「さすがゴールドね。」
明るく励ましたゴールドに、スズカの震えは止まり、再び微笑がもれた。
「同期一元気なウマ娘と呼ばれるだけあるわ。」
「そりゃ、クラスのダチから『勝負強さのステータスを体力に全振りしたアカンコちゃん』なんて言われてる私だしねー。」
枕元のイスに戻り、ゴールドは自虐も込めて笑った。
「まあその体力バカの座も、コマンダーにとられそうだけど。」
「スエヒロコマンダーさんに?」
「ああ、アイツやばいよ。まだ2年生なのに通算でもう24戦走ってんだから。」
「24戦も⁉︎」
「めっちゃ燃えてるのよ。“来年こそはスペもエルもみんな倒すー”って。」
「へー、相変わらず元気なのね。」
そう笑ったあと、スズカはふと思い出したように言った。
「オフサイド先輩は元気?」
「え…まあ、元気よ。」
ゴールドは表情こそ変えなかったが、一瞬口籠もってしまった。
「?どうしたの?」
ちょっと気になったようにスズカが尋ねると、ゴールドはなんでもないよと笑顔で手を振った。
「ふーん…。」
スズカはそれ以上は気にせず、窓の外の山並みの景色に眼をやりながら、ぽつりと呟いた。
「会いたいな、オフサイド先輩に。」
「オフサイド先輩と?」
「うん。」
ゴールドの顔に汗が浮かんでいたが、外の方を向いているスズカはそれに気づかず、続けた。
「あの天皇賞、優勝したのがオフサイド先輩だったんでしょ?」
「あ、…うん。」
「だいぶ最近になってからそれを知ったんだけど、凄く嬉しかったわ。私がこんなになっちゃたからまだ何も言えてないけど、早く会ってお祝いしたいな。凄いよ、オフサイド先輩。」
「…うん。」
ゴールドはそっと汗を拭きながら、小さく頷いた。
「会いたいな。会いたいよ、オフサイド先輩に。」
そう呟き続けると、不意にスズカはゴールドを向いた。
「ねえ、何でオフサイド先輩は来ないの?」
「え?」
「トレーナーさんも、スペさんも、その他の皆さんも、ゴールドも頻繁にお見舞いに来てくれて、凄く嬉しい。けど、どうしてオフサイド先輩だけは来てくれないの?」
オフサイド先輩なら真っ先にお見舞いに来てくれる筈なのにと、スズカは寂しそうに言った。
「あ、あのねスズカ、」
ゴールドは努めて表情を変えず、ぎこちなくも笑顔で答えた。
「まだ、スズカと面会出来る者は限られているの。オフサイド先輩は…」
「え、オフサイド先輩は面会許されてないの?」
じゃあ私が面会したいとお願いすれば、とスズカ言おうとすると、ゴールドは慌ててそうじゃないよと首を振った。
「えーと、オフサイド先輩はね、天皇賞の後は取材やら何やらで色々忙しくて、なかなか時間が空かなくてね。それでまだ来れないの。ほら、スズカも宝塚記念の後そうだったでしょう?」
「うん。でも,そんなに長く忙しくはなかったけど。」
既に天皇賞からは一か月以上経っている。
そのことをスズカが指摘すると、
「それはほら、オフサイド先輩は史上最年長の天皇賞制覇だったし、他にも色々とエピソードがあるし、それへの世間の関心が強くてね。未だに引っ張りだこなのよ。」
ゴールドは思考を巡らせてなんとか答えた。
「そうなんだ。じゃ、仕方ないね。」
スズカはまだ少し疑ってそうだったが、どうやら納得したようだ。
「うん、仕方ないの。」
ゴールドはスズカの頭をよしよしと撫でながら、続けて言った。
「落ち着いたら、オフサイド先輩もすぐにスズカをお見舞いしたいみたいだからさ。」
「ほんと?」
パッと、スズカの表情が明るくなり、それから胸に手を当ててほっと吐息をついた。
「良かった。オフサイド先輩、そう思ってくれてたんだ。」
「え、何か心配してたの?」
「いや、もしかして私、オフサイド先輩に嫌われたのかなと思ってて。チーム離脱のこと、本当は快く思われて…」
「絶対それはないよ!」
スズカの言葉を遮り、ゴールドは大きな声を出した。
ちょっと驚いたスズカに構わず、ゴールドは彼女の両肩を強く握るとぐいっと顔を近づけた。
「オフサイド先輩は、そんな些細なことで誰かを恨んだりしないわ。スズカのことだって間違いなく愛してる。あの人は世界一優しい、そして強いウマ娘なんだから!」
「…どうしたの?」
急に語気が変わった親友に対し、スズカは戸惑った表情を浮かべた。
「あ、ごめん。」
ゴールドは慌てて手を離した。
取り乱しかけてしまった…
フーッと胸の中で大きく深呼吸すると、改めてスズカを見た。
「とにかく、そういう訳でまだオフサイド先輩はお見舞いに来れないの。でもいつか、必ず来てくれるから待っててね。」
「ありがとう。」
スズカはニコッと、彼女特有の清らかな微笑を浮かべた。
「楽しみに待ってるわ。」
「そうね。スズカもちゃんと元気になるんだよ。」
「うん。頑張ってる姿を、オフサイド先輩に見てもらいたいな。」
そう言うと、スズカは再び窓の外へ眼を向けた。
その後ろで、ゴールドは気づかれないように目元を拭っていた。