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騒動から1週間余り経過した日。
…もう、無理かな。
オフサイドは学園寮の自室で、自分への非難や天皇賞・秋への酷評が綴られた報道紙やネットの声などを見ながら、深い溜息を吐いていた。
非難や酷評で自身の心も深く傷ついていたが、心の中で負の〈死神〉に浸された同胞達がもう救いようがなくなってしまった程に染まってしまったことに、オフサイドは絶望していた。
…闘いようがなかった。
オフサイドが長年闘ってきた相手は、絶望や病魔といった〈死神〉、レースの上で相手となる同胞達。
それらの巨大な相手に、オフサイドは闘い続け、乗り越えてきた。
だが、今回の相手は次元が違った。
負の〈死神〉…その巨大な絶望の力の前には、オフサイドの闘志すら封じられた。
無論、負の〈死神〉だけでなく、現実の世界から理不尽な攻撃を浴びせられたことも大きく影響していた。
またそれ以前に、オフサイド自身が過去の闘いで蓄積した心身の疲弊が、もう限界に近くになっていたのも影響していた。
この三重苦の前には、オフサイドといえどもう抗う術はなかった。
…なんで、こんなことになってしまったんだろう。
オフサイドはボロボロになっている自身の右脚、胸、心の奥の状態を感じつつ、ぼんやりと思った。
長い間、脚の〈死神〉と闘い続けた。
心が折れかけそうなのを何度も堪えて、散っていった同胞達の分まで闘おうとした。
そして再三、脚の〈死神〉を駆逐して、レースの舞台に帰ってきた。
復帰後、絶望の〈死神〉にも屈することなく、幾度の激闘を経て、復活の白星も手にして、天皇賞・秋の舞台に辿り着いた。
全部背負って這いずり回って闘い続けて、何一つ落とすこともなく、絶対に皆を栄光の舞台へ連れて行くと誓った約束を果たすことが出来た。
そして最後、全ての願いを成就させる為に、〈死神〉への復讐を果たす為に、盾をかけたレースに挑んだ。
その結末は…
「分からない…。」
表情を歪め、オフサイドは頭を抱えて苦悶した。
何が悪かったんだ?
なんでこうなってしまったんだ?
私の走りにミスはなかった。
勝利を手にする為に完璧な走りをした。
持てる限りの力を全て出し尽くした。
そしてレース後も勝者の義務を果たした筈だ。
なのに…この現実はなんだ?
誰も喜んでないし、称賛の声もない。
天皇賞の尊厳すら破壊された。
そして、同胞達の魂が虚無に染まってしまった…
「…もう、駄目だ。」
〈死神〉に侵され、今にも溢れ出しそうな同胞の魂を感じて、オフサイドは頭を抱えたまま再び溜息を吐いた。
もう、これを抑える術はない…
…私の責任だ。
私自身の闘いの為に、私は同胞達の魂を背負った。
背負ったからには、必ずその魂を昇華させなけばならなかった。
なのに、…私は栄光を掴んだのに、同胞達の魂は昇華されるどころか、逆に〈死神〉の魔の手に落ちた。
「こんなことになってしまってごめん、皆…。」
オフサイドは、同胞達の魂に謝った。ただひたすら、謝るしかなかった。
「…責任を果たせなかった、その報いは受けるわ。」
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「同胞達と交わした絶対の約束を、私は守れなかった。どんな言い訳があったとしても、それはもう誤魔化せない厳然とした現実になっていた。その現実の報いを、私は受けなければならないと思った。だから…私は…捨てた。天皇賞・秋の栄光を、誇りを。」
一切の感情が込められていない口調で、オフサイドは話し続けた。
彼女の表情から、微笑が消えていた。
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報いを…受けなければ。
オフサイドは頭から手を離し、両膝を抱えて床に座り込んだ。
最高の舞台で、最高の走りだったな…
オフサイドの脳裏に、天皇賞・秋の記憶が蘇った。
自分の生涯で最初で最後の、全力で走れたレースだった…
同時に、愛していた亡き同胞の姿も脳裏に浮かんだ。
…さよなら。
オフサイドは首を振って、同胞の姿を脳裏から消した。
「元凶は…」
両膝に顔を埋め、オフサイドは言葉を吐き出した。
「全ての元凶は…私が天皇賞ウマ娘に相応しくない勝ち方をしたせいだわ。…私がもっと素晴らしい走りを残していれば、悲劇も払拭出来るぐらいの内容で勝っていれば、…人々の印象に残るくらいの強烈な姿を魅せていれば、こんな結末にはならなかった。皆の魂が〈死神〉に浸されることはなかった。」
栄光の記憶を叩き潰すように、永遠に消えない罪を刻みつけるように、オフサイドは言葉を絞り出した。
「私は、〈悲劇の恩恵の勝者〉〈無価値の天皇賞覇者〉〈同胞の不幸を喜ぶウマ娘〉だった…」
そう言った時、オフサイドは、心が溶けるように崩れていく感覚を覚えた。
自分が信じていたもの全てが、消え去っていくような気がした。
「…はは、あはは…。」
両膝に顔を埋めて、オフサイドは笑い出した。
「はは…終わったんだ、何もかも。私のやったこと、全部無駄だったんだ。…あははは…。」
崩れ去った心の中を虚無が満たしていく感覚を覚えながら、オフサイドは笑い続けた。
笑い続ける彼女の眼には、涙すら滲んでいなかった。
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「その時、私は、自らが〈死神〉に敗れたことを悟りました。不屈の心も『領域』も失って、ウマ娘オフサイドトラップの魂は、虚無の底に落ちたんです。」
「…。」
「虚無の底に落ちた私の魂は、〈死神〉の負で満たされました。そしてその結果、私は〈死神〉のウマ娘になった。『大償聲』を起こし得る、『〈死神〉の『領域』』の力を携えて。」
「…。」
寒風と〈死神〉の嵐が吹き荒れる中、マックイーンは芦毛を靡かせながら、無言でオフサイドの話を聴き続けていた。
最後まで話し切ったオフサイドの表情は、無感情そのものに戻っていた。
彼女から溢れ出る〈死神〉は、凶悪な気配を含みながら、更に巨大になっていた。