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5年目の夏。
3度目となる〈クッケン炎〉を発症した私は、4度目となる療養生活に突入した。
長期療養は避けられない脚の現状。
競走能力も既に衰えに入る年齢。
2年以上遠ざかり忘れかけている勝利の味。
心身とも瀬戸際まで追い詰められていた。
療養施設での生活が始まった。
痛み続ける脚、もう走れないのかという絶望、終わってしまいたいという虚無。
それは、これまでの療養生活の時よりも強くなっていた。
療養仲間達も次々と追い詰められ、その果てに何人も消えていった。
走る喜びを奪われた者、絶望の現実を受け入れた者、万策尽き果てた者。
次々と、この世界を去っていくことを選んだ。
その中で、私はこれまでと同じように仲間達の最期を看取り、その無念を自らの魂に刻みつけ続けた。
自分も地下室のベッド上へ誘われかける位、心が弱っていた。
それを耐えて、散ってゆく仲間達の思いをかき集め続けた。
〈死神〉に克つ為には、これをしなければならないという思いは不変だったから。
私を支えていたのは、全てを諦めようとした私を決死の叫びで止めた、ナリタブライアン・サクラローレルの二人。
この世界で最も愛する同胞と、唯一無二の盟友である同胞。
この二人への想いが、ほぼ消えかけた私の希望を灯す微かな灯火となっていた。
もう一度、二人の笑顔が見たい。
出会いの時に交わした、栄光の約束を果たしたい。
私の不屈を信じてくれた二人の願いを、叶えたい。
その思いだけで、私は折れかけた心を保ち続けた。
月日は流れ、秋になった。
そして、忘れもしない、9月14日。
海外遠征に向かっていたサクラローレルに、悲劇が起きた。
この秋、悲願であった凱旋門賞に出走する為、ローレルは欧州へ海外遠征を敢行していた。
そしてこの日、彼女は凱旋門賞の前哨戦に出走した。
日本を代表する最強ウマ娘であるローレルにとって、このレースは相手関係から見ても勝って当然と思われていた。
ところが結果は、まさかの最下位敗戦。
そしてその敗戦よりも、もっと恐ろしい現実が起きていた。
ローレルはレース中、クッケン断裂という重大な故障を負っていた。
それは事実上、サクラローレルというウマ娘の競走生命が永遠に失われたことを意味していた。
その後のローレルについての情報は、現地に赴いたトレーナーらによって少しずつ知らされた。
幸い命は助かったものの、競走能力喪失の重傷を負ったローレルは動くこともままならず、現地で治療を続けざるを得ない状況で、帰国も当分は困難だということだった。
夢の舞台直前で起きた悲劇に、彼女の心も多大なダメージを負っていることも知らされた。
ローレルとはもう二度と会えないかもしれない、そんな不安がよぎった。
悲しみと衝撃の中、私はローレルに連絡をとり、電話で彼女を何度も何度も励ました。
電話だけでは足らず、ローレル宛てに何通も手紙を書いた。
ローレルがいたから、私は何度も絶望から這い上がれた。
私以上の絶望と何度もぶつかり、それを乗り越えて栄光を手にしたローレル。
すぐ側に不屈を証明した彼女がいたから、私は希望を持ち続けることが出来た。
そして、完全に心が折れかけた私を、決死の叫びで思い留めてくれた。
そのことへの感謝と、生きていて欲しいという思いを、文字と言葉にしてローレルに送り続けた。
その後、現地に見舞いに言ったブライアンなどから、ローレルの状態が落ち着きつつあることを知らされ、私は安堵した。
彼女が私に感謝しているということも知らされた。
感謝するのは私の方なのにと、私は思った。
走れなくなっても、あなたが生きていてくれれば、それだけで私は嬉しいのだから。
ローレルの悲劇の一方で、同時期には『フォアマン』のチームにおいて、サイレンススズカがチームを去るという出来事もあった。
それに猛反対したステイゴールドがスズカと絶交寸前まで行きかける程の衝突をしてしまい、療養中の私が仲介にあたる事態にまでなった。
苦しい時に逃げては駄目だというゴールドの言い分も理解は出来たけど、一度きりしかない競走生活で理想の走りを求めたいというスズカの思いもよく理解出来た。
双方を説得して、何とか仲違いは阻止しようとした。
最終的にスズカのチーム離脱は決まり、ゴールドもそれに納得する形になった。
仲違いには成らず、それが一番ほっとした。
チームで次々と出来事が起きる一方、私は療養生活を続けた。
ローレルの悲劇に対しての衝撃も悲しみも大きかった。
だけど、心が沈みはしなかった。
それどころか、〈死神〉への闘志と復帰に向けての覚悟が更に強くなった。
今、絶望の淵に落ちたローレルに対して私が出来ることは、闘い続けること。
それだけだったから。
2年半前もそうだった。
競走能力喪失級の重傷を負い全てを諦めかけたローレルを支える為に私がした行動は、絶望に抗う姿を見せることだった。
今、ローレルは私の側にいない。
会うことの出来ない、遥か遠くの地にいる。
だとしても、ローレルの眼には見えなくても、その魂に届かせるように、私は必死に療養の日々を送った。
私だけでなく、同じ〈クッケン炎〉で1年以上の長期療養を続けているホッカイルソーも同じだった。
彼女は、私以上の重度の症状に苦しみながら、それでも折れることなく闘病生活を続けていた。
ルソーの胸中には前年の春に悲劇で帰還したシグナルライトの面影があるのだろう。
志半ばで散ったかけがえのない同胞のへの思いを胸に、彼女は懸命に闘い続けていた。
そして、5年目は終わった。
ローレルが競走能力を失い、スズカがチームを去った。
またロイヤルタッチもこの年限りで引退するなど、『フォアマン』は前年までの隆盛が嘘のようにメンバーも存在感も薄くなった。
それでも、ステイゴールドをはじめ残されたメンバーが皆頑張っていた。
その後輩達の姿にも励まされ、私は、恐らく今度こそ最後のチャンスになるであろう6年目への復帰を目指した。