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そして、スズカの蘇生から数日経った日。
その日の朝、オフサイドが学園へ移動する途中のこと。
〈第118回天皇賞・秋は、本来サイレンススズカが勝っていたレース〉
〈1000m通過時点でレースの大勢はおよそ決していた〉
〈故障さえしなければスズカの圧勝だったという見方で識者は一致〉
〈1着オフサイドトラップのタイムは非常に凡庸であり、スズカが無事ならばオフサイドに大きく先着していたことは明らか〉
〈スズカ以外の有力ウマ娘も凡走に次ぐ凡走。粗末なレースの末オフサイドトラップの優勝〉
「…。」
オフサイドは電車内で、そのような文字が並べられているニュースの数々をスマホで見ていた。
自分を完全否定するような、言葉の数々。
耐えきれずにスマホを閉じたが、周囲を見ると乗客達が新聞やスマホで同じニュースを見ている姿が目に映った。
中にはオフサイドがいることに気づいているのか、ニュースと彼女を交互に見ている者もいた。
その視線には、明らかに侮蔑の色が混じっていた。
浴びせられる視線や感情に耐えきれず、オフサイドは電車が駅につくと周囲の眼から逃げるように学園へと向かった。
学園に着くと、オフサイドはチームの部室に向かった。
部室にはチームの仲間達が集まっていて、それぞれが新聞やスマホニュースを見ていた。
仲間達が見ている内容が何なのか、オフサイドはすぐに分かった。
「オフサイド先輩…。」
「…酷いですね。」
ニュースを見ている仲間達は、それぞれ悲しみや憤りを表情に浮かべていた。
特に感情を露わにしていたのはステイゴールドだった。
彼女はあの天皇賞・秋を走った一人である点、この報道はオフサイドのみならず彼女自身にも大きな衝撃を与えているようだった。
「ゴールド、大丈夫?」
「私はいいんですよ、問題はオフサイド先輩ですよ。」
ゴールドは真っ二つにしそうな力で新聞を握り締めて、オフサイドの心配に首を振った。
「何ですか、このオフサイド先輩を侮辱しているニュースの数々は。あまりにも愚劣過ぎて言葉が出ない。」
「…。」
憤慨する後輩を心配そうに見ながら、オフサイドも座って新聞を手にとった。
そこには識者や専門家や評論家が天皇賞・秋の回顧をする記事が多く並べられていたが、自分の走りの内容に触れる部分は殆どなかった。
僅かにあったそれは、『展開に恵まれて』『隙をついて』『アクシデントや凡走に助けられて』という文ばかりだった。
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そうしている中、突如多くの報道陣が部室に訪れ、オフサイドを取り囲んで苛烈な取材を始めた。
それは自身が考えもしなかった、〈スズカの故障をオフサイドが喜んだ〉という内容の。
***
「あんなレースで勝って笑いが止まらない、それはウマ娘としてどうなんですか?」
「非情で自己中ですね。良心とかないんですか?」
「スズカの故障に笑った理由を聞かせてください!」
「…?…?…」
チーム室での報道陣の突然の苛烈な取材攻勢と、全く覚えのないことへの追及に、オフサイドは訳が分からず混乱に陥った。
しかし状況を理解するより早く、ぞっと戦慄するような寒気が、彼女の心の奥底から湧き上がってきていた。
…いけない!
「退いて下さい!」
混乱と寒気の中、オフサイドは苛烈な報道陣の群れをかき分けてチーム室から飛び出した。
チーム部室を飛び出すと、丁度そこには騒ぎを聞きつけた生徒会のメンバーが数名駆けつけていた。
「オフサイド!」
生徒会のビワハヤヒデが飛び出てきたオフサイドの姿に気づき、彼女を庇うように側に駆け寄った。
「彼女をこの場から避難させて下さい!」
同じく現場に駆けつけていたヤマニンゼファーが、報道の群れの盾になりながらビワに指示した。
ビワは指示に従い、すぐにオフサイドを連れて現場を去っていった。
ビワはそのまま、オフサイドを生徒会室にまで連れて行った。
「…オフサイド、大丈夫か?」
オフサイドを生徒会室のソファに座らせると、ビワは彼女の状態を心配するように見つめた。
…はあ…はあ…
ビワの呼びかける声は、オフサイドの耳に入ってこなかった。
ソファに座り込んだオフサイドは、蒼白な表情で俯き、苦しげに胸を抱えていた。
まずい…
混乱とショックも脳裏に渦巻く中、オフサイドは心の奥底から湧き上がる寒気に襲われていた。
寒気の正体は分かっていた。
負の〈死神〉に、同胞達の魂が浸されてる…
ウマ娘にとって絶対であった尊厳が蔑ろにされた。
それが明らかになったことで、最も恐れていたことが彼女の中で起きてしまっていた。
…“人間が許せない”…
…“同胞が許せない”…
…“みんな壊れてしまえばいい”…
…“この世界なんて終わってしまえばいい”…
「…っ…」
浸された同胞達の魂の叫びが心の中で響き渡り、オフサイドはそれを抑え込もうと、胸をきつく掴み締めた。
ともすれば、同胞の魂が外に弾けそうだった。
負の〈死神〉に浸された魂がそのまま世界に放たれたら…
それは考えただけでも恐ろしかった。
「オフサイド?」
「…大丈夫…です…。」
彼女の内面の状況など知る由もないビワに、オフサイドは歯を食いしばってそう答えるしかなかった。
その後、生徒会室に岡田が駆けつけ、ビワに代わってオフサイドの保護にあたった。
時間が経つにつれて少しずつ落ち着いていったオフサイドは、岡田に尊厳が最悪の形で破壊され始めたことを言った。
ただ、同胞達の魂が〈死神〉に侵食され出したことは、言わなかった。
落ち着きはしたものの、オフサイドの状態を重くみた岡田や生徒会は、彼女を学園から早退させることにした。
オフサイドは早退を受け入れたが、岡田や生徒会が同行するのは断り、一人で帰っていった。
「…はあ…はあ…」
寮の自室に戻ると、オフサイドは倒れこむようにベッドに横になった。
同胞の魂を侵食していく〈死神〉は、オフサイド自身の魂をも侵食し始めていた。
「まだ…闘わなければならないの?」
ベッド上で、オフサイドは苦しげに自らの胸を掴んだ。
「病の〈死神〉も、絶望の〈死神〉も乗り越えたというのに…まだ終わらないの?」
呻くようにいう彼女の身体は震えていた。
しかも今度は…最悪の、負の〈死神〉?
オフサイドの震えは収まらず、彼女は呻き声を漏らし続けた。
「もう嫌だよ…助けて、ブライアン…」
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「…それでも、私は闘うしかないと思いました。何故なら私は同胞の魂達に約束したのですから。“皆の魂を必ず昇華させる”ということを。…昇華出来ないどころか、逆に〈死神〉の侵食を受けてしまう結果になったのに闘いをやめるなんて、許される訳がありません。」
「…。」
「だけど…無理だった。」
オフサイドの表情には、微笑が滲んだままだった。
凍てついた色から、抗いようのない敵と相対した時のような諦めに満ちた微笑の色に変わっていた。