1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

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魂襲(4)

 

「あなたが、オフサイドトラップね。」

身体の震えを堪えながら、デュレンはオフサイド達のいる側へと歩み寄った。

 

「メジロデュレン先輩ですか、初めまして。」

ビワの声を聞いていたオフサイドは、軽く彼女に頭を下げた。

ビワもオフサイドも彼女と関わりはなかったが、その実績や経歴についてはある程度知っていた。

「全く予想外の方が来られましたね。姉妹であるメジロマックイーン生徒会長の差し金ですか?」

 

「…いや、そんな筈はないわ。」

オフサイドの言葉に、ビワが首を振った。

デュレンがこの場に来るならば、事前にそれを自分達に伝えられてる筈だ。

というよりそもそも、マックイーンがデュレンの協力など望む訳がない。

「そうよ、マックイーンの指示なんて受けてないわ。」

ビワの反応に、デュレンは苦笑しながら頷いた。

 

「では、なぜここに?」

「そうね…」

オフサイドの問いに、デュレンは苦笑を消して答えた。

「敢えてここに来てしまった理由をいうなら、大巨星の影響を受けてかな。」

 

「大巨星?」

「どうでもいいよ、そんなこと。…それより。」

デュレンはそれ以上は答えず、ぐったりしている生徒会二人の方に視線を移した。

 

「…。」

デュレンはコートを脱ぎ、二人のもとにしゃがみ込んでそれを被せた。

「あなた達、大丈夫?」

「…。」

ルビーもヘリオスも、デュレンの問いかけに反応しなかった。

 

ダイイルビーにダイタクヘリオス…かつてのレースの偉大な覇者がこんなに心をやられてしまうなんて…

「どれだけ恐ろしいことをしたのよ…。」

二人の状態の深刻さを確かめながら、デュレンは愕然と呟いた。

 

 

「…デュレン先輩、」

思わぬウマ娘の出現にしばらく戸惑っていたビワだが、やがて我に返ると緊迫した口調で言った。

「ルビー先輩とヘリオス先輩を連れて、この場から逃れて下さい。」

 

「逃げる?」

「これ以上、両先輩をこの場に留めるのは危険です。…オフサイド、いいな?」

「どうぞ。もう両先輩が限界を超えてしまっているのは明らかですから。」

ビワの問いかけに、オフサイドは冷たい声で頷いた。

一片の感情すら感じない口調と表情だった。

 

 

「なんか、昔の私を思い出すわね。」

オフサイドの姿を見て、デュレンはぽつりと言った。

「やるせない感情が募りに募って、虚無そのものになったのね。…気持ちは分かるよ、自らが手にした栄光が曇らせられることがどれだけ辛いことか…これは当事者にしか分からない苦悩だからね。」

デュレンは同情するような視線を、オフサイドに向けた。

 

「だけど、その溜まった負の感情を同胞にぶつけるのは間違ってるよ。」

同情の視線を向けながらも、デュレンは静かに言った。

「あなたがルビーとヘリオスに何をしたかはおよそ想像つく。…私情も混えて、二人に〈死神〉を侵食させたのでしょ?」

 

「メジロデュレン先輩、」

デュレンの言葉に、オフサイドは表情も変えず言葉を返した。

「ビワ先輩が言われたように、両先輩を連れて早くこの場から去って下さい。どうやら〈死神〉は、あなたのことも同じように侵食したいようですから。」

言いながら、彼女の身体から溢れ出している〈死神〉の気配が、デュレンをルビー達のように覆い包もうとしていた。

 

「侵食…ねえ。」

デュレンはオフサイドと、彼女から溢れ出る〈死神〉を見つめた。

この場から去ったとしても、その侵食の手から逃れられるとはとても思えなかった。

もう逃げられないよ、これは…

心身を浸していく冷たさを感じ、デュレンは震えながら溜息を吐いた。

仕方ない、私も闘うか…

 

 

覚悟というより観念したデュレンは、ゆらりと立ち上がると、オフサイドに向き直った。

 

「ビワハヤヒデ。」

オフサイドに視線を向けたまま、デュレンはビワに言った。

「ダイタクヘリオスとダイイチルビーのことは、あなたにお願いするわ。」

「え?」

「あなたにはその二人の介抱をお願いするわ。この場に戻ってくるのはその後にして。出来れば一人でなく、マックイーンと一緒にね。それまでは、私がオフサイドの…〈死神〉の相手をしとく。」

 

「デュレン先輩…しかしそれは、」

「ビワ、」

まさかの指示にビワが何か言いかけたが、デュレンは反論しないでと首を振った。

「現生徒会の仲間の危機は、現生徒会の仲間が守りなさい。今のこの場は、旧生徒会が抑えておくから。」

今までとは違う、どこか威厳も含んだ口調でデュレンは言った。

 

「…分かりました。」

ビワはまだ反論しようとしたが、覚悟を決めたデュレンの態度を見て、苦渋の表情でそれを受け入れた。

「すぐに戻ります。どうかご無事で。」

ビワはそう言うと、ぐったりしているヘリオスとルビーを両肩に抱えて、二人を介抱しながら観客席から去っていった。

 

 

 

「驚きましたね。」

ビワ達がいなくなった後、オフサイドは一人残ったデュレンを苦笑しながら見つめた。

「旧生徒会の方とはいえ、全くの部外者であるウマ娘がこの場に留まるとは。」

 

「…馬鹿だよね。」

デュレンも苦笑を返した。

彼女の脚元は小刻みに揺れていた。

毅然とした態度を保ち続けていたヘリオスやルビーと違い、デュレンは心の恐れが、身体の震えとなって身体に現れていた。

「私は現生徒会のメンバーと違って、実績は大したことないのにね。おまけに生徒会も2年ぐらいで辞めて、ここ5年以上はずっと隠遁生活送ってたというのに。」

そんな自分が、こんな危険な現場に自ら踏み込むなんて身の程知らずも甚だしいなと、デュレンは自嘲した。

 

「まあでも、あなたみたいに絶望のどん底に落とされたウマ娘相手には、むしろ私みたいなウマ娘の方が適切なのかもしれないね。」

自らの眼には完全に闇堕ちしたように映るオフサイドを、デュレンは見据え直した。

「さっきも言ったけど、私もあなたと同じように栄光の舞台でやるせない思いを味わったからね。それも一度でなく何度も。おまけに、メジロ家の事情にまで色々振り回されて…ほんと、自分の生涯はなんだったんだろうと思うくらいの経験を重ねまくったわ。」

 

 

「無駄な話はしたくありません。」

オフサイドは苦笑を消し、表情を無に戻した。

「力尽きるまで、何か私に伝えたいことがあれば、どうぞ。」

 

力尽きるまで…か。

デュレンはまた少し溜息を吐いた。

彼女の心身には、先程のルビー達と同じように負の〈死神〉が侵食し始めていて、脳裏にはウマ娘達の魂の嘆きが響音していた。

 

これは、あまりもたないな…。

心身が蝕まれる感覚と震えの中、デュレンは再度観念した。

 

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