1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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心襲(4)

 

***

 

しばらく経った頃。

 

療養施設の各所で対応にあたっていたケンザン・ルソー達ら六人は、ブルボンを覗く全員が一旦病室に戻り、現状の確認をした。

 

療養ウマ娘達が単独行動はさせずに集団でいるよう指示し、有事の際の為にそれぞれに医師を派遣したこと、医師棟に押しかけたウマ娘達はなんとか撤退させ、ブルボンが事後交渉にあたっていること、帰還未遂をしたウマ娘の数とその容態具合などを、それぞれ報告した。

 

「想定以上だね。」

現状確認をした六人は、揃って深刻な表情を並べていた。

会見を受けて療養ウマ娘達が危機に陥ることは想定していたが、ここまで一気に崩壊しかけるとは思ってなかった。

 

「誰もが未体験のことだったんだ。反省は後からでいい、今はこの絶望とどう相対するかだ。」

グローバルが皆の気を覚ますように言った。

「感じたところ、ダメージが著しいのは病気療養ウマ娘達だ。その中でも、特に〈クッケン炎〉の患者達が特に危ない。最優先で守るべきは彼女達だ。」

帰還未遂を図ったウマ娘達も、その殆どが〈クッケン炎〉患者だった。

 

「彼女達の保護は我々があたります。」

ルソー・シアトル・マイシンが手を挙げた。

「グローバル先輩とケンザン先輩は怪我ウマ娘達をお願いします。」

「うん、分かった。」

 

 

分担を決めると、ルソーら三人は病気療養ウマ娘達の元へ向かって行った。

 

 

「まずいですね。」

残ったグローバルとケンザンは、病室で相談を続けていた。

「現状からして、我々だけではこの苦境を乗り切きるのが難しいと思います。」

「…うん。」

ケンザンの言葉に、グローバルはそれを認めるように頷いた。

療養ウマ娘達からの信望が篤いということでこの場に派遣されグローバル(とマイシン)だが、彼女らの力だけでは防ぎきれない程の絶望の巨大さだった。

 

「応援のウマ娘の派遣を要請しては。」

「それは考えてる。さっきブルボンや岡田トレーナーとも電話でその相談をした。」

ケンザンの案にグローバルは頷きつつ、だけどと言葉を続けた。

「ただ、派遣できるウマ娘がまだ見つからないみたいだ。」

「そうなんですか?」

「仕方ないわ。この、心の〈死神〉と闘えるのは、『絶望を知り、絶望に抗う力を持ち、絶望を乗り越えたウマ娘』。そんなウマ娘は、そうそういるもんじゃない。それにいたとしても、この場に来てくれるかどうか。…自らも〈死神〉に食われる危険性があるこの場に。」

「…。」

グローバルの言葉に、ケンザンは息を吐いて俯いた。

 

「トウカイテイオー…」

俯いたまま、ケンザンはぽつりと言った。

「彼女なら、この絶望の嵐を止められるかもしれない…」

 

「ケンザンらしくないわ。」

その呟きを聞き、グローバルが厳しい口調で言った。

「テイオーのことは諦めなさい。あなたがそれを願っても、彼女はここには来ないのだから。」

「…はい。」

ケンザンは俯いたまま頷いた。

冷たい風が彼女の肌にもはっきりと感じられた。

 

「いずれ救いの手はくるわ。その時まで、私達で支えるしかない。」

震えそうな脚に力を込めて、グローバルは立ち上がった。

「例え全滅しても、〈死神〉に抗い続けるのよ。」

悲壮な呟きが、彼女の唇から漏れた。

 

 

その時、グローバルのスマホの着信が鳴った。

「…?」

着信相手を見たグローバルは驚いた。

「誰からですか?」

「…沖埜トレーナーから。」

 

驚きつつ、グローバルは彼から送られてきたメッセージを読んだ。

「どのような内容ですか?」

「…ケンザン、あなたに話があると、沖埜トレーナーからの連絡だわ。」

 

 

 

***

 

 

 

一方、病気療養ウマ娘達の元に向かった三人。

 

「…ちょっとごめん。」

現場に向かう途中、シアトルがつと脚を止めた。

「どうしたの?」

「行きたい場所があるの。二人は先に向かってて。私も後から行くから。」

そう言うと、シアトルは別の方向に駆け去ったいった。

 

「…。」

マイシンはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、やがて背を向けて、ルソーと共に廊下を歩き出した。

 

「シアトル先輩、大丈夫でしょうか。」

歩きながら、ルソーがぽつりと呟いた。

「心配なの?」

「この状況でも気丈さを保っているようですが、かなり無理してるように思うんです。」

ルソーは憂いげに言った。

「本当は、ライスシャワー先輩の帰還のショックで、心は相当苦しい状態なのではないかと…」

 

「それは、その通りだろうね。」

私もそう感じているよと、マイシンは頷いた。

「だけどね、シアトルは療養ウマ娘達を救うという意志をもってここに来たんだ。ライスシャワー先輩の状態だって、以前から多分知らされていた筈。それでもこの場で闘うと決意したんだ。だから、心配するようなことはしたくない。」

 

「いいのですか、それで。」

マイシンの言葉に、ルソーは眉を顰めた。

「シアトル先輩のショックは、私達の想像を遥かに超えていると、そう感じ…」

 

「分かってるわよ。」

ルソーの言葉を、マイシンは遮った。

「分かってて、私は彼女を引きずり出したんだ。」

「え?」

「ライス先輩の帰還で悲嘆に暮れてた彼女に、“また同じことを繰り返す気か”って無慈悲な叱責を浴びせてね。彼女の悲しみの言葉も全部無視して、私は使命を遂行するよう厳命したわ。」

 

「マイシン先輩…」

「どんなに悲しくても、ここで退いたら、あいつはまた悔いを残すことになる。私はもう、あいつに後悔なんてして欲しくないんだ。そのことでどれだけ苦しんだか、知ってるから。」

マイシンの眼は泣きそうになってた。

 

「軽率な指摘をしてすみません。」

ルソーは、悔やむように謝罪した。

「いい。あいつの様子を見れば心配するのは当然だし。だけど、忘れてはならないわ。」

マイシンは目元を払って、言った。

「ダンツシアトルは、〈死神〉を乗り越えただけでなく、レースの頂点である宝塚記念を制したウマ娘だということをね。」

「…。」

「彼女は、私達とは一つ違う次元に到達したウマ娘なんだ。…だから信じて、あいつの力を。」

 

 

 

一方。

シアトルが向かった先は、施設の奥の、ライスシャワーの遺体が安置されてる部屋だった。

 

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