1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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『第7章・下』
修羅(1)


*****

 

夕方前、トレセン学園。

緊迫感に包まれた中、渡辺椎菜が学園に訪れた。

 

「よく来て下さいましたわ。」

来訪した椎菜を、メジロマックイーンは生徒会室で迎え入れた。

間近に迫った会見では生徒会と共に椎菜も出席することにしており、その事については道中で綿密に連絡を取りあっていた。

「この度の断行についてはあなたの協力が不可欠でした。我々の決断を理解して頂き、ウマ娘の代表として感謝します。」

 

「私があなた方の決断を尊重するのは当然です。」

マックイーンが差し伸べた手を、椎菜は強く握り返した。

「もうこれ以上、歴史の停滞に耐えることが出来ませんでしたから。私達人間の罪も、あなた方ウマ娘の罪も、裁かれる時が来るべきです。」

「フッ…」

椎菜の言葉と、その荒野の果てのような雰囲気を感じ、マックイーンは口元に影の深い笑みを浮かべた。

 

 

その後、椎菜とマックイーンら生徒会役員は、会見に向けての最後の打ち合わせを始めた。

 

ただ、この場にいた生徒会役員は4人しかいなかった。

前々より別の場所に派遣されていたミホノブルボンとビワハヤヒデの他に、2人の役員が欠けていた。

椎菜はそのことに気づいていたが、言及はしなかった。

 

やがて打ち合わせが終わると、マックイーンは生徒会室を出ていった。

 

 

…。

マックイーンが出ていった後、椎菜は残った生徒会役員の様子を見渡した。

誰もが、肌に刺さる位の緊張感を醸し出していた。

ウマ娘の歴史が始まって以来の非常事態、その中心に置かれた者としての責任と重圧をまともに受けているように見えた。

 

「初めましてだね、ヤマニンゼファー。」

椎菜は、特に表情が蒼白な生徒会役員に目を向け、声をかけた。

「初めまして、渡辺椎菜医師。」

声をかけられたヤマニンゼファーは、軽い会釈で返した。

「大分顔色良くないわね。そんな状態で動ける?」

「ご心配はいりません。緊張してるだけで、本番はしっかり動けますから。」

生徒会の意地か、ゼファーは蒼白な表情ながらも毅然とした態度を保っていた。

 

「強いですね、ゼファー先輩。」

ゼファーの隣に座っているマヤノトップガンが口を開いた。

彼女の方は、表情はそこまででもないが緊張はかなりしている様子だった。

「私が先輩の立場だったらこの場から身を退いてるのに、その責任感は流石です。」

「あなたは私と同じ立場の筈だけど。」

「私は先輩程、意志が固いウマ娘ではありませんから。状況によって変わることはさほど難しくないです。あれ程強固に自分の意志を表しておきながら、生徒会の役目を果たそうとするとは…」

 

「それ以上は言わないで、トップガン。」

ゼファーはトップガンを睨み、両手を握り締めながら絞るように声を出した。

「本当は、私だって身を退くことを考えていたのだから。」

 

「ゼファー、」

メジロパーマーが、心から労わるような視線をゼファーに送っていた。

「あなたが現場に留まってくれるだけでも大きな力になってるよ。本当によくやってくれてる。」

「…ヘリオス先輩とルビー副会長がいなくなった以上、私までこの現場を去る訳にはいきませんから。」

ゼファーは視線を上げずに答えた。

 

…やっぱりか

彼女らの会話を聞いて、椎菜は生徒会で内紛があったことを察した。

いくら結束の固い生徒会といえども、これほどの大事を前にしては、そればかりは避けられなかったか。

 

「ご心配なさらず。」

椎菜が察したことを感じとり、パーマーが彼女に言った。

「ダイイチルビーとダイタクヘリオスは、別の場所に派遣されただけですから。」

「別の場所へ派遣?」

「ええ。」

椎菜は怪訝に思ったが、パーマーはその詳細は言わずに言葉を続けた。

「内紛が起きたのは事実ですが、生徒会は誰一人として、ウマ娘の未来を左右するこの闘いから逃げ出してはいません。」

「そう…あなた達、本当に闘えるのかしら?」

椎菜は、腕を組みながら再度尋ねた。

 

「闘えます。」

椎菜の問いかけに、ゼファーが汗を拭いながらはっきりとした声で答えた。

「側から見れば私などは信用出来ないかもしれないでしょう。ですが、私はどんな状況でも最善を求め続けるウマ娘。だから現場から身を退くことなど出来ません。この闘いを歯止めなく悪い方向に向かわせない為にも。」

言いながら、ゼファーは会見の内容が記された書類を手に取った。

「やれるだけの事はやります。強硬姿勢の生徒会長から出せるだけの譲歩も引き出しましたから。」

 

先程、生徒会内の打ち合わせの前に、パーマーがゼファーとトップガンに頼んだ会見内容の代案の作成。

短時間ではあったが二人はそれを作成し、打ち合わせでマックイーンに見せていた。

内容の大筋は変わらないものであったが、幾つかの内容は表現などが抑えられるなど最大限の配慮がなされているものであり、マックイーンはそれを受け入れた。

会見内容でマックイーンと対立していたゼファーも、その譲歩を引き出したことで、それ以上の反対の態度を示すのは止めることにした。

 

「今後も、私は出来うる限りの自分の役目を務めます。その意志だけは絶対に折れません。だから、大丈夫です。」

ゼファーはそこまで言い切ると、ふっと息を吐いて心を落ち着かせるように眼を閉じた。

椎菜もパーマーもトップガンも沈黙し、室内は再び重い静寂に満たされた。

 

 

「…。」

静寂の中、椎菜はスマホを取り出し、現在の世論の状況を見た。

ネットニュースやSNSは、トレセン学園が下した断行や間もなく行う会見について溢れかえっていた。

その内容は、相変わらず学園の行動に否定的なものが多かった。

 

秋天とその騒動から大分時間が経ったものの、依然としてオフサイドトラップへの非難の声は根強く、彼女を庇い断行を下した学園への非難は更に強かった。

 

『ファンの声を無視』『人間への叛逆』『夢を与えるという意識の欠落』

などと言った言葉を並ベ、レースの開催中止や学園の解散を求める勢力すらあった。

 

「…。」

一通り見終えると、椎菜はスマホを閉じた。

華やかな部分にしか意識を向けてこなかった人間達が何を見苦しいことをと、同じ人間ながら思った。

心のどこかでずっとウマ娘を下の種族に見てた傲慢さが透けて見える気がした。

ウマ娘達が背負う苦悩と末路に、人間は同情しか示さなかった。

苦悩を理解しようとせず救いの手を差し伸べなかった。

その溜まりに溜まった負の蓄積が、今度の秋天における騒動によって爆発したというのに。

 

…私達は、その報いを受けなければならない。

椎菜は、何百人ものウマ娘の帰還を執行した自らの腕を見つめた。

 

 

しかし…

椎菜は、再び生徒会の面々を見回した。

彼女達にとっての正念場は、この人間との対決ではないのだ…

 

彼女達にとって真の正念場は、帰還を決断したオフサイドに巣食った膨大な〈死神〉との対峙なのだいうことを、椎菜は薄々感じていた。

『…ウマ娘達にとって最悪の〈死神〉、それがオフサイドの中に存在してしまっている…』

マックイーンから、現在のオフサイドの状態をそのように伝え聞いていたから。

 

“最悪の〈死神〉”…

椎菜は、その存在を知っていた。

なぜなら彼女自身、幾多のウマ娘の帰還を見届ける中でその存在に気づいていたから。

そう、ウマ娘達が最も忌むべきものである、負の心に満たされた〈死神〉に。

そして、それをオフサイドが背負ってしまったことも。

 

彼女の中で蓄積された膨大な負の〈死神〉が爆発したらどうなるか。

それは椎菜にも予測出来ない。

『大償聲』という言葉で表される程の、途轍もない惨劇をもたらすものであるということ位しか分からない。

 

…。

椎菜は目元に手を当てた。

昨晩、それに近い事が療養施設で起きかけた。

それは寸前で阻止されたが、オフサイドのそれは阻止出来る類のものに思えなかった。

少なくとも、自分達人間ではどうしようもないものに思えた。

 

それを止められるのはオフサイド自身か、彼女と同じウマ娘達だけ。

なんという苦境だろうかと、椎菜は彼女達に対して憐憫と罪悪感を心の底から感じた。

 

私に出来ることは…

罪悪感に浸されゆく中、椎菜は唇を結んだ。

私に出来ることは、彼女達の未来の為に闘うこと、盾となってウマ娘達を守ること。

それが、一人でも多くのウマ娘を救う為に人生を捧げてきたこの私の使命だと、椎菜は自分に言い聞かせた。

 

 

「そろそろ時間ね。会見の場に移動しよう。」

やがてパーマーが、一座を見渡しながら立ち上がった。

「マックイーンは?」

「生徒会長は会場で合流すると連絡が来ています。」

「…そう。」

椎菜達もゆっくりと立ち上がった。

 

 

***

 

 

…いよいよですわね。

 

学園の廊下。

窓の外の夕暮れを、マックイーンは一人見つめていた。

 

ウマ娘の未来の為に、閉ざされてきたパンドラの箱を開ける時が遂にきた。

負の歴史に終止符をうつ為の闘いが始まる。

 

「プレクラスニー、いきますわ。」

亡き盟友の幻影に語りかけ、マックイーンは会見の場へと向かっていった。

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