「マックイーン…」
地面に腰をついていたデュレンは、意識朦朧とする中でマックイーンの姿を見上げた。
かつて見たこともない程の冷徹さと威圧感を帯びた妹の姿が、そこにあった。
「デュレン姉様。パーマーが姉様を事態に引き込んだ時点で覚悟はしていましたが、やはりここに来てしまったのですね。」
視線はオフサイドの方に向けたまま、マックイーンはデュレンに声をかけた。
「…ハハ、パーマーのせいではないよ。」
デュレンは微かに笑った。
「ここに来たのはあくまで私自身の意志。背中を押された相手がいるなら、それはパーマーじゃなくて大巨星だわ。」
「大巨星?」
「今日あんたも会ったであろう、あの大巨星よ。」
「…なるほど。」
マックイーンは納得したように頷いた。
数時間前、学園でデュレンに見せた憐憫や労りはその表情にはなかった。
「…マックイーン、私はどうやら…ここまでだわ。」
最後の気力を振り絞って、デュレンは妹に言った。
「…次、もしこの〈死神〉に耐え切れて目覚められたのなら、あんたとまた…会えることを祈るよ…」
「…。」
マックイーンは何も答えなかった。
デュレンは静かに眼を閉じると、地面に身体を伏せた。
「デュレン先輩をそのままでいいのですか。」
デュレンが意識を失った様子なのを確認すると、オフサイドはマックイーンに尋ねた。
「姉様のことならご心配なく。」
マックイーンは、デュレンの方を振り返ることもなく答えた。
「どれだけ〈死神〉が巨大かつ凶悪であろうとも、姉様の魂全てまでは浸しきれないでしょうから。」
「随分と深く信頼されているのですね。」
「姉様もメジロの一員です。それに大競走の覇者でもあり、幾多の理不尽を乗り越えた強靭なウマ娘。周囲が何と言おうと、私にとってメジロデュレンは強く誇り高い私の姉様です。」
「そうですか…。」
オフサイドは、ほんの少しだけ翳のある表情をし、すぐに無表情に戻った。
「では改めて。お待ちしてました、メジロマックイーン生徒会長。」
闘いの火蓋を切るように、オフサイドはマックイーンを見つめなおした。
同時に〈死神〉の気配が、マックイーンの周囲を一瞬にして覆った。
「待っていました、ですか。」
〈死神〉に覆われたことを全身に感じつつ、マックイーンはふっと息を吐いた。
「私がこの場に来るということは、どうやら予測されていたようですわね。」
「ええ。生徒会長はどうやら、この私の使命も遂行もお気付きになられてたようですから。」
コートを脱いで制服姿になっているオフサイドは、その姿が更に凍えたものに映った。
マックイーンも制服の上にコートを羽織っていたが、寒風に靡く芦毛の美髪が冷たいオーラを更に増幅させているように見えた。
「一月程前、」
マックイーンは、いつもと変わらない口調で切り出した。
「天皇賞・秋後の騒動が一時落ち着いた頃、私はあなたと二人きりで会った際、あなたからから意味深な言葉を聞きました。覚えていらっしゃいますか?」
「勿論です。」
「あの後、私は学園を去った岡田トレーナーと極秘裏に連絡を取り合い、あなたの言葉と状態について何度も相談を重ねました。…あなたが私に帰還する意志を表明した後も、ただ帰還することだけを企ているのではなく、もっと恐るべきことをあなたが企てている可能性があると危惧して。」
「その相談を重ねた結果、結論に辿り着いたと。」
「ええ…。信じたくない、考えたくもないことでしたが…。」
マックイーンは、オフサイドと彼女から立ち昇る〈死神〉を冷徹な眼で見つめ、静かに言った。
「オフサイドトラップ、あなたは天皇賞・秋後の渦中において、〈死神〉の力…いや『〈死神〉の『領域』』を手に入れた。そしてその巨大な『領域』の力をもって、『大償聲』を起こそうとしているのではという結論を。」
「先程、ヘリオス先輩達からも同じようなこと言われましたね。」
マックイーンの言葉に、オフサイドは視線を逸らし、闇空を見上げた。
「あの時は言葉を濁しましたが、生徒会長には明確にお答えします。」
大きく息を吐くと、オフサイドはマックイーンを再び見つめた。
感情のない、凍え切った微笑と瞳の色を現して。
「流石のご明察です。生徒会長の仰る通り、私は『〈死神〉の『領域』』を手に入れました。そして、『大償聲』を起こそうという意志…つまり同胞達に大きな災いをもたらそうとしている意志も、その通りです。』
寒風吹き荒ぶ中、オフサイドの淡々とした言葉が風の中で響いた。
「これほど、当たっていて嬉しくない結論は初めてですわね。」
オフサイドの返答を聞き、マックイーンは冷徹な表情をやや翳らせ、深い息を吐いた。
「結論はいつも残酷です。」
オフサイドの方は、凍えた微笑を浮かべたままだった。
「あの天皇賞・秋の後、あなたの中で一体何が起こっていたのですか。何故〈死神〉の領域を手にしてしまったのか、そして『大償聲』を起こそうとするあなたの意志の目的、それを教えて頂きたいですわ。」
寒風に髪を靡かせたまま、マックイーンは尋ねた。
「はい、お答えしましょう。」
マックイーンのオフサイドは素直に頷き、栗毛の髪に指先を触れながら、静かに話し始めた。
「お気づきだったかもしれませんが、私は日々の闘いを重ねる中で、『領域』を手に入れてました。」
「その時点では、それは、『〈死神〉の領域』の類のものではありませんでした。私が、療養施設で散っていった同胞達の思いをかき集めてそれを背負い、また自らが脚の〈死神〉や幾多の絶望相手に闘い続けた末、知らず知らずのうちに得ることが出来た『領域』…それは恐らく、『不屈の『領域』』に近いものだったのでしょう。」
「その『領域』を得た結果、私は脚の〈死神〉を乗り越えてターフに戻ることが出来た。七夕賞、新潟記念と優勝することが出来た。そして…身を引き裂かれる出来事を乗り越えて、あの天皇賞・秋を勝った。」
静かに話しているオフサイドは、そこで言葉を止めた。
話すのをやめたのではなく、一瞬声が詰まったからだった。
マックイーンは無言のまま、言葉の続きを待った。
「…そして、後は生徒会長の推測通りです。」
再び話し始めたオフサイドは、微笑んだままマックイーンを見つめ、小さく頷いて言った。
「あの天皇賞・秋の直後から、私の『不屈の領域』は、『〈死神〉の領域』へと変貌し始めました。」