「…ライス先輩。」
シアトルは、ベッド上に安置されているライスシャワーの遺体の側に歩み寄った。
ライス帰還後、シアトルはまだ彼女の遺体と対面してなかった。
…綺麗だな。
ライスの亡骸を見つめて、シアトルは胸が詰まった。
同胞の遺体は何度も見たことあるが、こんなに満ち足りた表情をしている亡骸を見たのは初めてだった。
「生き切ったんですね、先輩は。」
ライスはスズカを守ることを使命とし、それを最期まで遂行して逝った。
だから亡骸には一点の苦悩も残ってないのだと、シアトルは思った。
「でも、私は先輩のようにはなれない。」
シアトルは、ベッドの傍らに跪いて項垂れた。
先輩みたいに、最後まで使命を遂行する意志を保てそうにない。
どんな困難にも恐怖にもたじろかない勇気なんてもってない。
「…怖いんです。先輩。」
長い間の苦しみを乗り越えて手にした幸せが、また失われてしまうのではないかと…
「私は、幸せのまま生を終えたい。もう、絶望の手にかかるのは嫌なんです。」
さっき、絶望の魔の手にかかった仲間達と遭遇した。
彼女達の無残な姿を見た時、シアトルは思わず逃げたしたくなった。
「私はもう昔のダンツシアトルじゃない。穏やかな余生という安らぎを得てしまったダンツシアトルなんです。…だから、絶望と闘える気力なんてないと分かってた…。」
「…そんな私が、療養ウマ娘達を救けたいと決心したのは、あなたがいたからです、ライス先輩。」
跪いたまま、シアトルはぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。
「あなたが余命僅かなのに、スズカを始めとする苦境のウマ娘達を救ける為に命を燃やしてると知って、だから私もそれを決心したんです。…あなたと手を取りあって、みんなを守ろうって。
「なのに…」
シアトルの眼から涙が溢れて、膝元にこぼれ落ちた。
「なのに、先に使命を果たして逝ってしまうなんて…そんなのないですよ!また私を、ひとりぼっちにするなんて…」
彼女の口から漏れる言葉と声が、段々激しくなっていった。
「…私、言いましたよね?引退後は心が虚しくなって、もうウマ娘界と関わりたくなくなったって。つまり私は同胞を、この世界を憎みかけてた。絶望の…心〈死神〉を撒き散らすウマ娘になりかけていた。それでも、そうならずにいられたのは、あなたが生きてたから…それも言いましたよね?なのに、なんで?…」
シアトルはベッド上のライスを見上げ、シーツを掴んで叫んだ。
「答えてよライスシャワー先輩!私、あなたを助けたじゃない!あなたが背負ってた過去を、苦しみを、全て解放してあげたじゃない!…なのにどうして、今最大の敵と対峙している私と一緒に闘ってくれないの?一人満ち足りたように帰還してしまって…また私を苦しめる気なの?ひとりぼっちにしても構わないというの?ふざけないでよ!」
心の堰が切れたように、シアトルは泣きながら叫び続けた。
「私…やっぱり先輩を恨んでた!あの宝塚を受け入れきれてなかった!こんなことになるのなら、先輩を苦しみから解放させるべきじゃなかった!」
はあっ…はあっ……
思いを全て吐き出した後、シアトルは床に突っ伏して泣き続けた。
薄暗い部屋、ライスの穢れのない遺体と、その側で泣き崩れるシアトルの嗚咽だけが室内に響いていた。
「…。」
やがてシアトルは、涙を拭いながらよろよろと立ち上がると、泣き腫れた眼で再びライスの亡骸を見つめた。
「ライス先輩…」
見つめながら、シアトルは胸から彼女が自分に書き遺していた手紙を取り出した。
「これ、読みました。ハハ…驚きましたよ。」
シアトルは、涙痕の残る頬に薄笑いを浮かべた。
「自分がどれだけ満ち足りた最期か記して、遺された私には大変な苦しみが待ち受けていることを予測しながら、まるで指図するような内容…呆れて声も出ません。」
薄笑いを浮かべたまま、シアトルは侮蔑するように言葉を続けた。
「本当に酷い先輩ですよ、ライスシャワー先輩は。身勝手で、図々しくて、…そして残酷で。」
「でも、でも…」
シアトルの表情から薄笑いは消え、侮蔑の声色も消えた。
手紙を握り締めたまま、彼女は眼を見開いてライスの亡骸を見つめた。
「私、ライス先輩の最期の願いは、必ず叶えますから。こんな私でも…こんな酷いウマ娘で、無力なウマ娘でも、絶対逃げたりはしませんから。」
絞り出すように言うと、手紙を胸の奥にしまった。
「だから…どうか笑顔で、私を見守っていて下さい。」
最後は心の底から祈るように、シアトルを目元を拭いながらライスの遺体に背を向け、部屋を出ていった。