1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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失心(7)

 

「…。」

オフサイドの後を追い始めたヘリオスとルビーは、追っている方向から感じていた雰囲気が更に禍々しくなっていくのを感じた。

「これは…」

二人は、一旦追うのをやめて立ち止まった。

 

「どうやら私達が相手にするのは、本当に〈死神〉のようですね。」

「ええ。」

立ち止まり、ポツリと漏らしたヘリオスの言葉に、ルビーは頷いた。

二人の表情に、かつてない程の危機感の色が露わになっていた。

 

「他の仲間達が到着するまで待った方がいいかもしれません。私達二人だけでは、オフサイドトラップの保護はおろか、さっきのサンキューのようになってしまう可能性が高いかもしれない…。」

ルビーはこのままオフサイドを追うことを躊躇するように言った。

 

「いや、行きましょう。」

ルビーの提案に、ヘリオスは首を振った。

「サンエイサンキューが、逃げなかったんですから。」

「ですが…。」

「それに、もう始まってしまっているみたいです…。」

 

「…。」

ヘリオスの言葉に、ルビーは沈黙した。

 

「分かりました。」

少しの沈黙の後、ルビーは覚悟を決めたように頷き、そして再度問いかけた。

「ダイタクヘリオス。私達も間違いなく膨大な〈死神〉の絶望と相対することになるでしょう。その覚悟はおありですか?」

 

「生徒会の一員になった時から、全ての絶望と相対する覚悟は出来てます。」

ヘリオスは即座に返答した。

かつて現役時代にターフの太陽と渾名された彼女の表情は、その言葉が全く嘘でないと分かる位に澄み切った覚悟の色を帯びていた。

 

「…それでこそ、ダイタクヘリオスです。」

ヘリオスの表情を見て、ルビーはかすかに微笑し、そっとヘリオスの手を握った。

「ダイイチルビーこそ。」

ヘリオスは表情を変えず、その手を握り返した。

 

そしてすぐにお互い手を離すと、オフサイドの後を追って競バ場へと駆けていった。

 

 

 

 

***

 

 

 

…私が彷徨ってた理由、言ってませんでしたね。

サンキューとの話を終えて店を出た後、競バ場への夜道をよろよろと歩いていたオフサイドは、つと脚を止めた。

 

…実は、彷徨っていたんじゃないんです。

本当は、私の後を追ってくる妙な気配の正体が気になって、その正体を知る為に、彷徨いを装って現れるのを待ってました。

まさかそれが美久さんで、しかもサンエイサンキュー先輩だったとは思わなかったけど。

 

「間違いでしたよ、サンキュー先輩…」

先程の事を思い起こしながら、オフサイドは、小さく溜息を吐いた。

…先輩は相手を間違えた。

療養ウマ娘達が相手ならば、恐らく先輩の声は届いてた。

 

…でも、今の私相手では、たとえ先輩の魂の底からの声であったとしても、とても届きようがない。

それどころか、逆に〈死神〉の闇に覆われてしまうだけ…

負の〈死神〉の魔の手にかかったサンキューの姿が、オフサイドの脳裏に浮かんだ。

 

「お許し下さい…どうかご無事で…」

痛みを伴った口調で、オフサイドは祈るように呟いた。

 

呟きを洩らした後、オフサイドはふっと息を吐き、眼を一瞬瞑った。

眼を開いた時には、サンキューのことは彼女の脳裏から消えていた。

再びよろよろと歩き出した彼女の表情は、吹きつける寒風よりも冷たく映った。

 

 

 

それにしても…

寒風の吹く夜闇の中、オフサイドは冷徹な無表情の中で思った。

偉大な同胞達が次々と、私の後を追ってきてるみたいね…

方々から迫ってくるその気配と波動を、異常な程研ぎ澄まされたオフサイドの感覚が鋭敏に反応していた。

 

今、かなり近くに私を追ってる気配が二つあるわね…生徒会の先輩方かな。

そして、まだ遠いけど少しずつ迫ってくる気配が一つ…まるで〈死神〉みたいな波動…生徒会長かしら。

岡田トレーナーも近くにいるようね…しかも、懐かしい偉大なオーラを放つウマ娘と一緒に…。

 

他にも、いくつかの同様の気配を、オフサイドは感じた。

 

 

「総力戦ね…。」

オフサイドは、再びふっと息を吐いた。

集められるだけの同胞の総力を持って、この私と、私の中の〈死神〉を相手にしようというのかしら。

 

息を吐いた彼女の全身からは、暗黒の底のような雰囲気がまた溢れ出した。

どうやら生徒会長は、私の真意に辿り着いたようですね…。

 

「…分かりました。」

そのまま全て溢れ出そうな〈死神〉を堪え、オフサイドは白い息を吐きつつ一人頷いた。

「覚悟を決められたようですね。…いいでしょう、お相手します。ウマ娘界の未来を懸けて。」

 

 

 

その時。

「…?」

オフサイドは突然、これまでと違う違和感を感じたように身体を硬直させた。

 

「まさか…」

彼女の表情が恐れを感じたように揺らぎ、その視線は夜空へと向けられた。

雲に覆われた上空の中を、飛行機の灯りが移動しているのが、彼女の瞳に微かに見えた。

その飛行機から、オフサイドはそれを感じた。

「…サクラローレル。」

 

オフサイドは、しばらく上空の飛行機の灯りを見上げたまま動けなかった。

 

やがて飛行機は、夜空の彼方に見えなくなった。

 

…帰ってきてしまったのか。

「あなたとも、闘うことになるのね。…分かったわ。」

心の動揺と〈死神〉の鳴動を堪え、オフサイドは競バ場への道を再び歩き出した。

…ローレル、例えあなたが相手になったとしても、私は使命を遂行するから…

 

飛行機の見えなくなった先の夜空を見上げ、オフサイドは歩きながら呟いた。

「この世界に刻みつけてやるから…積み重なった絶望を、〈死神〉の景色を…。」

 

夜闇の中、凍てつくような寒風が中山一帯に強く吹き荒れていた。

 

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