1998年11月1日「消された天皇賞覇者」   作:防人の唄

3 / 267
『第1章』
祝福(1)


*****

 

 

12月上旬の、ある日の夕方。

 

 

カランカラン。

「いらっしゃいませ。」

店の扉が開く音と吹き込んだ北風の冷たさを感じ、喫茶店『祝福』の店内で読書をしていた店主の黒鹿毛ウマ娘、ライスシャワーは顔をあげた。

 

「久しぶりです、ライス先輩。」

入店したのは、一目でトレセン学園の生徒と分かる紫と白の制服姿をした、ピンとした覇気のあるウマ娘だった。

「あら、ゴールドさん。」

客のウマ娘よりも小柄な身体のライスは、黒髪に隠れてない片眼を綻ばせた。

 

「2ヶ月ぶりかな?京都大賞典の前以来だね。」

「そうですね。京都行く前に“今度こそ勝ちます!”て気炎をあげてましたね。…結果は4着でしたけど。」

「うふふ。何飲む?」

「いつもので。」

微笑んだライスにぷくっと頬を膨らませながら、ウマ娘は席に腰を下ろした。

 

 

入店したのは、黒鹿毛ウマ娘のステイゴールド。

トレセン学園在籍の3年生の生徒だ。

同じウマ娘でかつ学園の先輩だったライスを慕っていて、この『祝福』が開業して以来頻繁に訪れている。

チーム仲間や親友に言えない悩み事を相談しに来ることも多く、先輩ウマ娘としてかなり頼りにしていた。

 

 

「どうですか、最近の調子は?」

注文されたオレンジジュースをゴールドに出すと、ライスは彼女の前の席に座った。

「まーまーです。」

ゴールドは可も不可もない表情で頬杖をつきながら、ストローでジュースをぐるぐるさせた。

「今度の有馬記念こそ勝ちたいと思ってるんだけど、どうもなかなか気合がつかなくてー。」

 

ゴールドは今年、目覚ましく飛躍したウマ娘の一人。

入学からしばらくは目立った成績ではなかったが、今春から立て続けにレースで好走。

特に大レース(G1)の天皇賞・春、宝塚記念、天皇賞・秋では3戦とも2着に入り、大きな印象を残した。

勝ち星にこそ恵まれてないが、大レースを制するのも時間の問題と評される程の実力者とされていた。

 

「大したものです。大レースで3度も2着に入れるなんて。」

「褒めてくれるのは嬉しいんだけどさー。」

ニコニコしているライスと対照的に、ゴールドは冴えない表情で、夕焼け空に北風と枯葉が舞う窓の外に目を向けた。

「やっぱり勝てないと悔しいよ。好走こそしてるけど、直近で勝ったのは去年だもん。“カミノクレッセ先輩やナイスネイチャ先輩、ロイスアンドロイス先輩の再来じゃないか”とか言われたりもしてるしー、…何より『アカンコちゃん』なんて嬉しくない仇名もつけられたし。」

ゴールドは餅のようにプクーと頬を膨らませた。

『アカンコ』とは、ゴールドが直近で勝ったレースの名前(大レースと比べ、かなりレベルの低い条件戦レース)で、暗にゴールドを揶揄する仇名だった。

 

「こないだのJC(ジャパンカップ)こそは!と思ったけど、全然ダメだったし(10着)ー。」

「まあ、後輩の天才達と先輩の女帝に意地を見せつけられたわね。」

「エルコンもエアグ先輩も強すぎーて感じ。」

「ま、経験よ経験。私も長く勝てない時期もあったし。」

悔しがる後輩に対し、ライスは愛でるような視線を送っていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。