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シアトルとルソーは再び合流した後、施設の大広間へ向かった。
大広間には、十数名の療養ウマ娘達が待機していた。
彼女達はそれぞれ療養ウマ娘の中にあるグループのリーダー的存在にあたる者達で、現状確認の為に集められていた。
「非常に危険な状態です。」
療養ウマ娘のリーダー達は、各々の療養仲間達の現状を伝えた。
「数名の仲間達がショックで倒れました。つい先日仲間が帰還した者達で、今回の生徒会の発表で完全に心がやられています。」
「うちは一人が帰還を図って脚を折ろうとしました。なんとか阻止して、今は残った仲間達で看護してます。」
「…1、2年生の〈クッケン炎〉患者が集団で帰還を図ろうと相談までしてます。“要らないウマ娘が消えても誰も悲しまない”と自暴自棄になってて…」
「人間と学園上層部への不信感が爆発して錯乱状態になった者が多数出ました。駆けつけた医師の処置で今は落ち着かせていますが、その状態が続けば危険回避の為の処置執行の可能性が高いです。」
伝えられる現況は凶報ばかりで、それを報告する歴年の療養ウマ娘達もかなり心身が侵されているようだった。
「分かりました。取り敢えず、今はなるべく療養仲間達で集まって行動するようにしてね。少数での行動は厳禁だよ。」
報告を聞いて、シアトルがそれを指示した。
「医師側にかけあって、それぞれの病室に医師を派遣させてもらうよう要請するわ。」
シアトルに続いて、ルソーも提案するように言った。
「医師の派遣…それは大丈夫ですか?」
ルソーの案に療養ウマ娘達は危惧した。
現在、多くの療養ウマ娘達が人間への不信感を募らせる程に心がやられている状態だ。
その状況では、例え医師でも危険に晒されるかもしれなかった。
「そこは、もう祈るしかないわ。」
ルソーは眼を険しく光らせた。
現に今、それが別の場所で起きしまっていて、その動揺は施設内に広がっている。
「もし人間に対してそういう状態になったウマ娘がいたら、あなた達は全力で人間を守って。例え、そのウマ娘が帰還執行処置をされることになろうとも。」
「えっ…」
「ウマ娘の歴史に人間への危害というものだけは残してはならないわ。そんなことが起きたら、私達は永遠に苦しみ続けることになる。これは、ウマ娘の未来の為よ。」
そう言ったルソーの口調は鬼気迫っていた。
「苦しんでる療養ウマ娘達の行動を抑える為に、何かメッセージを送ることは出来ませんか?」
切迫した空気の中、リーダーの一人が二人が提案した。
「また皆を一堂に集めて、この苦境に耐えうる言葉をかけるとか…」
「それは私達も考えています。」
その案に頷きつつも、二人は首を振った。
「だけど今の状況では、この絶望の嵐の中では、言葉なんてまだ到底無力だわ。」
「そんな…」
「今はただ、この嵐に耐え抗うことしか出来ない。」
ルソーは無念そうに言葉を吐いた。
屋内だというのに、周囲には冷たい風が吹き荒れていた。
その後、療養ウマ娘のリーダー達は仲間達のもとに戻っていった。
シアトルとルソーも大広間から移動し、状況確認の為に施設内の巡回を始めた。
「シアトル先輩、」
廊下を歩きながら、ルソーは話しかけた。
「この絶望に抗えるだけの力がある言葉…先輩は持っていますか?」
「持ってないよ。」
シアトルは悔しそうに答えた。
「今回の絶望は巨大過ぎる。これまでここで散っていった同胞達の数まで積み重なっている。言葉だけでどうこうなる類のものじゃないさ。あなただって、かなりきているでしょう?」
「…。」
ルソーは胸に手を当てた。
一瞬でも気落ちしたらそのまま絶望の餌食になりそうなぐらい、彼女も心を保っているのがやっとだった。
「私も、数多くの見捨てられた同胞との永別がありましたから。」
永別…
ルソーの重い言葉に、シアトルは脚を止めて虚空を見上げた。
今回の生徒会の会見を受け、この二人も心に大きな揺れを感じていた。
「今更過ちを認められようと、未来への道筋が拓けようと、犠牲になった同胞はもう戻らない。失われた命は蘇らない。それが現実だよ。」
「…。」
二人の周囲に、心の〈死神〉が纏わりはじめていた。
「だけど、」
シアトルはその纏わりを振り払うように言った。
「かといって絶望に屈しはしないよ。ただ耐えて、耐えて、最後の最後まで希望を信じ続ける。それがこのウマ娘ダンツシアトルの、生きたてきた道だから。」
その時。
廊下の奥から、大きな物音が聞こえた。
「…!」
二人とも、悪い予感に表情が青ざめた。
ルソーはすぐに松葉杖を鳴らして駆け出し、シアトルも続いた。
物音がしたと思われる場所の病室にたどり着くと、果たしてそこには数名の療養ウマ娘が倒れていた。
「あんた達!」
「ルソー先輩…」
倒れていたのは〈クッケン炎〉療養ウマ娘だった。
全員の脚が折れたように腫れ上がっていて、鮮血すら滴っていた。
「…馬鹿なことを!」
彼女達が何をしたのか、すぐに分かった。
二人は医師に緊急連絡し、それからすぐに彼女達の手当てに当たった。
「…必要ありません。」
重傷を負っている療養ウマ娘は意識朦朧のまま、手当てを拒否した。
「もう希望なんてないから、このまま帰還させて下さい。」
「うるさいっ!」
ルソーは着ていた上着で彼女の止血をしながら怒鳴った。
全員、命の危険な程の怪我だということは明白だった。
「誰がこんなことしていいって教えた⁉︎私は最後まで諦めるなと教えた筈よ!」
「…私達は…必要価値のないウマ娘です。希望なんてありません。」
「そんなわけないわ!」
血が付いた腕でルソーは彼女の抵抗を抑え、療養ウマ娘を膝の上に抱き支えた。
「諦めなければ、必ず希望はある。生きてさえいればいずれ必ずその価値を証明出来る!」
ルソーの言葉に、療養ウマ娘は閉じかかった瞳を薄く笑わせた。
「生きる権利のない…私達なのに?」
「なっ…」
「私達は、生きる権利がない。先輩達のような…能力がないから…」
「違う、それは間違ってる!」
「そう…違う。私達は、先輩とは違うんです…」
「…っ」
「…だから、もういい…」
その言葉を最後に、療養ウマ娘はがくりと瞳を閉じた。
「帰還してしまったの?」
「いえ、苦痛で意識を失っただけです。ただ、怪我は予後不良級の重傷かと…」
ルソーは意識を失った彼女の容態を調べながら、悲痛な声でシアトルの問いかけに答えた。
「そちらの二人は…どうですか?」
「こっちも同じ…みたい」」
駆けつけた当初から意識を失っていた療養ウマ娘達の手当てをしていたシアトルは、震えながら頷いた。
彼女の掌にも、紅い鮮血が付着していた。
やがて医師が到着し、重傷を負った療養ウマ娘達は搬送されていった。
後から騒ぎに気づいて現場に来た療養ウマ娘達も多数おり、その全員が血の気を失う程のショックを受けていた。
「仲間達の元に戻りなさい。」
療養ウマ娘達に、二人は改めてそう指示した。
「今、重傷を負った療養ウマ娘達は、心が折れかけた状態で周囲に仲間も少なかったから、〈死神〉の魔の手にかかったんだ。他の場所でも同じ事が起きてるようだ。だから今は集団でいるように。」
療養ウマ娘達を戻らせると、二人は再び暗い廊下を歩き始めた。
身体のあちこちに手当ての際についた血の痕が残っていて、足取りもかなり重くなっていた。
歩くうち、二人は施設の出入り口の付近に来た。
施設の現状を受けて外出禁止令が出されている為、出入り口の扉は固く閉ざされいた。
外はと見ると、既に真っ暗な闇に覆われていた。
「また、夜が来ましたか。」
ルソーが脚を止め、出入り口から見える夜空に眼をやった。
「…そうだね。」
「今夜は、果たして乗り越えられるか…」
「…。」
シアトルは何も答えず、廊下を歩いていった。
ルソーもすぐに視線を戻し、シアトルの後を追っていった。