1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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失心(2)

 

 

「しかし、ゼファーの判断力には驚きましたね。」

飲み物を手にしながら、ヘリオスはやや苦笑いして言った。

「彼女は間違いなく私の行動に賛同すると思っていたのに、まさか突き放されるとは想定外でした。」

 

「…そうですね。」

ルビーも、同意するように頷いた。

確かに、あのゼファーの態度にはルビーも驚いた。

 

だけど、その後の彼女の行動を知ってすぐにその理由が分かった。

「突き放されたどころか、私の行動は彼女に完璧に利用されてしまいましたね。…まあ、それは良い意味での想定外でしたけど。」

ヘリオスは、どこか悔しそうな表情を滲ませていた。

 

あの時ゼファーは、ヘリオスの行動によってマックイーン側が窮地に立たされたと見るや、味方であった筈のヘリオスに背いてマックイーン側の態度をとった。

それはマックイーンに借りを作って、自身が考えていた会見の代案を彼女に受け入れさせる為の判断だった。

結果その目論みは的中し、ゼファーの代案をマックイーンは受け入れることとなった。

 

「幾ら生徒会長でも、たった一人で会見を行うのは難しいことでしたからね。その窮地を助けたゼファーの要求を断れば今度こそ生徒会から去られてしまうと考え、譲歩に及んだのでしょう。…本当、見事なゼファーの判断でした。」

他の反対派だったパーマーやトップガンも、ゼファーの態度を見て彼女の目論みを察知したのだろう。

彼女達に利用された形になったヘリオスは、悔しくもその判断を認めざるを得なかった。

 

「彼女達を恨んでますか?」

「いいえ。」

ルビーの言葉にヘリオスはすぐに首を振った。

「さっきも言ったように、良い意味での想定外の結果になりましたから、むしろ感謝しています。流石は現役時代、私の後を継いだマイル王者ですよ、ゼファーは。」

ヘリオスは妙な褒め方をした。

 

「私は、違うかもしれません。」

ルビーは空になった容器を捨て、ヘリオスの方を見ずに呟いた。

 

「…そうだろうね。」

ルビーの呟きが聴こえたヘリオスは、ずっと生徒会モードだった口調が普段の口調になった。

「ルビーは恨んでいるだろうね、この私を。」

「…。」

「だって私は、あなたを完全に傷つけようとしたから。」

…マックイーンをたった一人にする為にね。

ルビーを振り向いたヘリオスの瞳が、あの時と同じ色を帯びていた。

 

「打ち合わせ前に、あなたと学園の石碑の前で話をしたわね。」

視線を逸らしたままのルビーに、ヘリオスは続けた。

「その時、私はあなたからマックイーンの案に賛成した理由を聞いた。ウマ娘名族の末裔の義務として負の歴史に終止符をうつため、そして、…ウマ娘同士が愛しあう権利を得る為だと。その言葉の真意は、私もすぐに分かった。」

 

「…ヘリオス。」

「でもそれは、間違ってると確信した。」

振り向いたルビーに、ヘリオスは間髪入れずに言葉を続けた。

「…っ。」

ルビーはヘリオスを見つめた。

初めて彼女に向ける、睨むような視線だった。

 

ルビーのその視線を受けながら、ヘリオスは全く動じなかった。

「ウマ娘界の重大な岐路において、私情を混同させることなどあってはならない。例えそれがあなたの心の底からの願いでも、私自身が何より求めたものだとしても、絶対に…。」

ヘリオスの瞳の色は変わらず、言葉もまるで日食のような冷たさを帯びていた。

「だから私は、あなたの差し伸べた手を振り払った。孤立化させようとした。」

 

「…。」

ヘリオスの言葉に、ルビーは俯いた。

「あなたなら、私の望みを受け入れてくれると思ってました。」

 

「…ごめん。」

ヘリオスの瞳から冷たさが消え、悲しげな色が浮かんだ。

「私は、何もかも捨てて遠くの世界に行こうとするお姫様の願いを聞き入れて、腕をとって運命を共にするような、そんな勇敢な騎士じゃない。願いに耳を塞いで、お姫様の腕を掴んでお城に連れ戻す、残酷な騎士なんだ。」

二人に冷たい風が吹きつけた。二人の間に生じた距離を現すような、肌に染み渡る寒風だった。

 

「でも、これで良かったのかもしれませんね。」

俯いた顔を上げ、ルビーは再びヘリオスを見つめた。

「この、ウマ娘界を未来を懸けた状況の中に、あなたと運命と共にする形で臨めるのですから。」

「…。」

ヘリオスの悲しげな表情に、僅かだが微笑が浮かんだ。

 

 

 

 

その後、二人は巡回を再開した。

 

 

「ところで、彼女はいつになったら現れるんでしょうか。」

巡回中、生徒会モードに戻ったヘリオスが、訝しそうに言った。

「そうですね。」

ルビーも、同じように首を捻った。

「ビワハヤヒデからの情報によれば、もうとっくにこの中山に到着しててもおかしくない筈です。」

 

 

 

二人は、ただ明日のレース開催について調査する為にこの中山に来たわけではなかった。

それよりも、重要な業務をマックイーンから指令されていた。

それは、『中山に向かったオフサイドトラップの身柄の保護&彼女の状態確認+α』

 

 

 

昼過ぎ、メジロ家に保護されていたオフサイドが中山に向かって発ったという情報が入った。

彼女の後を追ってビワハヤヒデや岡田も中山に向かったという情報も入った。

中山に向かうことになったヘリオスとルビーは、彼らと連絡を取りながら、この中山に到着した。

 

中山でのオフサイドの宿泊先は把握していたが、彼女はそちらには到着してないようだった。

だとするとこの中山競バ場に来るのかと予想し、二人は巡回しながら彼女が現れるのを待っていた。

 

しかし夜になっても、オフサイドの姿はなかった。

 

 

「先程届いたメジロ家からの情報によると、中山に向かう途中でオフサイドは車を降り、単身で中山に向かったらしいです。」

「そうですか…」

ルビーが新たな情報を伝えると、ヘリオスは腕を組んだ。

「そこから、彼女の消息は掴めないんですね?」

「ええ。ただ車を降りたのは中山にかなり近い場所でだったらしいので、この付近にいるのは間違いないようです。」

「…何か、トラブルにでも巻き込まれてなければいいけど。」

二人共、かなり気がかりな様子だった。

 

 

そうしていると、ヘリオスのスマホが鳴った。

出てみると、ビワからの電話だった。

「もしもしビワですか。…あ、オフサイドがどこにいるか分かりましたか。じゃあすぐそこに…え、何故ですか?…彼女と?…そうですか…了解です。」

 

「オフサイドの消息が掴めました。」

ビワとの通話を終えると、ヘリオスはスマホをしまいながらルビーに言った。

「彼女はどこに?」

「場所は分かりません。ただ、現在彼女と行動を共にしている者がいるようで、その者から連絡があったようです。」

「?誰が、オフサイドと行動を共にしているのですか?」

 

ルビーの問いに、ヘリオスはやや険しい表情を浮かべて答えた。

「…三永美久こと、サンエイサンキューです。」

 

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