1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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魂襲(3)

***

 

 

…何が起こってるの?

 

中山競バ場内の異常な空気を感じ、その場外の道路で立ち竦んでいる一人のウマ娘がいた。

今しがたここに到着したばかりのメジロデュレンだった。

 

 

夕方の生徒会の会見後、パーマーからマックイーンが中山に向かったという連絡を受けたデュレンは、苦慮の末に自らも中山に行くことを決断し、この場所へと向かっていた。

 

しかし中山競バ場に着いてみると、肝心のマックイーンの姿は見当たらず、彼女との連絡も繋がらなかった。

 

 

…マックイーン、あなたはそこにいるの?

場内の観客席の方からはっきりと感じられる、〈死神〉としか思えない絶望に満ち溢れた空気と波動。

そこで恐ろしく危険な事態が起きているであろうことは、デュレンも当然察知していた。

 

「…逃げた方がいいかも。」

デュレンは、凍てついた空気に身体を震えさせながら呟いた。

そもそも自分は遁世した身だ。

外界との関わりを絶った歳月も長いのに、突然このウマ娘界最大の修羅場といえる現場に身を乗り出す方がどうかしている。

 

私が介入する意味なんてない、マックイーンの力になれそうもないのに。

自らよりも遥かに優秀な妹の姿が、デュレンの脳裏に浮かんだ。

「私に出来ることなんて…何もないよ…」

闇空に巨大な塊のように溢れ出した〈死神〉の存在を感じ、デュレンは自らを納得させるように何度も呟いた。

 

しかしデュレンの脚はこの場から前に進むこともなければ後ろに退がることもなく、進退を決めかねたまま佇み続けていた。

 

 

と、ふと視線を向けた競バ場の門前に、一人のウマ娘が現れたのが映った。

 

「…マックイーン?」

遠目ではっきりとは分からなかったが、芦毛の姿が場内に駆け入っていくのが見え、デュレンはハッとした。

 

 

 

***

 

 

 

「はあ…はあ…。」

競バ場内に駆け込んだ芦毛のウマ娘は、ビワハヤヒデだった。

 

喫茶店で倒れたサンエイサンキューの救護に当たっていた彼女は、その後サンキューの身をメジロ家の使用人と共に病院まで搬送した後、この競バ場に引き返していた。

 

 

…観客席の方か。

凄まじく絶望的な空気が溢れ出ている方向に、ビワは息を整えながらすぐに向かった。

 

そして観客席に入ると同時に、膨大な〈死神〉の空気に満ちたその中心にいるウマ娘の姿が視界に飛び込んだ。

 

 

「オフサイドトラップ…」

「あなたでしたか、ビワハヤヒデ先輩。」

場内の観客席。

新たに現れた先輩ウマ娘の姿を見て、オフサイドは無感情な視線を向けた。

 

オフサイドの目の前には、ルビーとヘリオスがぐったりした姿で地面に腰を下ろしていた。

二人とも、半ば意識を失っているようだった。

 

「ルビー先輩!ヘリオス先輩!」

ビワは二人の姿に気づくと青ざめ、すぐに駆け寄った。

 

「…ビワ…」

ビワの呼びかけに、ヘリオスが微かに反応した。

「…ごめん、あなた達が来るまでは持ち堪えたかったけど…どうやら私とルビーはここまでみたい…」

言葉の力もなくなっていた。

 

 

「…オフサイド、先輩方に一体を何をしたんだ?」

二人の状態を確認しながら、ビワはオフサイドを見た。

「分かりきったことを。」

溢れ出る〈死神〉を纏わせて、オフサイドは冷笑して答えた。

「両先輩…いや、生徒会の望みであった、負の〈死神〉の手に落ちた同胞達の魂を救済したいという要求を受け入れ、〈死神〉ごとそれを背負って頂いた。それだけです。」

 

「負の〈死神〉を背負う…」

「両先輩とも、膨大な〈死神〉と虚無によく耐えらました。並の同胞ならとても背負えない程の〈負〉を受け入れたのですから。やはり覇道を刻んだウマ娘は規格外ですね。私などでは到底届かない地点まで辿り着いた偉大な同胞…その誇りと強さを目の当たりにしました。…最も、両先輩が背負われた〈死神〉と虚無の量は、全体の1%にも満たない規模ですが。」

称賛と畏敬の言葉を口にしたオフサイドだが、その表情の頬には冷笑が浮かんだままだった。

 

「…。」

「…はは…」

表情を強張らせたビワと対照的に、彼女の腕に抱き支えられているヘリオスは微かに笑った。

「恐ろしいね、オフサイドトラップ…」

 

「私に対して、今度こそ負の感情を抱かれましたか?」

「…まさか。その逆だよ。」

オフサイドの尋ねに、ヘリオスは首を振った。

「私達、これだけのものと長年向き合おうとしなかったんだなって…。同胞達の苦しみ…殆ど理解出来ていなかったんだなって…そのことを恐ろしく思ったの…。」

 

「…。」

「ごめんね…同胞の皆。ごめんね…オフサイドトラップ…」

途切れかかった意識の中で言葉を洩らすヘリオスの表情には、悲しげな微笑と涙が滲んでいた。

 

 

僅かに眉を潜めたものの、オフサイドはヘリオスの呟きにそれ以上反応せず、その冷たい瞳は改めてビワを見据えた。

「ビワ先輩、あなたも〈死神〉の侵食を受けにこられたのですか?」

 

「…私は、別用かもしれないな。」

自らに侵食しようとする〈死神〉を心身に感じながら、ビワは毅然とした態度でオフサイドの冷たい眼を見返した。

 

「別用?」

「…。」

オフサイドの問いに答えず、ビワはぐったりしている生徒会の両先輩に視線を戻した。

…二人とも完全に〈死神〉に侵食されてる。

意識も正気も辛うじて保っている状態だ。

このままでは二人とも危ない、安全な場所に移動させなければ…

 

 

 

と、

「…誰ですか?」

怪訝な声と共に、オフサイドの視線がビワの後方に向けられた。

「…?」

つられてビワも振り返ると、観客席の入り口に、今し方ここに現れたらしいウマ娘がいた。

 

あれは…

これまで会ったことすらないが、その鹿毛のウマ娘の姿をビワは微かに知っていた。

「…メジロデュレン先輩?」

 

 

 

マックイーンじゃなかったのか…

芦毛のウマ娘がビワハヤヒデの姿であったことを確認し、デュレンは苦笑いした。

芦毛の姿だけでマックイーンだと思って追いかけてきたのは早計だったなと、内心で悔やんだ。

 

…立ち入っちゃったよ、危険過ぎる現場に。

デュレンも、この場内に渦巻く異様な気配の正体が負の〈死神〉だということをはっきりと感じとっていた。

そしてそれが、この場にいる一人のウマ娘から溢れ出しているということも。

 

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