1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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心襲(7)

 

*****

 

…う…

 

眼を開けると、白い天井が目に映った。

ここは…

ゆっくりと身を起こすと、綺麗で整然とした室内の光景が視界に入った。

 

「お目覚めになられましたか。」

声と共に、一人の使用人姿の人間が側に来た。

「あ…。」

それでようやく、椎菜は自分がベッドに寝かされていることが分かった。

 

「ここはどこですか?

「メジロ家の屋敷の一つです。マックイーンお嬢様の指示で、渡辺椎菜様の身をこちらで保護しております。」

「ああ…」

言葉を交わしながら、椎菜は少しずつ状況を理解してきた。

 

「あなたは、あの時の…」

「はい。」

その問いかけに答えつつ、使用人は頭を下げた。

「もしかしてこの状況は、マックイーンの…」

「はい。全てマックイーンお嬢様の指示です。」

 

「…。」

頭を下げたままの使用人から眼を逸らし、ベッド上の椎菜は溜息を吐いた。

 

 

 

***

 

 

 

時刻は遡り、会見が終わった直後のこと。

 

「渡辺様。」

生徒会のメンバーより一足先に会見場を後にした椎菜の前に、一人の使用人姿の人間が現れた。

 

「…誰?私に何の用ですか。」

「私はメジロ家の者です。」

使用人は自己紹介をし、用件を言った。

「マックイーンお嬢様から、あなたに学園の別室で待機して頂くようとの言伝を受けています。」

「待機…。」

会見での事についての話でもあるのかと椎菜は思った。

「案内します、こちらへ。」

「…。」

椎菜は無言で、歩き出した使用人の後に続いていった。

 

 

やがて、学園の一室に着いた。

「どうぞ。」

使用人に促され、椎菜は室内に入った。

 

すると、次の瞬間。

「…えっ?」

椎菜は首筋に違和感を覚え、はっと飛び退いた。

だが、もう遅かった。

振り返った時、使用人の手に握られている注射器が、椎菜の眼にはっきりと見えた。

 

「な、…何を?」

「失礼いたします、渡辺様。」

首筋への違和感後、急激に意識が薄れて床に膝をついて椎菜を、使用人は両腕で抱き支えた。

「これは、マックイーンお嬢様の指示です。」

「…マックイーン…の…指示?」

「あなたがこの後何をするか、お嬢様は察知しておられましたから。」

使用人の視線は、椎菜が持っていた鞄に向けられていた。

 

「…真女王…」

愕然と呟きながら、椎菜はぐったりと意識を失った。

 

 

その後、現場に来たマックイーンの指示により、椎菜はこのメジロ屋敷に運ばれていた。

 

 

 

***

 

 

 

「手荒な行為を改めて謝罪します。」

注射で椎菜の意識を失わせ、彼女をここまで運んだ使用人は改めて謝罪した。

 

「しかし、渡辺様がこのような物をもってた以上、手段は選べませんでした。」

言いながら、使用人は懐から一本の注射器を取り出した。

それは椎菜が鞄の持参していた注射器で、帰還執行用の物だった。

「…。」

それを見せられ、椎菜は俯いた。

 

「あなたは、ただの使用人ではありませんね。もしや医師?」

俯いたまま、椎菜は尋ねた。

「ええ、私はメジロ家の使用人兼医師です。」

注射器を置いて、使用人は茶を用意し始めた。

「現在は激務にあたられてるマックイーンお嬢様・パーマーお嬢様の専属を務めています。」

「この私の一瞬の隙をついて意識を奪うとは、凄い手際ですね。」

「長年の経験がありますので。」

 

「…。」

椎菜は使用人から差し出されたお茶を受け取り、一口飲んだ。

茶の高貴な香りと味が、疲弊した身体全体に苦々しくも温かく染み渡っていく気がした。

 

「お嬢様が事前に察知されて良かったです。」

茶を喫している椎菜に、使用人はどこかほっとしたような口調で言った。

「医師である者が、自らの身を害することなどあってはならないことでしたから。」

 

「…そこまで、マックイーンは見抜いてましたか。」

「ええ。」

コップを抱えたまま声を漏らした椎菜に、使用人は頷いた。

「…やはり恐ろしいウマ娘ですね、マックイーンは…。」

マックイーンの冷徹な無表情を思い出し、椎菜は寒気が走った。

 

少しの沈黙後、使用人が再び口を開いた。

「マックイーンお嬢様から、あなたに言伝があります。」

「…また罠を?」

「いえ、今度は本当の言伝です。」

使用人は、一通の書き置きを椎菜に差し出した。

 

椎菜はそれを受け取り、暗い目で読んだ。

『会見にご協力頂きありがとうございました。あなたが行おうとしたことは秘密にします。今は、心が快復するまで身体を休めてて下さい。マックイーン』

 

椎菜が手紙を読み終えたのを確認すると、使用人は言った。

「お嬢様との連絡については私を仲介にお願いします。また許可があるまで、渡辺様の身はこちらで保護するようにとの指示を受けてます。」

「外部との連絡はしてもいいのですか?」

自分のスマホは所持したままなのを確認して尋ねると、使用人は答えた。

「お嬢様は構わないとのことです。ただ、渡辺様が外部と連絡をとる意志と言葉をもっているのならばということでしたが。」

 

「…。」

椎菜は、また俯いた。

疲れ果てた表情が、室内の蛍光灯にくっきりと照らされた。

 

 

 

***

 

 

 

「渡辺医師が目を覚まされましたか。」

 

依然、中山に向かう車中にあるマックイーンは、使用人からその連絡を受けた。

「ええ、先の指示通りでお願いします。彼女の看護を何卒お願い致します。…ええ、その際は、彼女自身から私の方に直々に連絡をお願いします。それまでは絶対に自由にさせないように。…では。」

 

「…。」

使用人との連絡を終えると、マックイーンはスマホをしまって、冷徹な表情を変えずに一つ吐息した。

 

椎菜が会見後に自らの命を絶つかもしれないという予感がしたのは、彼女が学園に来た際の挨拶を聞いた時。

その時はまだ予感でしかなかったが、会見時における彼女の言動を目の当たりにそれは確信に変わった。

更に、念の為に椎菜の持参物を調べさせていた使用人から帰還用の医療器が見つかったと聞いて、マックイーンは即時の処置を決断した。

 

気づいて良かったですわ…

マックイーンはまずそれにほっとしていた。

もし気づかなければ、間違いなく椎菜は命を絶つ行動をしていた。

そこまでに至っていた彼女の心身とその目的も察することは出来るが、絶対にそんなことをさせる訳にはいかなかった。

 

しかし…

マックイーンは芦毛の美髪に指を触れつつ、小さく息を吐いた。

彼女の脳裏に浮かんでいたのは、会見中に殺気だっていた椎菜の、その身から感じられた幾百のウマ娘の魂。

それも清らかなものでなく、悲嘆と絶望に満ちた魂達。

 

…あれが、歴史の罪がもたらした果てか…

マックイーンの視線は、再び車窓から療養施設の方向の真っ黒な夜空に向けられていた。

 

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