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場は変わり、療養施設。
療養施設の大広間には、怪我・病気療養ウマ娘達のほぼ全員が集まっていた。
彼女達を集めたのは、ミホノブルボン・ダンツシアトル・ホッカイルソーらだった。
「皆さんも知っていることだと思いますが、間もなく生徒会が会見を行います。」
集まった療養ウマ娘達を前に、ブルボンが話し始めた。
「前もって伝えておきますが、会見の内容は非常に重大なものになる予定です。今後のウマ娘界の未来を揺るがす内容といっても過言ではありません。」
「…。」
ブルボンの言葉に、療養ウマ娘達は騒めいた。
騒めく彼女達に、ブルボンは続けた。
「特に、あなた方療養ウマ娘達に対して、学園が抱えていた深刻な事実が明らかにされる予定です。」
「どういうことですか?」
ブルボンの言葉に、療養ウマ娘達は更に騒めき、質問を始めた。
「その内容は、今ここで伝えることは出来ないんですか?」
「全ては生徒会の会見で明らかになりますので、ここでは控えます。」
「ほんの少しでも…」
「事前に詳細をお伝えすることは出来ません。」
彼女達の質問に対し、ブルボンは明確に答えようとはしなかった。
「そんな…。」
ブルボンの対応に、騒めいていた療養ウマ娘達の雰囲気が、段々と不穏なものになっていった。
「そんなに不安を煽って、一体何がしたいんですか?」
「なんか、私達の要望が蔑ろにされてる感があります。」
「はっきり言って、生徒会は秘密主義過ぎです。」
療養ウマ娘達は生徒会役員であるブルボンに対して、不信感を込めた視線と言葉を次々と浴びせた。
「いや、会見云々もそうですが、ここ最近この療養施設で立て続けに起きている不穏な出来事についても、我々に教えくれますか?」
別の質問が、ブルボンに飛んできた。
「…。」
ブルボンの微動だにしなかった表情が、その質問で僅かに動いた。
その変化を見逃さず、療養ウマ娘達は更に質問を続けた。
「間違いなく、今回の生徒会の会見と関連がありますよね?恐らく天皇賞・秋の騒動関係で、サイレンススズカに何かあったんでしょう?少なくともそのことに関しては、私達にも伝えて欲しいです。」
「あと、出来ればオフサイドトラップ先輩のことに関しても教えて欲しい。」
「他にも、最近様子がおかしいスペシャルウイークのこととか、今朝から全く姿の見えないライスシャワー先輩についても知りたいです。」
「…答えられ、ますよね?」
次々と質問する療養ウマ娘達は。徐々に不穏な雰囲に満ちはじめていた。
まるで真っ黒な塊のようになっていくように思えた。
「サイレンススズカは、昨晩容態が悪化しました。」
変わりゆく雰囲気に動じず、ブルボンは努めて自然な口調で、一つの質問に答えた。
「えっ…」
息を呑んだ療養ウマ娘達に、ですがとブルボンは続けた。
「現状、容態は一旦落ち着きました。依然予断を許さない状況ですが、危機は脱した模様です。」
「…一体何があったんですか?」
「その詳細については、こちらからは教えられません。」
「なんでですか?それぐらいならば…」
「…。」
ブルボンは無言で首を振って、その要求を断った。
「お願いです!どうかスズカ先輩のことだけは教えて下さい!」
スズカを慕っている怪我療養ウマ娘達が色めき立った。
「ここ連日、スズカ先輩の病室から異様な物音と不穏な騒ぎが聞こえました。怪我以外に悪いことがあったに違いないです!」
「幾らなんでも隠し過ぎです。ここで生活している私達の身にもなって下さい!」
「…やめなよ。ワガママだし見苦しいよ。」
色めきたっている怪我療養ウマ娘達に対し、冷や水を浴びせるように言葉をかけたのは、病気療養ウマ娘達だった。
「…なんで?」
怪我療養ウマ娘達は、視線を病気療養ウマ娘達に向けた。
「だって、今のブルボン先輩の答えからして、少なくともスズカは今の所は大丈夫そうだって分かるじゃん。」
病気療養ウマ娘達は、乾いた口調で怪我療養ウマ娘達に言葉を続けた。
「彼女のことは、沖埜トレーナーや生徒会やライスシャワー先輩達がつきっきりで看護してるだろうし、あんた達が心配する程のことでもないよ。」
「サイレンススズカのことはウマ娘界の総力を挙げて守ろうとしてるんだからさ。」
その言葉は、宥めるというにはかなり歪んだものが混じって聞こえた。
「…なんか言いたげね、病気療養ウマ娘達。」
怪我ウマ娘達は、病気療養ウマ娘達に不信感を抱いたような口調で言い返した。
「随分と含んだような言い方するじゃない。言いたいことあるならはっきり言いなよ。」
「別に。穿った見方される程の意味は込められてないよ。サイレンススズカが無事であって欲しいという思いは私達だって同じだからさ、怪我療養ウマ娘達。」
病気療養ウマ娘達は、動じずに言い返した。
「だって、オフサイドトラップ先輩と違って学園総力を挙げて保護されてるんだもん。無事であってくれないとおかしいし、こちらとしてもやりきれないよ。」
「…はあ?」
「なにか反論でも?」
不穏な言葉の応酬と同時に、怪我・病気療養ウマ娘達双方の群れから険悪な雰囲気が溢れ出していた。
「…っ」
今までにない不穏な空気を感じ、ブルボンはハッと息を呑んだ。
「やめなさい。」
間髪入れず、ブルボンの傍らにいたシアトルが、落ち着いた口調で口を開いた。
「病気療養ウマ娘も怪我療養ウマ娘も落ち着きなさい。ウマ娘同士で歪みあってはならないわ。」
「…。」
重度の怪我と病気の経験者であるシアトルの指示に、双方のウマ娘達とも黙ったが、険悪な雰囲気は収まらなかった。
緊迫感の中、シアトルは療養ウマ娘達に言葉を続けた。
「ここで起きた一連の出来事の詳細については。生徒会の会見が終わったら皆に伝える予定だわ。あなた達の不安はよく分かるけど、今は心を保つことに各々集中して欲しい。」
「“心を保つ”?」
シアトルの言葉に、療養ウマ娘達は険悪な空気を彼女に向けた。
「その言葉から察するに、会見だけでなくこの療養施設で起きている事も相当深刻なようですね?」
「ええ、その通りです。」
包み隠さず、シアトルは頷いた。
「…参ったね。」
シアトルの返答を聞き、療養ウマ娘の何人かが諦めかけたような笑みを浮かべた。
「ただでさえ折れそうな心を必死に保ってたのに、次々と容赦ない現実が心を折りにくるなんてさ。…終わりかもね、何もかも。」
敵意に満ちた険悪な雰囲気、露わになり始めた同胞同士の亀裂、絶望に染まった諦念。
それらのものが、療養ウマ娘達の間に溢れ始めていた。
…遂に始まったのか。
変貌してゆく療養ウマ娘達の様子を前に、ブルボンもシアトルもルソーもそれをはっきりと感じた。
「『大償聲』…か。」
松葉杖をついたルソーは、療養ウマ娘達の姿から目を逸らさそうとはしなかったが、杖を握る手を震わせながらぽつりと呟いた。
***
「始まったね。」
「ええ…」
大広間から少し離れた療養施設内のルソーの病室には、ヤマニングローバル・マイシンザン・フジヤマケンザン・ステイゴールドの四人がいた。
大広間にいる療養ウマ娘達の雰囲気が変わりゆくのを、四人とも肌で敏感に感じとっていた。
「これが、心の〈死神〉というものか。恐ろしいね。」
「なんだか、私達の心と魂までも侵食されていくような…そんな悪寒がします。」
グローバルとマイシンは胸元に手を当てた。
彼女達ほどのウマ娘でも、雰囲気の変貌に恐れを感じていた。
「果てしない絶望と悲嘆、それに抗う唯一の方法は、“守る”という強固な意志と決意を貫くことです。」
彼女らの後輩であるケンザンは、慄えを抑えて気丈に言った。
「サイレンススズカを最期まで守ったライスシャワーのように、自己犠牲すら厭わない程の決意を。」
「ライス先輩…」
先輩達の傍ら、ベッド上にいるゴールドも慄えを堪えながら、昨晩散った偉大な先輩を思った。
私は…
ゴールドは掌を結んで俯いた。
ライスと違い、自分のその意志は粉々に壊れた。
心境面も、今は抜け殻のように虚な状態になっている。
だけど、闘う場所がなくなったわけではないんだ。
だからもう一度、心に灯火を…
折れかかった心の中、ゴールドは懸命に祈った。
「そろそろ、会見の時間だね。」
陽が暮れる頃、室内のテレビの電源が入れられた。