1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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宣戦布告(3)

 

「これは、生徒会長の差し金ですか。」

〈死神〉の気配がはっきりと溢れ出したオフサイドは、更に無感情の冷たさを帯びた口調で尋ねた。

 

「ええ。といっても、これは会長に限らず生徒会全員の総意ですが。」

〈死神〉の気配に警戒心を強めつつ、ルビーは答えた。

「総意?」

「少なくとも今のような状態にあるあなたを、このまま有馬記念に出走させる訳にはいかないという総意です。」

 

「その通り。」

ルビーに続いて、ヘリオスも言った。

「あなたは間違いなく、有馬記念で何かを起こそうとしている。あなたは自らの帰還が目的だと生徒会長に伝えたみたいだけど、それだけだなんてもう誰も信じてないわ。」

 

「…では、何が目的だと?」

オフサイドは微笑を湛え、ゆらりと柵にもたれた。

「それははっきりとは分からないよ。でも、それが途轍もなく危険なものだってことは、今のあなたを見ればある程度推測出来るさ。」

彼女の全身から溢れ出し、黒煙の様に立ち昇る〈死神〉の気配を感じながら、ヘリオスはにこりともしなかった。

 

「途轍もなく危険な目的、ですか。」

なるほどと、オフサイドは頷いた。

「つまりその目的によって、有馬記念の開催に支障が生じることを恐れているのですね。」

わざと歪んだ解釈をするかのように、オフサイドは言った。

「それならば、私を競走除外にすればいいのでは?有馬記念が無事に開催される為にはそれが一番手取り早いですし、手間も省けます。」

 

「それで全てが解決するのならば、その方針をとっていたかもしれません。」

挑発に乗らず、ルビーは冷静に返した。

「でも、事態はそんな単純ではない。…もしその方針をとったら、あなたの中にある膨大な負の〈死神〉と、それに囚われた同胞の魂が爆発することが明白でしたから。」

「ほー、つまり先輩方が相手と見ているのは、私の中にいる負の〈死神〉と同胞達の魂、ということですか。」

「その通りです。あなたの中にある負の〈死神〉を消滅させ、あなたと同胞達の魂を救済する。そして背負ったもの全てから解放された状態で、あなたに有馬記念に出走してもらう。それが我々の方針です。」

 

 

「“同胞達の魂の救済”…か。」

ルビーの言葉を口元で反芻したオフサイドの無表情に暗い翳が宿り、彼女はフーっと重い吐息をした。

「その救済とやらを、生徒会は今日に到るまでどれだけ遂行されてきたのでしょうね。過去にどれほど多くの同胞達が、絶望の果てに散っていったことか…。」

オフサイドから溢れて出る〈死神〉の影が、その予兆を示すかのようにまた不気味に揺らいだ。

 

「過去に遂行出来なかった救済は、人間との兼ね合いが懸念されてた事柄であって、我々の力だけではどうしようもないものでしたわ。」

〈死神〉の揺らぎに気づきつつも、ルビーは顔色も変えなかった。

「でも、この救済は違う。人間とは無関係の、我々ウマ娘でしか解決出来ない事柄ですから。」

 

「はー、」

オフサイドの口から漏れた吐息と共に、溢れ出る〈死神〉の影が更に不気味に揺らいだ。

「人間との関係に関わる事柄での同胞の苦しみは救済出来ないけど、今回のように同胞内だけの事柄ならばいくらでも救える、そういう訳ですか。」

 

「まさか、そんな訳ないよ。」

オフサイドの冷え切った言葉に対し、ヘリオスは首を振った。

「同胞内のことだけでも、責務を全うするのは大変だよ。ましてや今回の責務は、ウマ娘にとって最悪の〈死神〉に囚われた同胞を救うことだからさ。」

胸の前に組んでいる彼女の両腕は、毅然とした表情と裏腹に僅かに震えていた。

 

「怖いのですか。」

「ああ、怖いね。」

震えを堪えながら、ヘリオスは正直に頷いた。

「だって、まかり間違えれば、私達も〈死神〉の餌食になる可能性があるんだから。」

 

 

「〈死神〉の餌食…そうですね。」

オフサイドは首をゆらゆらさせた。

「確かに私の中の〈死神〉は、あなた方も餌食にしたいと揺らめいてますよ。」

「…。」

オフサイドの頬に白い笑みが浮かび、ルビーとヘリオスは沈黙した。

 

 

冬の寒さすら凍てつきそうな空気が立ちこめる中、オフサイドは言葉を続けた。

「先程、お二人は私の中の〈死神〉を消滅させると仰いましたが、それはどのような方法でですか?自分に宿ったそれを相手にするのとは違いますよ。」

 

「他に宿った〈死神〉との闘い方は、あなたが一番よく知っているでしょう?」

ヘリオスが返答した。

「〈死神〉に侵され絶望の果てに散っていった同胞の魂を無数に背負い、自らがそれを乗り越えて栄光を手にし、同胞の魂を浄化しようとしたあなたなら。」

 

「なるほど、つまり先輩方は、私が背負った同胞達の魂を共に背負おうということですか。」

「その通りです。あなたが背負ったものを私達も背負い、同胞達の魂を浄化させるのです。」

「いいのですか?浄化どころか、〈死神〉の餌食になる可能性の方が高いですよ。」

オフサイドは乾いた口調で尋ねた。

 

「それを恐れて躊躇してる猶予はないんだよ。」

ヘリオスは、僅かに頬に浮かんだ汗を拭った。

「オフサイドトラップ、あなたは〈死神〉といい同胞の魂といいこの世の理不尽といい、あまりにも背負い過ぎてしまった。背負い過ぎてしまった結果、あなた自身がもう“〈死神〉のウマ娘”になりかけてる。…それを阻止する為には、もう躊躇することなんて出来ない。」

オフサイドを見据えるヘリオスの瞳に、微かに悲しみの色が浮かんだ。

 

 

「“死神のウマ娘”、か。ええ、その通りですね。」

ヘリオスの言葉に、オフサイドは瞳から曇りを消し、小さく吐息しながらまたふっと微笑した。

「私自身が〈死神〉にならなければ、〈死神〉相手に抗うなど不可能だったのですから。」

 

「…。」

「とはいえ、背負い過ぎたことは事実ですね。」

オフサイドは、微笑を消して俯き気味に前髪に触れ、乾いた口調で言葉を洩らした。

「私は自らの器の大きさを見誤っていました。同胞の無念も嘆きも最期もその全てを背負って、〈死神〉に打ち勝ってやる…その過大な傲慢さが、このような現実を招いた。それは認めざるを得ません。」

 

「オフサイドトラップ…」

「…でも、これでいいんです。」

オフサイドは俯いていた顔を上げ、前髪を指先で払いながら呟くと、微笑した。

これまでの不気味な微笑とはまるで違う、一線を越えるような危険な色彩を帯びた微笑だった。

 

吹きつけていた寒風がピタリと止んだ。

ルビーもヘリオスも雰囲気の変貌を察し、足の爪先まで切迫感で張り詰めさせてオフサイドを見据えた。

 

 

「背負い過ぎて、もう潰れそうになるところまで私は絶望の底に辿り着くことが出来た。この世界の理不尽さの究極にも晒され、その虚無の深淵を知ることが出来た。その結果、私は最後の使命に辿り着けられたのですから。」

「最後の…使命?」

「ええ。」

微笑を浮かべて言葉を出しながら、オフサイドは柵から背を離し、ゆっくりと動き出した。

溢れ出る〈死神〉の影を携えて、ルビーとヘリオスに向かって。

 

「…。」

禍々しく凍え切った〈死神〉の雰囲気を纏ったウマ娘が近づいてくる中、ルビーとヘリオスは無言のまま一歩も退かず、表情も動かさなかった。

 

 

 

「本当は、明日に始めるつもりでした。」

オフサイドは二人の目の前まで歩み寄り、無感情な瞳で見つめて言った。

「だけど、偉大な先輩方の覚悟に敬意を表して、今、ここから始めることにしましょう。…ウマ娘の未来を懸けた闘いを。」

 

次の瞬間、オフサイドの全身から溢れ出していた〈死神〉の気配が、爆発したかのように一気に溢れ出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

「⁉︎…」

 

中山競バ場からやや離れたホテルにいた、岡田と某ウマ娘。

二人は突然、途轍もない悪寒を感じ、競バ場の方角に意識を向けた。

 

夜闇の中、その方角から巨大で不吉な何かが立ち昇り拡がっていくのを、二人は悪寒と共にはっきりと感じとった。

 

「岡田トレーナー、これはまさか…。」

「…ああ、間違いない。負の〈死神〉の爆発だ。」

一緒にいた某ウマ娘…トウカイテイオーの言葉に頷き、岡田は切迫詰まった険しい表情で言った。

「オフサイドトラップの中に巣食っていた最悪の〈死神〉が、全てのウマ娘を虚無と絶望の底に落とす為に、とうとう動き出したんだな。」

 

…それも恐らく、オフサイド自身の意志と共に…

険しい表情の中で、岡田はそれを直感した。

 

 

 

 

***

 

 

 

『…もしかするとオフサイドトラップは、有馬記念の場において負の〈死神〉の抑えを解放する気なのかもしれない。それはつまり、ウマ娘にとって最大で最高の夢舞台で『大償聲』を起こすということだ。』

『信じたくないことだが、もうオフサイドは負の〈死神〉に陥落してる可能性が高い。“死神との決着”という言葉が、彼女が〈死神〉に敗れたことを明らかにするという意味ならばそうなる。』

 

 

…敵は、負の〈死神〉…

 

中山競バ場へと向かっている、マックイーンを乗せたメジロ家の車両。

直近に岡田から送られた通知の内容を思い返しながら、マックイーンは車窓から競バ場の方角を眺めていた。

その方角に、巨大な暗黒の気配が爆発したことを、彼女も感じとっていた。

 

…そして、オフサイドトラップ…

冷徹を超えて凍え切った瞳を光らせ、マックイーンは胸のうちで呟いた。

 

芦毛の美髪を揺らめかせているマックイーンの全身からは、かつて『真女王』としてターフに君臨した絶対王者の威圧感だけでなく、〈死神〉と遜色ない程の底知れない凍てついた闇の気配が滲み出し始めていた。

 

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