「ところで、」
オフサイドは無表情に戻し、改めてルビーとヘリオスを見て尋ねた。
「その恐ろしいウマ娘に、お二人は何の御用で会いに来たのでしょうか?もしや先程のサンエイサンキュー先輩と同じく、私の決意を変えさせる為でしょうか?」
「…。」
サンキューの名前を出され、ルビーとヘリオスの雰囲気がざわっと変わった。
努めて穏やかだった空気は消え、二人の視線は張り詰めた色を帯びて、オフサイドの視線を見つめ返していた。
「お二人とも動揺されてますね、これは意外でした。」
二人の様子が変わったのに気づき、オフサイドは小首を傾げた。
「…オフサイド。」
「まあ、無理もありませんか。」
低い声を出したヘリオスから視線を逸らし、オフサイドは無感情な声で言った。
「サンキュー先輩は、少なくとも同じラストランになったヘリオス先輩にとっては忘れることの出来ない同胞ですからね。私も、人間としての三永美久さんとは長い付き合いでしたし、療養ウマ娘達やチーム仲間とも親交が深かった。そんな先輩が、あのようなことになってしまったのは、私としても少々心が痛いです。」
「…どうして、」
言葉と裏腹に少しも心が痛んでなさそうなオフサイドを見て、ルビーが静かに問いかけた。
「あんなに優しいウマ娘の、心の底からの願いを、どうして冷たく突き放したのですか?」
「私情と使命は別ですから。」
問いかけに対し、オフサイドは間髪いれずに即答した。
「重要な使命を果たす為には、残酷なくらい私情を捨てなければならない時があります。それが例え同胞を傷つけることになったとしてもです。そんなことは、学園の生徒会として常にウマ娘界の未来を背負って生きている先輩達ならば良く分かってるでしょう?」
「…。」
オフサイドの指摘に、ルビーは黙った。
傍らのヘリオスも無言のまま、一瞬の沈黙が流れた。
「しかし、生徒会の冷酷さには驚きましたね。」
一瞬の沈黙を破ったのは、オフサイドの先程までとは違う異様に重く低い声だった。
「我々が冷酷…あなたへのことかしら?」
「誤魔化してはいけません。今言ったサンキュー先輩のことです。」
オフサイドの口調に、微かに侮蔑の色が混じっていた。
「…どういう意味ですか?」
「まさか分からないのですか。」
意味が分からないという表情をした二人に、オフサイドは続けた。
「分からないのなら、はっきり言いましょう。私と会ったサンキュー先輩があのような状態になってしまったのは、先輩方生徒会のせいだと。」
サンキューに〈死神〉の楔を打ち込んだ張本人であるにも関わらず、オフサイドはまるで裁断者のような口調で言った。
「…何を言うのですか。」
思わぬ指摘に、ルビーもヘリオスも表情が険しくなった。
「何か間違いが?」
色めいた二人に、オフサイドは表情も口調も変えずに言った。
「だって、さっき先輩方は、私がどのような状態にあるか知ってたと明かしましたよね?だとすると、その状態にある私に同胞を容易に近づけてはいけないことぐらい、当然分かっていた筈です。」
「…。」
「なのに生徒会は、生徒会長もビワハヤヒデ先輩もそしてお二人も、サンキュー先輩と私が会ってしまうことを止めようとしなかった。先輩の身が〈死神〉の前に晒されることを許した。」
生徒会の方針が関わらないない限り、今の自分に外部者が接触など出来る訳ないことを、オフサイドは分かっていた。
「サンキューをあなたと会わせたのは、彼女の強い希望があったからです。」
オフサイドの指摘に対して、ルビーが心の揺れを抑えながら答えた。
「彼女は昨晩ライスシャワーの帰還に立ち会い、更にはウマ娘としての記憶を取り戻しました。悲しみと衝撃の中で、彼女はライスの遺志と自身の願いを携えて、あなたと接触することを望んだです。仲介にあたったビワハヤヒデはその危険性を誰よりも分かってましたから、当然接触を止めようとしたと聞きました。…それでも彼女の、サンキューの意志の強さを見て、あなたと…」
「冷酷な言い訳ですね。」
ルビーの説明を遮り、オフサイドは呆れたように溜息を漏らした。
「つまりルビー先輩は、サンキュー先輩が私に接触した理由は彼女が強引に意志を通したからであって、あのような結末になったのも先輩の自業自得だと言いたいのですか。」
「それは…」
オフサイドの容赦ない指摘に、ルビーは表情が蒼ざめた。
「あなたの言う通りよ。」
蒼ざめてふらつきかけたルビーを腕で支えて、傍らのヘリオスが冷静な口調で答えた。
「ビワの注意をサンキューは聞かなかった。危険を省みずに生徒会を近づけず、あなたと二人きりで接触した。その結果があのようになってしまったのは、確かにサンキュー自身の自業自得だよ。」
「…。」
自身の言葉を聞いたルビーが更に蒼ざめ、それと対照的にオフサイドは平然としているのを見つつ、ヘリオスは言葉を続けた。
「とはいえ、全てがサンキューの自業自得ではないよ。あなたの言う通り、彼女を止めなかった私達生徒会にもその責任の一端はある。かなり重いね。」
「認められましたか、その罪を。」
「でも…でもさ、」
それまで冷静な様子を保っていたヘリオスは、僅かに身を震わせながら、平然としているオフサイドを睨みつけるように見据えた。
「そんな指摘は、サンキューをまた絶望のどん底に突き落とした張本人からは言われたくないかな。」
込み上げる感情を抑え込むように、ヘリオスは重々しい口調で言った。
「私を憎んでいますか?」
「…もしかしたら、負の感情を抱いてるかもしれないね。」
ヘリオスは自嘲するように薄く笑った。
かつて“太陽のウマ娘”と呼ばれた明るさを持つ彼女の表情は、暗く翳り出していた。
「少し驚きました。」
ヘリオスの一連の言葉を聞き、オフサイドは少しも変わってない表情と口調で、彼女を見つめた。
「一点の影もなさそうなウマ娘であるヘリオス先輩が、そのような表現をするなんて。」
「私もかつてはレースの頂点に何度も立ったウマ娘だからね。生徒会云々以前に、同胞への残酷さは備えてるよ。それにウマ娘以前に、生きとし生けるものである以上、負の感情だって心の奥底に宿命的に存在してる。…あなただってそうでしょう?オフサイドトラップ。」
冬の夜空の下、ヘリオスは額に滲んだ汗を拭った。
オフサイドは頬にちょっと微笑を浮かべただけで、何も答えなかった。
「…私達があなたに会い来た目的を言うよ。」
汗を拭った後、ヘリオスはオフサイドを見据えたまま本題に戻るように言った。
「私達はサンキューと違って、あなたの決意を変えるのが目的なのではないわ。」
「…ええ。」
ヘリオスに続いて、ルビーも宝石色の瞳を強く光らせて言った。
「我々の目的は、あなたの中に宿った負の〈死神〉の魔の手から、あなたと同胞達の魂を救済することです。」
「つまり、あなたが有馬記念で遂行しようとしている行動を阻止するということだよ。」
中山に派遣されたルビー・ヘリオスにマックイーンが出した『中山に向かったオフサイドトラップの身柄の保護&彼女の状態の確認+α』という指示。
そのαの部分には、もう一つの指示が含まれていた。
『オフサイドの状態次第では、彼女との対峙をお願いします』
「そうでしょうね、そうだと思ってました。」
二人の言葉を聞き、オフサイドは冷たい微笑から、暗黒に満ちた白い微笑に変えて頷いた。
サンキューと会っていた時よりも更に増した〈死神〉の気配が、彼女の身体から黒煙のように溢れ始めていた。