1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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失心(5)

 

「仲間達の存在?」

「…そう、かけがえのない仲間達の存在。」

 

オフサイドがぽつりと反応し、サンキューはこくりと頷いた。

「あの時、相次ぐ悲しい出来事でボロボロになった私のことを、仲間達の誰もが心配してくれてた。あのライスシャワーですら、有馬のレース直前に私を止めようとする位にね。…だけど私は、嘘をついてまで仲間達の制止を振り切ってレースに出て、そして壊れた。その結果、仲間達は悲しみのどん底に落ち、負の思いが爆ぜた。」

 

「仲間達のことも考えられないくらい追い詰められていた、なんて言い訳はきかない。状態がどれだけボロボロだったとしても、仲間達のことを想えば、故障なんて…彼女達の願いを破壊することなんて絶対にしてはならなかった。」

 

 

 

「その背景があったから、先輩は帰還されなかったということですか。」

「…。」

オフサイドの無情な言葉に、サンキューは涙を堪える為に口元を抑えて頷いた。

 

 

前述(223話参照)のように、サンキューの身に起きた悲劇はウマ娘と人間・学園の深刻な対立を招きかけたが、サンキュー自身の願いによってそれは回避された。

そしてサンキューも本来ならば帰還処置を受けるところを、人間になるという選択を選び、ウマ娘としての生涯を終えた。

 

 

「仲間達を悲しみのどん底に突き落として、ウマ娘と人間の対立を招きかけたのに、そのまま帰還して自分だけ楽になるなんて出来なかった。…神様だって、そんな私を許してくれる筈がない。」

口元に当てたサンキューの掌は、自責の念に震えていた。

 

「だから、例えどんなに苦しいことになろうと、ウマ娘としての自分を捨ててでも、生き残らなきゃいけないって思った。生きてさえいれば、仲間達の心の悲しみを少しでも癒させることが出来るかもしれないと思って…。そして、もしかしたら私のような状況になってしまった未来のウマ娘に、救いの手を差し伸べられるかもしれないと…」

 

 

「…オフサイドトラップ。今のあなたは、あの時の私だわ。」

口元から手を離し、震えを抑えて気力を振り絞って、サンキューはオフサイドの無表情を見つめた。

「全てに絶望して、何もかもどうなってもいいという心境になってる。仲間達のことも考えられない位に。…その気持ちは分かる、本当に分かる…」

 

「だけど、それは間違ってる。どんな理由があっても、どれだけ絶望してたとしても、自分がどうなってもいいと思ってはいけない。レースで帰還しても構わないなんて思ってはいけない。自分を愛してくれる仲間達の存在を忘れてはいけないの。それは、更なる絶望への誘いだから。…心の、負の〈死神〉の魔の手だから。」

 

「私はもう、〈死神〉の魔の手にかかる同胞なんて見たくない。私みたいになって欲しくないから。…だから、」

サンキューは瞳を一杯に開いてオフサイドを見つめ、心の底から言葉を絞り出した。

「どうか、帰還するという決意を変えて、生き残って。あなたには仲間もいる。未来だってある。ここまで来て〈死神〉の魔の手に落ちないで欲しい。」

 

 

「…。」

サンキューの渾身の言葉を聞き、オフサイドは無表情のまま、じっと眼を瞑った。

二人の間に、重く冷たい静寂が流れた。

 

 

 

***

 

 

 

サンエイサンキュー先輩…

喫茶店から少し離れた、道路の角。

そこにはビワハヤヒデが、物陰から隠れて店内のオフサイドと美久の様子を見守っていた。

 

先程、岡田と一緒にいる際に、美久からオフサイドと共にいるという連絡を受けたビワは、そのことをルビー達ににも伝えた後、自身は美久から居場所を聞いてこの場に駆けつけていた。

岡田を連れて来なかったのは、サンキュー(美久)の正体を明かせない為だった。

 

この場に着いたビワはすぐに二人の姿を喫茶店内に確認したものの、二人きりで話がしたいという美久の要望通りに店内にはいかず、少し離れた場所で二人の状況を見守り続けていた。

 

 

まずい状況ですね…。

店内の二人を見守り続けているうち、ビワはオフサイドの雰囲気が徐々に変貌していくのに気づいていた。

いや変貌というより、彼女に巣食っていた〈死神〉が溢れ出して、サンキューを完全に浸そうとしていることに気づいていた。

 

「…。」

ビワはスマホを取り出し、生徒会の仲間に緊急連絡をした。

 

〈ダイイチルビー、ダイタクヘリオス先輩へ 今すぐ〇〇〇の喫茶店前に来てください〉

 

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