1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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修羅(10)

 

*****

 

 

場は変わり、療養施設。

 

会見の中継が終わった後、施設内の病室の一室に、ミホノブルボン・ダンツシアトル・ホッカイルソー・ヤマニングローバル・マイシンザン・フジヤマケンザン・ステイゴールドらが集まっていた。

 

「…大変な会見でしたね。」

「そうだね…。」

皆、会見の一部始終にかなりの衝撃を受けている様子だった。

内容についてはブルボンから前もってある程度知らされていたが、それでも想像以上の内容だった。

 

「一層厳しい状況になりますね、これは。」

シアトルが深刻な表情で腕を組んだ。

会見の内容で彼女達が危惧したのは、人間との対立事項ではなく、学園の上層部が弱い立場にあるウマ娘達を長年蔑ろにしてきたことを認めた事項だ。

認めると同時に今後この問題を解決することを約束したが、今の療養ウマ娘達にとっては、今後の拓けるかもしれない未来への嘱望よりもこれまで犠牲になった者達への想いの方が遥かに強い。

 

「オフサイドトラップの件も相まって、療養ウマ娘達…特に〈クッケン炎〉療養ウマ娘達に蔓延する負や絶望が爆発するかもしれないわ。」

グローバルも厳しい表情で腕を組んでいた。

 

「私達生徒会に対してその思いをぶつけることならば構いません。」

ブルボンはいつもの無表情だった。

「…そんなこと出来るウマ娘ならいいけどね。まだ気力がある証拠だし。問題は無気力になってしまうこと、つまり心が保てない絶望の底に落ちることだよ。」

マイシンは焦りの面持ちで爪を噛んでいた。

その空気は会見以前から施設内に蔓延していたが、会見後の今はその空気が一層強くなっているように感じた。

 

「渡辺先生とは連絡とれましたか?」

「…いえ、」

気になった様子でルソーがブルボンに尋ねると、ブルボンは首を捻って答えた。

「会見後、渡辺医師は私や他の医師も含めて誰とも連絡をとっていないようです。生徒会もどうやら知らないようで、彼女の動向は現在把握出来ません。」

 

「今は、渡辺医師はここに戻させない方がいいです。」

二人の会話を聞き、ケンザンが言った。

療養ウマ娘達から最も信頼の篤い医師とはいえ、椎菜はウマ娘の帰還執行を長年行ってきた人間だ。

普段ならともかく、この状況下だと療養ウマによって危険に晒される可能性もあるからだ。

「今は、私達とここにいる人間達とで手を合わせて対応する以外にないです。」

「そうだね。」

重い空気が漂う中、一同は同意した。

 

 

 

その時。

「先輩方!大変です!」

切迫詰まった声と共に、数名の療養ウマ娘が室内に駆け込んできた。

 

「どうしたの?」

「大変なんです!」

駆け込んできた療養ウマ娘達は、泣きそうな声で叫んだ。

「数名の療養仲間達が、“もう何もかもに絶望した”って、自ら帰還を図りました!」

 

「なんだって⁉︎」

聞くや否や、ルソーとシアトルがすぐに立ち上がった。

「待ちな!私達が行く!…案内して。」

二人を止めて、グローバルとマイシンが立ち上がり、療養ウマ娘らと共にすぐさま現場に向かっていった。

 

 

『ピリリリ、ピリリリ…』

グローバルらが出ていくと同時に、ブルボンのスマホが鳴った。

見ると、施設内にいる医師達からの着信だった。

「どうしましたか?…なんですって…それは…はい、分かりました。…いえ、それはいけません。…とにかく、直ちに現場に向かいます。」

医師からの急報を受けながら、ブルボンは無表情を険しくさせて立ち上がった。

 

「どうしたんですか?」

「錯乱状態に陥った療養ウマ娘達が現れた模様で、人間の医師達の元に押しかけているとのことです。」

「っ!…」

その場にいた全員が息を呑んだ。

 

「私は現場に行かねばなりません。フジヤマケンザン先輩、ご同行願えますか。」

「…分かったわ。」

ケンザンは蒼白になりながら了承し、ブルボンと共にすぐに現場へと向かっていった。

 

 

「…遂にか、遂に起きたのか。」

次々に発生する異常事態に、シアトルは頭を抱えた。

「これが絶望の爆発…ですか。」

「その通りだよ。」

ベッド上にいるゴールドの茫然とした声に、ルソーは松葉杖をついて立ち上がりつつ頷いた。

心の〈死神〉の襲来…いや、『大償聲』の始まりだな…

急変していく施設内の雰囲気に、全身に寒気を覚えながらルソーは思った。

 

「…ここからは闘いだ。膨大な絶望の嵐と、私達の心とね。」

張り詰めた口調で言いながら、ルソーは上着を取り出してシアトルを向いた。

「先輩、我々も動きましょう。」

「うん…そうだね。」

頭から手を離し、シアトルも脚を踏ん張って立ち上がった。

 

「私も行きます!」

動き出そうとした両先輩を見て、ゴールドもベッドから降りた。

 

「駄目。あんたはまだ動いてはならないわ。」

切迫詰まったように動き出したゴールドを、ルソーは止めた。

「…何故ですか?」

「あんたが闘う場所はここじゃないからよ。」

「え?でも…」

 

反論しようとしたゴールドを、ルソーは厳しく見据えて言った。

「あんたの闘う場所は明日の中山、相手はオフサイドトラップ先輩だから。」

「…っ!」

ルソーの言葉に、ゴールドは震撼したように硬直した。

 

硬直したゴールドに、ルソーは言葉を続けた。

「オフサイド先輩と対峙する為には、ここであんたを失う訳にはいかない。だから今は、自分の身を大切にしなさい。」

言いながら、ルソーは羽織ろうとした上着をゴールドに投げ渡した。

「心身が危なくなったら、特別病室の沖埜トレーナーの元に逃げな。今の彼なら必ずあなたも守ってくれる。」

 

「…ルソー先輩。」

「じゃ。」

泣きそうな後輩に背を向け、ルソーはシアトルと共に病室を出ていった。

 

 

 

病室を出たシアトルとルソーは、途中で一旦別々に分かれた。

 

 

ルソーがまず向かった先は、スペシャルウィークの宿泊室だった。

 

「スペ、いるかしら?」

「ルソー先輩…一体何が起きているのですか?」

宿泊室に着くと、制服姿のスぺは蒼白な表情で室内に座り込んでいた。

彼女もまた、施設内の急変に気づいていた。

 

「今すぐここを出て、仲間達のいる特別病室に行きなさい。」

スペの側に行き彼女の身体を支え起こしながら、ルソーは指示した。

「特別病室へ、ですか?」

「今のあんたがここで一人でいるのは危ないわ。心が絶望に食われてしまう。」

「絶望…」

「早く!しっかりしろダービーウマ娘!」

震えているスペを肩で支え、ルソーは彼女を室内から連れ出した。

 

 

 

一方のシアトルは、大広間へと向かっていた。

 

向かう最中、彼女は病室にいる療養ウマ娘達の様子を幾つも確認した。

誰もが、生徒会の会見内容にショックを受けていた。

病気療養ウマ娘にその傾向が著しいようだたが、怪我療養ウマ娘達も相当に心が追い詰められており、施設内は一気に絶望の空気一色に覆われそうな状態となっていた。

 

「〈死神〉め…」

シアトル自身、身体の内部から侵食していくような絶望を感じ、心が折れそうになりながら必死に意識を保った。

負けるか…私は、仲間達を救う為にここに来たんだから!…

ライスシャワーの面影を脳裏に、シアトルは胸の内で何度もそう叫んだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「療養ウマ娘達が…そうですか。」

 

中山に向かう道中のマックイーンは、車中でブルボンからその急報を受けていた。

 

「対処については…ケンザンらと協力して当たっている…分かりました。…渡辺椎菜医師ですか?彼女は私が身柄を保護しています。…ええその通りです、彼女を失う訳にはいきませんから。…では、どうかご無事で。」

 

「お嬢様、行き先を変更しますか?」

ブルボンとの通話後、運転手がマックイーンに尋ねてきた。

「いえ、このまま中山に向かって下さい。」

マックイーンは首を振り、車窓から療養施設の方角を静かな眼で見つめていた。

 

 

時刻は、18時を過ぎていた。

 

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