「…帰還?」
「ええ。未来に絶望しただけでなく、希望だった存在まで蔑ろにされた果て、心が折れて帰還を選択した療養ウマ娘が何人もいました。」
心が崩れ、血が冷たくなっていくような感覚を覚えながら、椎菜は言った。
「ちょっと、渡辺椎菜医師…」
椎菜の話の内容と言葉の表現に、報道陣達はこれまでと違う動揺を見せだした。
話の内容がメディアで流していい範囲を逸脱してきているからだ。
「生徒会長、これ以上この話を続けてもいいんですか?」
自制させるよう、報道陣達はマックイーンに促した。
「渡辺椎菜医師、続きをどうぞ。」
報道陣の注意を無視し、マックイーンは瞑目したまま椎菜に続きを促した。
マックイーンの促しを受け、椎菜は更に言葉を繰り出した。
「現在も同様の危機にある療養ウマ娘は多数います。これまでは我々施設内部で対応にあたっていましたが、もうこれ以上は支えきれそうにありません。」
なので私はこの場に来たのだと、椎菜は周囲を見渡した。
「理不尽にオフサイドを誹謗中傷したことへの対応は学園が既に執行していますが、騒動の影響で苦境に陥っている療養ウマ娘達を守る者としてはそれでは納得がいきません。…狂信的な人間側だけでなく、対応がここまで遅れた学園側にも、その責任を果たして頂きます。」
「…!」
椎菜のその言葉に、マックイーン以外の生徒会役員達は緊張感が走った視線を彼女に向けた。
生徒会の視線を全く意に介さず、椎菜は更に言葉を続けた。
「それだけではありません。長年の間、学園上層部に有象無象扱いされてきたウマ娘達への贖罪も、果たして頂きます。…メジロマックイーン生徒会長。」
そこまで言い切ると、椎菜は言葉を止め、傍らで瞑目したままのマックイーンに視線を向けた。
鬼気迫ったものが彼女の瞳に宿り、マックイーンを刺すように見つめていた。
***
「…椎菜先生。」
「これは、まさか…」
療養施設。
中継を観ていた療養ウマ娘達は、これまで見たことない程に豹変した椎菜の様子に驚愕していた。
療養ウマ娘達は、椎菜は生徒会と組んでオフサイドを擁護する為に会見に出席したのだと思っていた。
それは当たっていたが、更に学園までもを糾弾するとは誰も予測してなかった。
「今回の会見、どうやら本当に覚悟が必要な内容になりそうね…」
「…うん。」
先程、大広間でシアトル達が話したことが一層真実身を帯びてきたことに、療養ウマ娘達は更に緊張した。
「嫌だ、怖い…。」
「しっかりしな。」
既に絶望に覆われかけてる後輩ウマ娘を、先輩ウマ娘達が支えるように抱きしめていた。
療養ウマ娘の誰もが、恐ろしい予感に身体を震えさせていた。
「…それにしても、」
中継を観ている一人が、椎菜の姿を見て愕然と声を漏らした。
「先生がこんな感情を露わにしてるの初めて見たわ。」
「いや、椎菜先生ならこれほどの感情をもっててもおかしくないよ、だって先生はさ、」
驚愕しつつ、療養ウマ娘達はその理由が分かっていた。
「私達の同胞を、何百人もその手で帰還させてきたんだから。」
療養ウマ娘達は、この最果ての地で椎菜が執り行ってきたことを誰もが知っていた。
だけど、彼女のことを恨んでいる者はいない。
むしろ、彼女がそれを執り行うことで背負ってきたものに対する憐憫と同情を感じていた。
しかし。
「そう、帰還させたんだよ、椎菜先生は。」
「長年の間、絶望の底に落ちた同胞達を、ただひたすらね…」
療養施設内を覆う冷たく不穏な空気は、療養ウマ娘達の心を徐々に変貌させていた。
***
再び学園。
「…何をする気ですか、渡辺医師。」
椎菜の不穏な雰囲気を感じて、危険を察知したパーマーが、マックイーンを庇うように身を乗り出した。
「構いませんわ。」
瞑目していたマックイーンは少しも動じていない様子でパーマーを退がらせ、そしてようやく瞳を開いた。
瞳を開くと、マックイーンは椎菜ではなく報道陣達へ視線を向けて、ゆっくりと口を開いた。
「ただ今渡辺椎菜医師の言葉にありました通り、秋天後の騒動は療養施設に深刻な影響を与えています。学園としましては、このような事態を招いてしまったことへの責任をとらねばなりません。」
「…。」
会見の内容が本題とずれてきているが、椎菜と生徒会が醸し出した異様な雰囲気と張り詰めた空気に、報道陣達は口を挟めなかった。
そして、マックイーンは自然な口調で宣言した。
「その責任をとる為にまず、学園がこれまで表に出さなかったウマ娘界の負の部分、『故障などで競走能力を失った生徒達の末路』について、この場で公表いたします。」
***
「言いました、か。」
「…ええ。」
学園から遠く離れた、ハイセイコーの屋敷。
屋敷の一室には、ハイセイコーとメジロデュレンが中継を見守っていた。
マックイーンが負の部分の公表を宣言すると、秘書に付き添われている車椅子上のハイセイコーはふっと微笑した。
ゆったりとした微笑だったが、その眼の奥には張り詰めた覚悟の色が滲んでいた。
一方のデュレンは、憂いの色を表情に表して、画面のマックイーンの様子を見つめていた。
*****
「うっ…⁉︎」
オフサイドトラップを乗せて中山に向かうメジロ家の車両。
車内で黙々と座っていたオフサイドは、突然全身に悪寒を感じ、うめき声をあげて口を抑えた。
「どうされましたか?」
彼女の異変に運転手は車を止め、オフサイドに声をかけた。
「い、いえ…ご心配はいりません。」
オフサイドは口元に手を抑えたまま首を振ると、何を思ったのか急に車のドアを開けた。
「降りられるのですか?まだ中山ではありませんが。」
「はい、ここまでで大丈夫です。ありがとうございました。」
驚く運転手に対して努めて平然とした口調で答えながら、オフサイドは車を降りた。
「お待ちくださいオフサイド様。」
運転手も慌てて車を降り、去っていこうとしたオフサイドを止めた。
「何かご様子がおかしいです、本当に大丈夫でしょうか?」
「心配いりません、お気になさらないで下さい。」
「しかし…」
「…お引き取り下さい。今すぐに。」
心配する運転手に対し、オフサイドは低い声で命じるように言った。
ぞっと、運転手が寒気が走るほどの冷たい眼光と共に。
「は、はい。」
運転手は恐れを感じたようにオフサイドの言葉に従い、車に戻るとその場から去っていった。
はあ…はあ…
メジロ家の車両が去った後、オフサイドはしばらくその場で佇んだまま、苦悶の表情で胸を抑えていた。
椎菜先生まで、か…
「私も…もうここまでか…」
オフサイドは苦悶の声を漏らしながら、中山に向かう道をよろよろと歩き始めた。