1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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祝福と真女王(3)

 

「…。」

瞳を蒼く光らせて問いかけたライスに対し、マックイーンも瞳を翠色に光らせ、カップを置いた。

 

「あなたになら、教えても構いませんわね。」

ポツリと呟いた後、彼女はライスの蒼眼を翠眼で見返した。

「実を言いますと、学園側は騒動で起きた幾つかの事態に対して行動を起こせる準備は整っています。ですが、それを実行するか否かに関して、学園上層部で意見が分かれている状況なのですわ。」

「意見が分かれている?」

「ええ。」

 

マックイーンは一枚のメモを取り出し、以下のように書いた。

『天皇賞・秋後に起きた主な事

(1) 学園所有物への物的被害、及び学園への不法侵入

(2)オフサイドトラップ及び『フォアマン』チームに対する過激な取材攻撃

(3)オフサイドトラップの優勝インタビューに対する世間の過度なバッシング・中傷

(4)オフサイドトラップの天皇賞勝利を正当に評価せず、無意味・無価値だと貶め名誉毀損した世間・報道・専門家・学園関係者の発信・発言』

「天皇賞後の騒動で起きた“事”は主にこの四つで、学園が対処を検討しているのもこの四つです。」

 

マックイーンはメモ用紙をライスに見せながら説明した。

「(1)に関しては、いずれ法的措置をとる方針で一致しています。物的被害ですから当然です。」

「いずれ?今すぐではないのですか?」

「その理由は、後ほど説明します。」

ライスの質問を逸らした後、マックイーンは続けた。

「(2)に関しても、法的措置を取るべきとの見方が強いです。オフサイドトラップだけでなく、他の『フォアマン』のメンバーも被害を受けたのですから。ただ相手が報道陣である為、実行には慎重の姿勢です。それに問題として、一番の被害者であるオフサイドトラップが、それを希望してない現状がありますわ。」

 

「オフサイドさんが希望してない?」

「ええ。正しくは、希望云々どころではないのですわ。」

マックイーンは僅かに表情を険しくさせた。

天皇賞騒動が収まりかけた頃、マックイーンはその件の法的措置について相談する為オフサイドと直々に会った。

だが、話を聞いた途端オフサイドは平静さを失って慄えだし、即拒否した。

現在オフサイドにとって、報道陣はもう消えようのない悪夢のような存在になっており、法的措置以前に彼らのことを考えただけで正気を失って倒れかねないくらいだった。

「オフサイドトラップが希望せずとも、他のメンバー或いは生徒会長である私が希望して法的措置に踏み切ることは可能ですわ。ですがそれによって、あのような状態の彼女を再び世の荒波の中に出すのはあまりにも危険過ぎます。慎重にならざるを得ませんわ。」

「…。」

ライスは蒼い瞳を瞑り、無言でコーヒーを一口飲んだ。

自身も数日前に、オフサイドの現状を目の当たりにした。

確かに、今の彼女にまた精神的なショックを与えかねない行動をとるのは危険だ。

(1)の問題に関してもまだ措置に踏み切ってないのはそれが理由かとも理解した。

 

続いて(3)。

「これに関しては…極秘ですが、意見が対立していますわ。」

「対立、ですか?」

「中傷・バッシングされたのはオフサイドトラップの優勝インタビューのせいだという理事会側と、オフサイドの優勝インタビューは全く問題ないという生徒会側の対立ですわ。」

要するに、人間(理事会)とウマ娘(生徒会)の対立ですと、マックイーンは優雅な威厳に満ちた彼女らしくない憂げな溜息を吐いた。

 

オフサイドの天皇賞後の優勝インタビュー。

“笑いが止まらない”発言を含むインタビューの内容は、報道や世間だけでなく、ウマ娘への理解度が深いトレセン学園理事会の人間達もかなりの不快感を示していた。

例えオフサイド自身にスズカの怪我を嘲笑う気はなかったにせよ、誤解を生むようなインタビューをしたことは事実であり、世間や報道で責められるのは至極当然だという見方だった。

ましてや『神速のウマ娘』と呼ばれ、幾千万のファンの夢と希望をのせていた大スターの身に起きた悲劇の際の発言。

理事の中には、報道と同じように、オフサイドに対して退学も含む厳しい処分を与えるべきだという者もあった。

 

それ対して、生徒会側は全く反対の意見だった。

オフサイドの優勝インタビューは全く問題ない。

スズカの怪我を嘲笑ったなどとは完全な言いがかり&中傷であり、名誉毀損も甚だしく断固として法的措置をとるべきだという意見だった。

また、出走メンバーに関係なく、レース中に他の出走者に不幸が起きたとしても、レースの勝者ましてやG1を制した者が喜びを表現するのは当然であり、また勝者の義務でもあるという見方で一致していた。

 

「勝者の義務…」

「ええ。生徒会全員、同じ意見でした。パーマーもトップガンも、そしてルビーも。」

再び蒼眼を開いたライスに対し、マックイーンも深い自然のような翠眼を光らせた。

ダイイチルビー・メジロパーマー・マヤノトップガン。

上記の三人の生徒会員は、いずれも自身が制したG1レースで不幸が起きた経験がある。

ルビーのスプリングターズSでは後輩のケイエスミラクルが、パーマーの有馬記念では後輩のサンエイサンキューが、それぞれレース中に悲劇に見舞われた。

また、トップガンの天皇賞・春では後輩のロイヤルタッチが、幸い重傷ではなかったが痛々しい姿で競走中止した。

しかし、同胞の不幸にも関わらず、三人ともレース制覇後は笑顔を見せ、勝利の喜びを表現した。

そして世間も、それを全く咎めなかった。

 

彼女らの例だけでなく、他にもレース中に不幸が起きた例は多々ある。

26年前の天皇賞・秋などは、レース中にキクノハッピー・コンチネンタル・タマホープの3出走者が故障。

うちハッピーとネンタルは競走中止後に即救急搬送される程の重体で、その後の懸命の治療も及ばず、二人とも還った(注)。

なんとか完走したホープも、レース後の検査で競争能力喪失の重傷と判明し、引退に追い込まれた。

そのような史上に残る惨劇的なレースでも、勝者であるヤマニンウエーブは笑顔で勝利を喜び、それを誰も責めなかった。

 

ウマ娘にとって勝利というのはそれ位重いものであり、夢であり生きがいでもあるのだから。

そのことは従来、観る側の人間達もずっと理解していた。

いや、理解している筈だった。

 

 

「(4)について、話して頂けますか。」

まだ蒼く眼を光らせたまま、ライスは最後の項目の説明を催促した。

「(4)…これが一番の問題です。」

マックイーンの翠眼が、急に険しくなった。

「絶対にあってはならないことが起きたのですから。」

 




(注)還った=ウマ娘の世界へ還ること。人間でいう「あの世にいく」と同義語。

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