「デュレン先輩、」
話し終えた様子のデュレンに、オフサイドは無感情な声で言った。
「残念ですが、完全に無意味な話でしたね。」
「…ええ、そうね。」
オフサイドの冷淡な言葉に、デュレンは少しも感情を揺らさずに頷いた。
何故なら、彼女にももう分かっていたから。
自身が想定していた以上に、オフサイドの心はもう完全に虚無に落ちていたことを。
自分が逃れることが出来た〈死神〉の手に、彼女が落ちてしまっていたことを。
「私自身、話しながら何を言ってんだろうって思ったよ…」
自虐気味に言いながら、デュレンの身体はぐらりと揺れ、倒れるように地面に腰をついた。
負の〈死神〉の侵食は、既に彼女が耐えられる限界を超えていた。
「ここまでですか?」
「そうね…ていうかあなた、これだけのもの背負って…よく正気を保っていたわね。」
意識も心もウマ娘の魂の悲嘆や虚無に蝕まれ、デュレンは苦しげに表情を歪めた。
「答える必要がないので、何も言いません。」
言いながら、オフサイドは側に歩み寄った。
そして自分のコートを脱ぐと、デュレンの肩にそっと被せた。
同時に、デュレンを侵食する〈死神〉の流れが止まったように感じた。
「恐ろしいウマ娘ね、あなたは…。」
〈死神〉の侵食は止まったものの、既に限界を超えていたデュレンは、徐々に意識が薄れ始めていた。
…私、このまま帰還するかもな。
「…私は本当に愚かだね。最後までこんな醜態を晒すなんてさ…」
苦しみに歪んだデュレンの表情に、また自虐的な微笑が浮かんだ。
「どうか耐えて下さい。」
地面に身体が伏せかかったデュレンを見下ろし、オフサイドが言った。
「自らの誇りを保ち続ければ、心身を侵食した〈死神〉にも抗い耐えうることが出来る筈です。ヘリオス先輩もルビー先輩も、それをもって〈死神〉と対峙されてました。」
「…誇り?私に誇りなんて…」
「いいえ、」
否定したデュレンに、オフサイドは首を振った。
「デュレン先輩は、菊花賞と有馬記念を制した偉大なウマ娘です。特に有馬記念においては、先輩の走りはレースを守りましたから。」
「え…」
「そんな先輩が、簡単に〈死神〉に屈したりはしないでしょう。」
「…あなた、一体何なのよ。」
オフサイドの思いがけない言葉に、デュレンは困惑したように彼女を見上げた。
凍てついた彼女の表情に、ほんの僅かだが憐憫の色が浮かんでいるのが分かったから。
「オフサイドトラップ…今はもう憎しみと負の塊みたいなウマ娘になってしまったのかと思っていたけど。そうでもないのかな?」
「…。」
オフサイドは答えなかった。
彼女の表情は、再び無に戻っていた。
「そろそろ、でしょうか。」
オフサイドはデュレンから眼を逸らし、自らから昇り立つ〈死神〉の塊を見上げた。
巨大なその塊は夜空を覆い、今にも爆発しそうなほどに膨張していた。
その時。
「オフサイドトラップ。」
静かな声と共に、観客席の入り口にウマ娘の影が現れた。
同時に、凄まじい冷徹さを帯びた威圧感が、オフサイドと〈死神〉の塊に直撃した。
「…!」
オフサイドは思わず顔を顰め、膨張していた〈死神〉の塊は勢いを削がれたように大きく揺らいだ。
「…来ましたか。」
一瞬硬直したものの、オフサイドはすぐに無表情に戻り、落ち着いた様子で現れたウマ娘を見つめた。
姿を確認するまでもなく、オフサイドはその威圧感だけでそれが何者かは分かっていた。
「遅かったですね、メジロマックイーン生徒会長。」
芦毛の美髪を寒風に靡かせているその影を見て、オフサイドは無表情を微かに綻ばせた。
…。
観客席に現れたマックイーンは、〈死神〉の気配に溢れているオフサイドの姿を確認すると、表情を伏せながら一歩一歩近づいた。
やがてオフサイドの側に近づくと、彼女の側で倒れかかっているデュレンの姿をちらっと確認し、それから顔をあげてオフサイドを見据えた。
「ようやく現れてくれましたか、〈死神〉。」
マックイーンの瞳も口調も、オフサイドと同じくらい冷たかった。
彼女から溢れ出す冷徹な威圧感は、オフサイドから醸し出される巨大な〈死神〉と遜色ない冷たさと危険さを帯びていた。