その後、ゴールドとスズカは他愛ない雑談をし、夕方頃になって別れた。
ゴールドはまた来週来ると約束(明日からの土日は前述のようにスペがつきっきりでいるだろうから)し、スズカは嬉しそうにそれを了承した。
「ステイゴールド。」
スズカの病室を出ると、ゴールドはスズカの担当医師に呼び止められた。
さっき、彼女の大声が聞こえたことが気になったらしい。
別に大したことはないと答えると、医師は更に尋ねた。
「例の騒動のことは、一切言ってない?」
「当たり前です。」
「そう。」
不機嫌そうに答えたゴールドに対し、医師はほっとした顔をした。
「でも、スズカさんを余り刺激しないように注意してね。徐々に回復してるけど、まだ精神的には」
「はいはい、分かってますよ。」
みなまで聞かず、ゴールドは不機嫌な口調で答えながらさっさと特別病室を出ていった。
「ふう。」
病室外の廊下にいた記者陣の質問を全て振り切って療養施設を出たゴールドは、大きく深呼吸すると一度スズカのいる病室を見上げ、悲しみが混じった視線を向けた後、施設を去っていった。
一時間後。
スズカ…
帰りの特急電車の中、自由席に座ったゴールドは夕焼けに染まった山並みを車窓から眺めつつ、無二の親友のことを思った。
天皇賞後、初めてスズカのお見舞いに言ったのは、秋天から2週間近く経った頃。
例の騒動の真っ最中ではあったが、親友代表としてスズカと会って看護して欲しいという生徒会からの極秘の頼み(その頃スズカはまだ面会謝絶の状態だった)を受け、こっそり見舞いにいった。
その時は、これがあの天翔ける神速のウマ娘なのかと疑う位、スズカの様子は暗かった。
怪我だけでなく、精神状態も相当落ち込んでいた。
自分と会うと少し会話は出来たが、果たして回復出来るのかと心底心配な程の容態だった。
その後、幾度も見舞いを重ねていくにつれ、スズカの様子は少しずつ良くなっていった。
どうやら彼女の所属チーム『スピカ』の仲間であり崇拝者のスペシャルウイークが、彼女につきっきりで献身的に看護してくれているおかげらしい。
他にもスズカ自身が言ってたように『スピカ』のトレーナー&仲間、他の学園の友達やファンの励ましもあって、大分精神的に立ち直れてきたのだろう。
今日の様子を見た所では、もう精神面で立ち直れる目処がたったかな…
ゴールドはそう感じていた。
不安は私が全部吹っ飛ばしてやるし。
だけど一つ、大きな憂いがあった。
それは、スズカが言ってたあの願望。
“オフサイドトラップ先輩と会いたい”。
「…はあ。」
ゴールドは額に手を当て、眼を瞑った。
彼女の言葉で分かるように、スズカは例の騒動のことは全く知らない。
彼女の容態が安定して間もない時にそれが起き、騒動がおさまったのは彼女がようやく人と面会できる状態になる直前だったから。
彼女と会う医療関係者、見舞いに訪れるトレーナー・ウマ娘達には、例の騒動のことは一切言わないようカンコウ令がしかれていた。
また、各報道の記者陣はまだ直接の取材を許可されてないので、彼女は未だ騒動を知らないままなのだ。
何故スズカに騒動を秘密にしているのかというと、彼女にショックを与えない為だ。
もしスズカが、自分がレースで怪我したことが原因でこんな騒動が起きたと知ったら、その精神的ショックは計りしれない。
落ち着きつつある容態がまた危険になる可能性だってある。
ましてや、これは殆どの者が知らないことだが…
「『フォアマン』…いや何より、スズカが深く慕っているオフサイド先輩が、酷い目にあったと知ったらね…。」
絶対、大変なことになるよ。
ゴールドは眼を瞑ったまま呟いた。
さっき、スズカは“チーム離脱のこと”と口にした。
あれは騒動のせいで『フォアマン』を離脱した面々のことではない。
スズカ自身のことだ。
そう、実はサイレンススズカは、かつて『フォアマン』に所属していたウマ娘だったのだ。
その後夜遅くになった頃、ゴールドは学園寮に戻った。
自室に戻ると、ゴールドは制服姿のままベッドにどかっと横になった。
夕食は帰りの途中で食べてきた。
オフサイドには今晩は遅くなると予想していたので、療養施設に行く前に弁当を買って部屋に届けておいた。
ニンジン弁当を買っておいたけど、食べてくれたかな。
しばらくオフサイドのことを考えていたが、やがて思考はスズカの方へと変わった。
そういえばスズカ、トウカイテイオー先輩の本を読んでたな。
ふと、それを思い出した。
トウカイテイオー。
かつてクラシック2冠を含むG1レースを4度制した、トレセン学園のスーパースター。
また、ウマ娘史上に残る復活劇を見せつけた奇跡のウマ娘。
彼女もまた、現役時代は『フォアマン』の一員だった。
奇跡の復活…
ゴールドは勿論、その伝説のレースを知っている。
ウマ娘ファンだって…いや、ウマ娘にあまり興味のない人達ですら、知らない人はいないかもしれない。
あれは本当に凄かったなー。
そのレースを脳裏に思い起こしつつ、オフサイドの姿がふと重ね合わさった。
オフサイド先輩も、テイオー先輩みたいになりたかったんだろうな。
不屈の、奇跡のウマ娘に。
思わず、ゴールドは目元に指を当てた。
そのまま、ゴールドは眠った。
*****
「オフサイド先輩…」
療養施設の特別病室。
就寝時間を前に、スズカはトウカイテイオーの本を読んでいた。
かつての先輩ウマ娘が起こした“奇跡の復活”の物語を読みながら、スズカはこの間、奇跡の復活…いや、“不屈・体現・勝利”を成し遂げた元所属チームの先輩の姿を思い浮かべていた。
「私も、先輩のようになれるかな…。」
呟きながら、スズカはまだ動かすこともできない左脚に、そっと手を当てた。
*****