1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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修羅(8)

 

「ウマ娘専門医師の肩書きの通り、私は療養施設で故障に苦しむウマ娘達の治療に長年尽くしてきました。」

 

椎菜は、先程までの殺気が失せ、冷静な様子で語り始めた。

 

「表には殆ど取り上げられることのない、走ることが出来なくなった故障ウマ娘達の苦しみ。それは我々人間から見ても辛くなる位、非常に悲しく重たいものです。多大な実績を挙げたウマ娘とて、その苦しみは例外ではありません。トウカイテイオーも、ナリタブライアンも、そして今のサイレンススズカもそうでした。」

 

「…しかし、彼女達にはまだ救いの道がある。なぜならレースを失っても生きる道があり、残された未来があるから。本当に悲惨なのは、未来を許されない故障ウマ娘達です。」

冷静ながらも、椎菜の言葉の一つ一つには痛切な感情が込められていた。

 

「…皆さんに尋ねます。ウマ娘の表の世界しか、レースの舞台しか知らない人間達にとって、ウマ娘のイメージはどんなものですか?」

 

「美しい走りと夢のようなスピードを携えた身体で、時には熱い名勝負を演じ、時には胸躍る圧倒的な強さを見せ、時には泥に塗れながら不屈の根性でゴールを目指し、時には冷徹な程の完璧な勝ち方をレースで見せるなど、夢・希望・笑顔に満ちた最高の娯楽を魅せてくれる優れたスポーツ種族でしょうか?それはその通りです。…だけど、それはほんの一部です。」

 

「実績の残せない、凡庸な能力しかないウマ娘は、表舞台で輝くことは難しい。人間達が望むものを魅せ与え続けるのは難しい。そしていずれ、厳しい現実に直面してしまう。」

 

「それでも、まだ走れることが出来るのならば、そこに夢がある。希望がある。生き甲斐が、そして笑顔もある。…だけど、走れなくなった、走りを奪われた凡庸なウマ娘達はそれすらない。それすら…」

 

そこまで言った後、椎菜は一瞬黙った。

噛み締めた唇から血の味がした。

 

唇元の血を拭って、椎菜は再び言葉を絞り出した。

「彼女達は、故障で追い詰められたウマ娘達は、夢も希望も笑顔も、そんなものは全て奪われます。そしてあとは、自らが不必要とされる現実の世界に直面して…自らが生まれた意味を問いかけながら、帰還を受け入れて人知れずこの世を去っていく未来が待っているだけです。」

 

「そんな、過酷な運命を背負わされたウマ娘達は、暗い絶望の世界で、僅かにある心の灯を集めあって、必死に希望を探して…だけど希望なんて見つかるものじゃない。この世界から見捨てられ、力尽き心折れた仲間達の屍が積み重なっていくのを見届けて、いずれ自らも屍の山の一部になる。…それが今の彼女達の現実です。」

 

「どうか、彼女達に救いの手を差し伸べて欲しい。このウマ娘界の負の側面から眼を逸らさないで欲しい。表舞台しか見ない人間達の曰う夢・希望・笑顔なんて、絶望の世界で抗うウマ娘達には届く訳などない。届くのは、苦しみをともにしようとする者の心しかない。」

 

「競走能力が乏しくても、その血が未来に必要な存在でなくても、保護する我々人間にメリットも見返りもなくても、この世に生を受けたことを後悔するような…そんなウマ娘はもう一人として出したくない。…それが、これまでそのようなウマ娘達を…何百人と帰還執行し…彼女達の屍の山を積み上げてきたこの渡辺椎菜の、心の底からの願いです!」

 

 

「…以上です。」

最後は血を吐くように話しきると、椎菜は席を立ち、会見場を去っていった。

 

 

 

「…。」

「…。」

椎菜が去った後、会見場は重い重い沈黙が流れた。

報道陣も生徒会も、何の言葉を出せなかった。

 

 

「今、渡辺医師は仰いませんでしたが、」

重い沈黙を破ったのは、マックイーンの静かな声だった。

「彼女は、俗に不治の病とされる〈クッケン炎〉の専門医師をしています。そしてオフサイドトラップは、その〈クッケン炎〉を長年患っていたウマ娘で、療養ウマ娘達の中心的存在でもありました。…あとは、ご想像にお任せします。」

 

そう言った後、マックイーンは冷静沈着な表情で報道陣達を見渡した。

「改めてお伝えします。今回、秋天の騒動等を受けて我々が下した断行は、決して撤回せずに最後まで敢行します。そして、ウマ娘のこの世界での存在意義の再考と今後の人間との共生社会の再模索、引退後のウマ娘達の余生問題などの解決を、今後執り行っていく方針です。」

 

 

その言葉を最後に、マックイーンは会見の終わりを告げた。

 

 

 

***

 

 

 

「…はは、あはは…」

会見が終わり、しばらく流れていた沈黙を破って、療養ウマ娘が笑い出した。

「やっぱり、見捨てられていたんだ…私達は。」

 

療養施設を、冷たく凍えた空気が覆い始めていた。

 

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