祝福(1)
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12月上旬の、ある日の夕方。
カランカラン。
「いらっしゃいませ。」
店の扉が開く音と吹き込んだ北風の冷たさを感じ、喫茶店『祝福』の店内で読書をしていた店主の黒鹿毛ウマ娘、ライスシャワーは顔をあげた。
「久しぶりです、ライス先輩。」
入店したのは、一目でトレセン学園の生徒と分かる紫と白の制服姿をした、ピンとした覇気のあるウマ娘だった。
「あら、ゴールドさん。」
客のウマ娘よりも小柄な身体のライスは、黒髪に隠れてない片眼を綻ばせた。
「2ヶ月ぶりかな?京都大賞典の前以来だね。」
「そうですね。京都行く前に“今度こそ勝ちます!”て気炎をあげてましたね。…結果は4着でしたけど。」
「うふふ。何飲む?」
「いつもので。」
微笑んだライスにぷくっと頬を膨らませながら、ウマ娘は席に腰を下ろした。
入店したのは、黒鹿毛ウマ娘のステイゴールド。
トレセン学園在籍の3年生の生徒だ。
同じウマ娘でかつ学園の先輩だったライスを慕っていて、この『祝福』が開業して以来頻繁に訪れている。
チーム仲間や親友に言えない悩み事を相談しに来ることも多く、先輩ウマ娘としてかなり頼りにしていた。
「どうですか、最近の調子は?」
注文されたオレンジジュースをゴールドに出すと、ライスは彼女の前の席に座った。
「まーまーです。」
ゴールドは可も不可もない表情で頬杖をつきながら、ストローでジュースをぐるぐるさせた。
「今度の有馬記念こそ勝ちたいと思ってるんだけど、どうもなかなか気合がつかなくてー。」
ゴールドは今年、目覚ましく飛躍したウマ娘の一人。
入学からしばらくは目立った成績ではなかったが、今春から立て続けにレースで好走。
特に大レース(G1)の天皇賞・春、宝塚記念、天皇賞・秋では3戦とも2着に入り、大きな印象を残した。
勝ち星にこそ恵まれてないが、大レースを制するのも時間の問題と評される程の実力者とされていた。
「大したものです。大レースで3度も2着に入れるなんて。」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけどさー。」
ニコニコしているライスと対照的に、ゴールドは冴えない表情で、夕焼け空に北風と枯葉が舞う窓の外に目を向けた。
「やっぱり勝てないと悔しいよ。好走こそしてるけど、直近で勝ったのは去年だもん。“カミノクレッセ先輩やナイスネイチャ先輩、ロイスアンドロイス先輩の再来じゃないか”とか言われたりもしてるしー、…何より『アカンコちゃん』なんて嬉しくない仇名もつけられたし。」
ゴールドは餅のようにプクーと頬を膨らませた。
『アカンコ』とは、ゴールドが直近で勝ったレースの名前(大レースと比べ、かなりレベルの低い条件戦レース)で、暗にゴールドを揶揄する仇名だった。
「こないだの
「まあ、後輩の天才達と先輩の女帝に意地を見せつけられたわね。」
「エルコンもエアグ先輩も強すぎーて感じ。」
「ま、経験よ経験。私も長く勝てない時期もあったし。」
悔しがる後輩に対し、ライスは愛でるような視線を送っていた。