かった。オフサイド先輩、そう思ってくれてたんだ。」

「え、何か心配してたの?」

「いや、もしかして私、オフサイド先輩に嫌われたのかなと思ってて。チーム離脱のこと、本当は快く思われて…」

 

「絶対それはないよ!」

スズカの言葉を遮り、ゴールドは大きな声を出した。

ちょっと驚いたスズカに構わず、ゴールドは彼女の両肩を強く握るとぐいっと顔を近づけた。

「オフサイド先輩は、そんな些細なことで誰かを恨んだりしないわ。スズカのことだって間違いなく愛してる。あの人は世界一優しい、そして強いウマ娘なんだから!」

 

「…どうしたの?」

急に語気が変わった親友に対し、スズカは戸惑った表情を浮かべた。

「あ、ごめん。」

ゴールドは慌てて手を離した。

取り乱しかけてしまった…

フーッと胸の中で大きく深呼吸すると、改めてスズカを見た。

「とにかく、そういう訳でまだオフサイド先輩はお見舞いに来れないの。でもいつか、必ず来てくれるから待っててね。」

 

「ありがとう。」

スズカはニコッと、彼女特有の清らかな微笑を浮かべた。

「楽しみに待ってるわ。」

「そうね。スズカもちゃんと元気になるんだよ。」

「うん。頑張ってる姿を、オフサイド先輩に見てもらいたいな。」

そう言うと、スズカは再び窓の外へ眼を向けた。

 

その後ろで、ゴールドは気づかれないように目元を拭っていた。

 


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